5話~きっと空だって飛べるさ



「ところでキミの家にホウキはあるかい?」


「あるけど家の掃除でもしてくれるのか?」


「うんうん。けっこうけっこう、後で借りるからねホウキ」




 ファルナは一人でうんうん言って納得しているけど。掃除してくれるなら有難いけどこまめに俺が掃除してるから、そんなにガッツリ掃除するとこないんだよな。






 俺の家に着くとファルナは家を見渡して言った。



「ここがキミの家か。なかなか趣ある家なんだね」



「素直にボロいと言え」



「そんなつもりじゃないよ。ノスタルジィというか懐かしさを感じる雰囲気っていうのかな。ボクはキライじゃないよ」




 俺の自宅は屋根は藁ぶきで、外壁は木造りといったシンプルな作りだ。




 木造りといっても見た目の悪い色違いだったあり質感や長さが違うツギハギではなく、職人に木材からちゃんと選んで設計してもらった家だ。だからそれほどボロってほどでもない。だいたい街はずれの家の基準なんてこんなもんだぞ。




「ま、入ってくれよ」




「それじゃおじゃましーす」






 木のドアを開くとファルナの存在に気づいたリキュアが、イスからちょこんと下りて出迎える。




「ファルナさん。こんにちわ、さっきはケガを治してくれてありがとう」




「うんうん。リキュアちゃんのお顔がアザにならなくてボクもほっとしたよ。」




「ファルナ悪いが靴はゴザのとこで脱いでくれ。横に靴立てあるだろ」




「ほえっ? キミの家じゃ靴脱ぐのかい」




 俺は心底意外そうな顔をしてるファルナに、うなずいて返す。




 確かにこの世界じゃ靴脱ぐ文化はない。でも家の床に土埃とか残るし衛生的に悪いからと母ちゃんやリキュアにも少しずつ説明して説得したんだよ。




「ふーん。この靴立ては自前かい?」



「あにうえが竹をかこうしてつくったんだよー」



「なかなか手が器用なんだねレンは。今度ボクの家の……」



「お断りだ面倒くさい」



「まだ何も言ってないじゃないかっ!」



「言わなくても分かるっつーの」



「いらっしゃい。リキュアが言ってたお客人ね……女の子……? レンちょっと来なさい」




 母ちゃんがリビングからファルナを一瞥するなり俺を手招きする、一体なんだよ。



「レン……お前の彼女かい?」


「断じて違うぞ」




「じゃあ何かあの子の弱みを握って、ウチに連れ込んだってのかいレン」




「何でそうなるんだよ」



「そりゃあそうだよ。いつも母ちゃんとリキュア以外はくばたろうが野垂れ死のうがどうだっていいとか言ってたお前が、人を連れてくるなんて不自然だろ」




「ただの成り行きだよ」



 なんか話が長くなりそうだな。

 どう説明していいものか……リキュアは母ちゃんに何て言ったんだろうか?






 ありのまま説明されたらたまったんじゃないぞ。

 弁明が面倒くさいからな。

 眼帯を殺ったことで気分が落ちつかなくて、リキュアに根回しするの忘れていた迂闊だったな。





「この年になって友達の一人も出来ないし、一匹狼でクールぶってあたしゃ心配だったんだよ、ご近所にお前が何て言われてるか知ってるのかいレン。ツンデレンとか極悪非道王子とかね、リキュアがイジメられた時にアンタが出て行って、同年代の子を石で顔をバッチバッチに殴ったから皆ドンビキなんだよ。あたしゃどれだけご近所さんに頭を下げたことか」




「……っ今それ言わなくたっていいだろ!?」




 それにツンデレは違うだろ何だよツンデレンて。


 ちっとも言い回しが上手くねえし。




 極悪非道王子も聞いたことがねえ、どこに王子属性あるんだよ意味が分からねえ。




「ファルナお前も笑ってんじゃねえよ!」



「いえいえボクはレンの恋人ですよ。お母さんどうぞ安心してくださいっ」



「……なっ、何をバカなことを!?」




 満面の笑顔でコイツは何を言っているんだ!?


 ……嫌がらせだ……俺への嫌がらせに違いない!


 コイツこの状況を楽しんでやがる……変にノリが良すぎるっての!




