第3話~キミは普通じゃない



「お前ぇっ! どうしてリキュアへ危害を加えた!?」




「随分と威勢がいいな少年。さっきも言ったろファルナを炙り出す為だと」




「そんな理由で……傲慢だな。力に溺れるとそうなるのかよ! その余裕が気にいらねえっ!」




「待てっ落ちつくんだレン!」




「おっ、おつちけだと? これがっおちついていられるかぁあああ! もうファルナお前だけの問題じゃねえ! もう俺の問題だこの眼帯野郎っ、害も何もないリキュアに明確な悪意をもって傷つけた。それが俺には我慢ならねぇ!」






「俺を殺すというのなら自分が殺される覚悟、あるんだろうな? 自分の言った言葉で泣いて許しを乞えるのは今の内だけだぞ」




「ベラベラ喋るな耳障りだ、やれるものならやってみろ」






 眼帯の男の体格は当然だが俺より一回りも大きい。向こうは遠距離からいくらでも飛礫で攻撃可能だが俺はそうはいかない。俺が勝つには接近して首元に確実にナイフを突きすことだ。




 こいつの小石の飛礫は恐らく周囲の物を限定で、真っ直ぐにしか飛ばせない。


 地形を確認してみる小石は無数にあるが、ヤツの周りの拳大ほどの大きさの石はさっきから動いてすらいない。




 ・動かせるのは小石ほどの大きさの飛礫のみ


 ・軌道はまっ直ぐにしか飛ばせない




 ならば――軸を移動しながらまっすぐにバカみたいに走って、このナイフを首に突きつけるだけ。






「だいたい少年。お前魔法使えないんだろう? でなきゃナイフを使うはずないもんな。ファルナは魔力切れ、お供のナイト気取りの少年は魔法を使えない、ククク……俺は運がいい」 




 ちいっ。


 奴が手を返したとほぼ同時に、俺は意を決して地面を蹴った。


 無数の石の飛礫は浮かび上がり既にヤツの手中にある。




 遅かれ早かれ俺に飛んでくるのは確実だ。


 ならば距離をつめた分だけ俺が有利になる。




 怒りを原動力として俺は駆ける。


 ふと気づいたのだがいつもより明らかに足が早いことに気づく。


 周りの木や風景がグンッと、後にすっとんでいくかのように流れていくのだ。




 いつもと違う、身体のキレの良さに、脳が運動神経のリミッターを解除しているのだと思った。俗にいう火事場の底鹿力というやつだ。通常は筋細胞や神経が壊れないように無意識下で力を制御しているのだが、いざ命の危機に遭遇すると通常では考えられない力を発揮するのだという。




 現に迫ってくる俺の足の速度に、やつは先ほど見せていた口元の笑みを消し焦った様子で俺に飛礫を飛ばしてきた。




 ここまでは想定済み。




「足速いな……ではこれはどうか舞え飛礫、そして進め」




 すかさず横に大きくステップし軸を変え避けながら走る――のだが想定外の第二波がやってきた。






 ヤツが両腕で自由に石の飛礫を操れるのは想定外だった。


 俺の目の前にすぐ色とりどりの石の飛礫が、群をなして向かってきている。




 直観で無理だ、避けられないと判断する。






「ぐぁあっ……」




 咄嗟に頭や目元だけは両腕をクロスさせ守るのだが、俺のえ怒りをいとも簡単に捻じ曲げて後退させてしまうような石の飛礫は時間差で腕の二頭筋を、無防備な腹を足を痛めつけていく。それら一つ一つが転生する前のバッティングセンターで目にした130キロほどの速さで迫ってくるのだからひとたまりもない。






「ぐ……ぅ、ぃってぇっ……!」




 思わずうめき声も出るというもの。


 痛覚と阿は己に迫る危機を脳に知らせる為の器官だ。


 すわなち命への警鐘をガンガン頭の中で鳴らしているということ。


 己の命への執着などないとはいえ、直接本能に訴えかける痛みには抗えようもない。




 石の速度、石の固さ、石の重さ。


 それらが俺を後ろへ後退させようとぶつかってくる。




 それでもだ。それでも前へ。


 リキュアを傷つけたこいつは絶対に許せない。




 リキュアを傷つけた怒りを原動力に変えて、俺は一度は止まった足を走らせる。




「ほう……まだ来るか! 勇気と蛮勇をはき違えた英雄気取りか、それともバカか。お前はどっちだ!?」




「知るか!」






「まあすぐに分かる。舞え飛礫、そして進め」






 バカの一つ覚えみたいに連発しやがって。


 走っている最中も身体のあちこちが痛みを訴えている。


 身体の腕や足がズキズキと火傷のような痛みを発するのだ。当然身体機能も100%フルの状態とは言い難い……あぁ……そうだ、これだから生きるってのは面倒なんだ。こういう患いだって生きてれば当然大なり小なりあるのだから。






 どの道あの無数の雨のような石を全て避けるのは不可能だ。


 ならば身を低くしもっと速く最速で駆け抜けるだけ。


 作戦も何もない笑ってしまうような力押しの一手に、苦笑いが零れそうになる。どうやら自虐的に笑らえるだけの精神の余裕はまだあるらしい。




 ……来た!




