4話~魔女ってなに?
死んだ眼帯の死体を、俺の家の近くに放置しておくのは寝覚めが悪い。
それは死者に対する畏敬の念とかではなく、単純に自己防衛の為の処置。
土葬は土を掘るのに時間がかかるし、てっとり早く川にドボンなら患いがない。
流れが激しく底の深い川だから、一気に下流まで運んでくれることだろう。
転生前の日本と違い死体処置の倫理規定は薄く、善人が行き倒れの死体を見つけたのならそれはラッキーなことだ。適当な外に土葬でもしてやるか……といった具合で街や村の中でない限り、死体の放置プレイが基本だ。
警察組織のような治安を取り締まるクラスガードという組織は各自治体にあるけども、あくまで民間の組織だし事件が起きても現行犯逮捕が基本だ。
裁判制度は近年大きく変化した。ブラックアウトの長い夜は行き過ぎた蛮行だったと、このローゼシア帝国でも認識されて裁判の方式や立証の仕方が見直されてきている。ただあくまで魔女が元凶なのであり、それに対する処罰が行き過ぎたという名目自体は変わっていない。
俺は家にある運搬用の荷車に眼帯の死体を乗せ、布を被せて移動の真っ最中だ。念の為に近所の人に見咎められないように腐葉土なんかを上に乗せ工作してるから、見られても問題はない。
「あ~もうダメだぁ~理不尽だぁ~しぬぅう~……。こ、ここはボクに任せて先に行ってくれ」
演技がかったセリフを吐いて路肩の草むらに身体を投げて、死んだフリをするファルナ。要するに疲れたから後ろから荷車を押したくないのだろう、魂胆が丸わかりだ。
「さぼってないで手伝え」
「……ぷわぁっ!? 顔に葉っぱを投げないでくれよ。それに、そこは死ぬなよ、後から必ず来いとか熱い友情を誓う場面だろうレン」
そんな三文芝居の死亡フラグに付き合うつもりはない。
「じゃあ俺は先に行くから」
「ちょっと! 疲れて動けないボクが野党に襲われてもいいって言うのかい? ボクが野犬に襲来されて顔をぺろぺろ舐め回されても平気だって言うのかい!? ノリが悪いなぁキミは!……ちょっと、無視するなぁーレン!」
やれやれ本当にウルサイな。
あの真面目な雰囲気から一転してこれだ。
リキュアのケガは治してもらったので、先に家に帰ってもらった。
悪者は俺とファルナが懲らしめて逃がしたという嘘をついてだ。リキュアには俺が人を殺めたという事実は知らせたくなかった。嫌われたくないし今のままの関係を続けていきたいんだ。だから、これはタダの俺のエゴだ。
ファルナも気を使って、俺に話を合わせてくれたんだ。
その心遣いは正直感謝している。
「はぁ……はぁ……あのねぇ、体力もないし魔力を使い果たしてボクもキツイんだよ正直さ。ボクのせいでキミが巻き込まれたことに対するお詫びはするよ。だから手伝うけど少しは休ませてほしいよね」
「分かった少し休憩しよう」
「あ~疲れたぁあ~で、何から聞きたいんだい? 答えるよキミの疑問に」
ファルナは気の抜けた声を出し草むらに身体を投げ出して、仰向けで寝るようなポーズをとっている。その仕草に微塵も女らしさはない。綺麗な青みがかったシルクのような白髪が草むらで汚れるのも気にする素振りもない。
当然、聞きたいことは山ほどあった。
「聞かせてくれ。ファルナは追われているようだが、何をしたんだ?」
「石を盗んだ、そして人を殺した。だから追われていると答えたら?」
仰向けで目を伏せたまま、他人事のように言葉を返してくる。それは触れられたくない話題なのか予防線を張ってるようにも思えた。
「質問を質問で返すのはよしてくれ。その詳細を知りたいんだ」
「分かったよ。けどこれは帝国に隠された真相に迫る話なんだ。巻き込まれたとはいえ聞く覚悟……キミにあるのかいレン?」
上半身を起こしたファルナが俺に向ける表情は真剣そのもの。強い意思を目の光沢に宿し、俺の信念を確かめるような眼差しで問うてくる。俺は当事者でないし世界の真相と言われても、まったくピンとこないのだが、ここまできて聞かないワケにはいかない。
だから強くうなづいて返した。
「いいよ。えーっと……どっから話そうかな。じゃあまずはボクが追われている理由からね。あの石はボクの両親の形見のようなものでね。いくつの朝と夜を超えたか何度、季節が巡ったのかを忘れてしまうくらいずっと探してたんだ。ようやくのこと奇跡的に見つけたボクは教会に侵入したよ、取り戻したかったからね」
「じゃあさ、窃盗の罪で追われているということか?」
ファルナは首を真横に振る。
「それだけじゃあないよ。ボクは一時期、