「レンの恋人……? ファルナさん、ウチの不肖のダメ息子ですが何卒よろしくお願いします」




 母ちゃんはファルナの両手をとり懇願するような表情を向けている。






「ストッープ違うから本当に違うから。コイツ疲れてるからさ。ならウチで少し休んでいけばって流れで今ここにいるのさ」




「ちなみにファルナさんは何才なの?」



「ボクは15才ですよ」




「コラッレン! 目上の人には敬語を使えって言ってるでしょ!」




「いてててっ……! 思いっきり耳を引っ張るなよ! コイツはいいんだよ別に!」




「コイツじゃなくてファルナさんでしょ ほれ言ってみ!」




「いててててっ! 分かったって、すいませんねファルナさん!」




「分かればよし」




 ふぅ……災難だここ最近で一番の災難だ。




「ファルナさんがリキュアのケガを治してくれたんだよーかあさま」



「治した……? 失礼だけどファルナさんはお医者様とか薬師か何かをやってるのかい?」



「いえボクは魔女ですよ。ケガを治したり毒の治療したり、腹痛に苦しんでる人の食あたりを治す白魔道が得意です、黒魔道も少しは使えますよ」




 おいおいおい……バカ正直にもほどがあるだろファルナよ……。魔女ってことは隠さなくていいのかよ!?




 せっかくその部分は隠し通すつもりで話を進めてたのに、お前が暴露してどうするつもりだ。






 ウチの母ちゃんだから露骨にひくとかは態度に出さないと思うけど、少なくとも秩序を乱し破壊をもたらす存在ってのが世間の魔女の印象だ。








 母ちゃんは何も言わずにファルナから急に興味を無くしてしまったように、台所へ向かい料理を持ってきた。






「さあ夕飯を食べよう。シチューと塩おにぎりと焼き魚、スープを用意しといたよ、摘みたてのイチゴもあるからねファルナさんも遠慮なく食っとくれ」






 テーブルの上に木皿に盛られた料理が並べられる。それぞれが料理に手を伸ばし、たわいもない話を交えつつ牧歌的な雰囲気が流れている。




「リキュア。イチゴを先に食べるんじゃないよ全部食べてからにしな」




「えー!? いまたべたいー」




「先に食べると後でごはんが食べれなくなるかもしれないよリキュア」




「うーわかったー」




 優しく諭すとリキュアはイチゴをつまんでいた手を止め、シチューを食べ始めた。






 で、家にいる珍客はというとマイペースにシチューをかきこみ魚を綺麗に平らげる。意外と食い方が綺麗だな魚を上手に身だけ残さず食べている。




「ファルナさんは若いのに魚の食べ方が上手なんだね」




「いただいたモノは、上手に食べるのがボクの主義ですから」






 こんなやりとりをしながら夕飯の時間は終わり、各々が食後のまったりした時間を過ごしている。




 リキュアはファルナにお気に入りの絵本の内容を紹介してるようだ。




 母ちゃんは裁縫で編み物を縫っている。




 俺はいつものごとく食器を台所で俺が洗っていると、突如立ち上がった母ちゃんがちょっといいかいとファルナを外に連れ出した。




 家で話せばいいのにわざわざ人目のつかない外へ連れだしたことに、どことなく不穏な空気を俺は感じとった。




「なあリキュア。母ちゃんはファルナに何て言って外に?」




「うーんわかんない。でも少しこわいかんじだった」



「リキュア悪いけど、残りの皿洗い頼む」




「えー!?」






 辺りはすでに夕暮れ。陽が落ち始めオレンジと紫がかったコントラストで空が彩られている。2人は家の近くにいて既に何やら話を始めているようだった。俺は2人から見えないように、ちょうどあった半壊した半壊した家の残骸のようなレンガに身を潜める。




「……それでボクを外へお呼び立てした理由は何でしょうか?」




 ちょうど話の本筋が始ったとこらしい。


 ファルナの声には不安とか恐れとか未知への恐怖とかブレがない。




 いつもの明るく艶々とした声を相手に返す。






「遠回しに言うのはどうも苦手でねぇ。単刀直入に言わせてもらうけどリキュアやレンには近づかないでほしいんだよ。ファルナさんがいい人なのは見ていて分かる、人見知りのリキュアもなついてるからね。それでも魔女っていう存在は、何もしてなくても人の憎悪とか引きつけてしまうだろ」