「ぐ……ぎぃっ」




 もう頭や腕への防御も何もしない。


 手を止めると連動する足も動きが遅くなるから、痛みを堪えて進むのみ。




 飛礫の一部の固い感触が額の辺りをかすめていき、額からどろっとした生温かい液体が零れていくのが分かる。それが目の上でなくて良かったと別の安堵をした。




 目の上……そこから連想するワードに電撃的に気づいた。


 クソがっ……どうやらマヌケは俺の方だったようだ。


 ヤツは左目に眼帯をしている。ならば視界の制限される俺から見て右から攻めるのが定石だった。




「……むっ」




 やつとの距離はあと約10メートル圏内……いける!


 半ば俺の立てた算段は、ここまで来て確信へ変わりつつある。




「ちっ……ここまで来るとはな。舞え飛礫、そして進め!」






 どこを狙ってやがる。ヤツが放った飛礫の目測はまったく見当違いの方向へ飛んでいった。いくら眼帯をしているとはそこまで目測がずれるとは……。




「まさかっ!?」




 眼帯の男は再び口元を三日月のように歪ませて笑う。




 その笑みが意図をするところは――。




 そう地面に人形のように仰向けで横たわる無防備なリキュアへと、石の飛礫が迫っている。目の前に迫る俺が向ける敵意など軽く受け流すかのように、無力感を突きつけてくるのだった。




 やめろ……もうやめてくれリキュアを傷つけることだけは!




「我が祈り汝を守る壁となれ。フィールドコア・シールド」




 もはや神にでも懇願するしかない祈りに呼応するかのように、白い文字の描かれた二重の円陣がリキュアの前に現れ小石をことごとく弾き返していく。無機質な円陣はビクともせず、その場で文字の描かれた外周部分が時計周りに回転しているのだった。




「こっちはボクに任せて」




 不思議な響きのする詠唱の声がしたと思ったらファルナだったのか。俺の口元には自然と笑みが浮かぶ。


 もうあと三歩で眼帯の目の前で届く!




「くたばれやぁああああ!」




「ちいっ……まだ魔力があるとは聞いてねえっ! 舞え飛礫、そして進め!」




 俺はここ一番のジャンプ力をもって前につっこむ。頭と腕を両手で守り身体に当たる面積を最小限にしてだ。そして眼帯の男にしがみつくように飛びかかる。




 距離が浅いからか飛礫の発動もロクにできなかったらしい。それが証拠に大半以上の飛礫はその場で浮力を喪失し地面へと落下していくのだった。




「このっ……離せクソガキ!」




 さて掴みかかったまではいいが、さっそく挨拶代わりに容赦のない顔面へ拳の一撃を俺は喰らい、口の中が切れたようだ。サビついた鉄のような血の味が口の中でしたたる。




 容赦のない大人が子供に向ける本気の暴力。俺の実際の精神年齢は転生前と合わせると、子供ではないからそれはいいんだ。なんていう気にはならない現に痛ぇんだこれが。弱者を痛めつけることはすわなち暴力と本質は何ら変わらない。こいつは特に悪意もない力もない妹のリキュアを傷つけた! それがどうしても許せない。




 今度はヤツの左の手で俺は鼻っ柱への殴打をされる。


 ぷつんっ――と鼻から血が出たのか息がやや苦しい。




 だが精神的に余裕のないのはお互い様らしい、ヤツの表情にも余裕は見当たらない。身体にまとわりつくやっかいな蜂にでも襲われているかのようなツラだ。




「お前はリキュアを傷つけた! 死ねぇ!」




 俺はやつの首筋へありったけの力でナイフをブスリ! と突き刺した。




「がはぁっ………こんなとこ……し、にたく……アト……リ」




 首からナイフを抜くとまるで容器の入った缶から吹き出す液体みたいに、血が、血が、血が、血が首から噴き出して糸の切れた人形みたいに眼帯は口から血を吐き、身体がびくんびくんと痙攣し倒れ込んでいる。




「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……人は死ぬんだよ必ず。アンタも俺も……」




 身体の熱を上昇させていたさっきまでの怒りは、嘘みたいに蒸発して消し飛んだ。




 その後に残ったのはなんとも言えない侘しさと、ヤツの首にナイフを刺した時の体温が手に残って何とも気持ち悪かった。




 どうせ転生するんだろう人間てのは。


 俺の知ったことじゃない気に病む必要はない。


 なのにどうして……どうしてこの手足が小刻みに震えるのだ?




 よたよたと歩きながら、ファルナが俺の横にやってきた。


 自分でもよく分からない余韻に囚われ、ファルナに意識を向ける余裕がない。




「リキュアちゃんは無事だよ。ケガはボクが白魔道で治した」




「……本当か! 良かったぁ……ありがとなリキュアを治してくれて」




「あ……はは……キミに面と向かって礼を言われると、なんか背中がむず痒くなるなぁ、ボクも成り行きで助けてもらったようなものだしね」




 なんておどけてみせるファルナ。


 俺はまだ考えのまとまらない思考でなんて言葉を紡ぎ出せばいいか分からない。心が定まらず中に暗雲が渦巻いてるような感じで……不愉快だ。




 一転して急に真面目な口調でファルナが俺に問いかける。




「人を殺したのは初めてかいレン?」




「俺が快楽殺人者にでも見えるか? 初めてさもちろん」




「そっか、動機はともかく正義や悪という曖昧な概念もここではおいておこう。キミは躊躇なく人が殺せるんだねレン」






 ファルナの一言に心の何処かがズキリとした。


 別に責めるような口調でもないが、今の俺には否定の言葉としか受け取れない。




「……俺を責めているのか?」




「違うよレン。ボクはキミの人格という本質について言っているんだ。キミは普通じゃない」

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