……初めて聞く名だ。歴史の文献類でも伝承でも魔女達が仲間内で組織を組んだとは聞いたことがない。住む場所を無くし烙印を押され、生きることすら許されず所を追われた
「じゃあ憎いと思うか帝国を?」
「そりゃあ……憎いよ、憎いに決まってるじゃないか。ボクの両親は普通の人だった、父は帝国の庭師で母は城で働く侍女。それなのに教会の異端審問特殊部隊が突然家に来て当たり前の日常を奪って行った。両親は連れ去られボクは床下に押し込められ一命を取り留めた……というワケさ。父は言ってたよ帝国は非道な人体実験をしてるとね……何か秘密を知ってしまったんだと思う」
人体実験……そんな非人道的で非現実的なことを聞かされてもイマイチ俺にはピンと来なかった。俺の住む地域では魔女狩りなんてなかったし、どこか遠い国の出来事のように思えてたけど身近では凄惨な死刑や拷問が行われていたのだと思いやられる。
「待て……今の話だと帝国の陰謀に教会も、一枚噛んでいるみたいな言い方じゃないか」
「そうだよ。信じられないだろうね、でも教会はあの石で何かをやろうとしているのは確かだよ。
それにしても教会が帝国と組んでいたなんて初耳だ。
教会は洗礼や死んだ者への弔いや供養、病気の者や毒の治療など白魔道で癒しこの国の文化に深く根付いてる組織だっていうのに。俺だって神なんぞ信じちゃいないが、街の修道会にリキュアと礼拝くらいはしに行くことがある。
ふぅと、ため息をついてからファルナは続ける。
「教会の前で、罪を犯した者へ死刑執行をするのは知ってるよねレン」
「ああ神の裁きの名目の下な。ガス抜きの為に民衆が見物に行くのは知ってるが、悪趣味だしリキュアの教育にも悪いから俺も見ないことにしている。まあ、よほどの重罪人でないと滅多に公開処刑なんてやらないだろうからな」
「その死刑執行の時だけど、罪を償う為だと言いながら神父が罪人の首から卵型の袋に入ったものをぶらさげるのを知っているかい。ここまで言えば分かるかな」
「まさか」
「そう。それがこのゲンマストーンの台座とゲンマストーンの原石だ。これはね元々はただの白い石なんだ」
「黒かったぜ。俺が見た石は」
「あの石は人の絶望と死んだ者の魂を喰らい穢れを吸収する石なんだよ。代わりに適格者に力を授けるけど対価があるとも言われている、正直なとこ石の効力はボクにもよく分かっていない。けれど帝国や教会があの石を使って何かをしようとしてるのは確なことだよ。レン、石がキミに反応したってことはキミは適格者だ」
全身に動揺が走った。だって俺は流れでゲンマストーンに触っただけで、帝国や教会のやろうとしてることには興味もないし無関係だ。それなのに力を得た代わりに対価があるだって……? 冗談じゃない俺はリキュアや母ちゃん達と静かに暮らしたいだけなんだ。
「……レン、レン……聞いてるかい?」
「ああ……スマン何だって?」
「内から溢れるような力が沸いてきたとか、魔法が使えるようになったとか感覚はない? 自分で分かるハズなんだけどね」
「今のところ、そういう感覚はないな」
「……うーん。おかしいなぁ……申し訳ないけどボクも良く実態が分からない石でね。何か身体に異変があったら教えてよ。少しは力になれると思う」
「だいたいのことは分かったよ」
その後は無事に目的の川まで着いたので、眼帯の死体を2人で川へそのまま放り投げた。
予想どおり川の流れは激しく死体を飲み込み下流へと消えていった。
今更ながらだが、人を殺めたと実感と罪悪感が心に酷く重くのしかかってくる。悪いことをし業を積んだ俺に、何かこの先悪いことが起きるんじゃなかろうかという不安に駆られる。
ダメだダメだ……しっかりしろリキュアを守る為だったんだろ、あの行為は。
あのままなら俺もファルナも殺されてる可能性が高い。
過ぎた過去はもうどうにもならない……迷うな腹をくくれ。
しばらく川の流れを見つめていた俺へ、ファルナが話しかけてくる。
「不安なのかいレン」
「……何がだ?」
「辛いのなら聞いてあげるよ。命の重さに対して鈍感になってしまったボクでも分かるよ。レンがキツそうなのは、初めは特に精神的にくるからね」
「……フン。余計な気を使うな帰るぞ家に」
「大丈夫そうだね………うん。けっこうけっこう! ところで疲れたからさ家までボクは荷台で寝てていいかい?」
「さっさとお・り・ろ」
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