「ええ。ボクもそう思います」




「レンはあれでもかなり家族思いなとこあってね。あんまりレンに余計な心労を負担させたくないんだよ。全ての魔女が悪とは私も思わないけど、中には街を破壊したりする魔女だっているだろう、私も実際見たことがあるんだ。一方的な物言いで悪いけどそういうことさ」






「おっしゃることは分かりました。家族のことを思えば当然の配慮だとボクは思います、ご飯ありがとうございました、美味しかったです。それとホウキをお借りしていいですか? ちょっと必要なんです後で必ずお返しに来ます」




「いいよ。持っていきな、それとこれはアタシの昔の服だけど、多分ファルナさんにはちょうどいいと思うから良ければ貰っておくれ」






「ありがとうございます、じゃあ失礼します。レンによろしくお伝えください」






「ファルナさんが魔女でさえなければ、レンやファルナの最高の友人になってもらえたんだけれどね」






 その母ちゃんの言葉にファルナは反応しなかった。


 一方的に言われっぱなしで、それなのにファルナは反論もせず、そよ風でも受け流すように飄々と去ろうとしている。




 何でだよ、お前にも思うことととか、言い分はあるだろ!


 あんな目にあって、悪者扱いされてどうして反論もせず黙ってるんだ?


 チっ……こんな空気のままファルナを帰すのは気分が良くない。






 俺はファルナの後を追いかけた。

 途中で俺に気づいて、振り返る母ちゃんを横目にしながら走った。




「レンっ……追うんじゃないよ!」



「アイツは違うんだよ。魔女っていっても!」



 嘘つくのも下手だしバカ正直に、初対面の人間にもあけすけに本音でしゃべる。


 それにあざとくてマイペースでお人好しだ。


 そうだろ。お前はきっとそういうヤツだ。



 なだらかな下り坂の田園地帯を歩くファルナの背中をこの目に捉えた。



「ファルナ!」



 ファルナは輪郭を夕日の中に溶かしたまま、振り返る。



「そのホウキ。俺が愛用してるやつだ返してもらうぞ必ずな」




「じゃボクの家まで取りに来るかい?」


「場所どこだよ」


「エージェンスト地方の森の中だよ」




「かなり遠いぞここからなら2日はかかる」




「1日もかからないよ。ほれ乗って」



 はい……何の冗談だよ?




 ファルナはホウキにまたがり、俺にもその後ろに乗れと催促してくるのだった。テコでも動きそうもないのでため息一つついて冗談に乗ってやる。




「で、いつになったらこのホウキは動くんだ?」




「ちゃんと持ってないと危ないからね」






 ふわっとした浮遊力を伴い、俺達を乗せたホウキがなんと浮かび上がった。


 まだ地面スレスレで少しだけ足が浮いた程度の現象だったが、俺には衝撃的だった。


 ホウキの下から風が出てるっていうのかな、不思議な感じ。




「ちゃんと掴んでなよ。じゃあ行くよ」




 ファルナが号令をかけると推進力を持ったホウキは、まるで生物みたいにギュンと一気に空中まで飛び上がった。まるでホウキにジェット推進のロケットがついたみたいに風を切って空へと到達した。




 一瞬で空へと浮かび上がり、村や川の景色を俯瞰で見る。




「うぁああああああぁあああああ、とっ……飛んでる本当にっ!?」



「あっははははは。その声驚いてくれたね、というかビビりすぎだよレン」


「そりゃそうだろ! これ本当に落ちないんだろうな大丈夫だろうなぁ!?」




「特殊な軟膏をほうきに塗ったし、風の魔法で微弱コントロールをしてるから大船に乗った気でいてよ」




「それじゃ家まで飛ばすよ」




 俺はこの日、何度目かの絶叫を上げた。




 ホウキが飛ぶだなんて前時代的すぎるけど、本当に飛んでるんだ。まるで体に羽をつけたような感覚で、鳥になった気分を味わっている。




 魔女って……凄い!










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灰かぶりの羊達と黒魔道の晩餐 横浜のたぬき @pixia-sai

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