第2話~招かれざる客人


 招かれざる客人。魔女のボクっ子ファルナを家路につくまでの間、妹のリキュアの意向により不本意ながら家で介抱するハメになった俺は、肩を貸し家路までの帰路へとつく。リキュアや母ちゃんに会わせることのない最善策は、どうすれば良かったのだろう。


 と思いを巡らすこと数分。




「そういうツンツンケンケンなところが、あにうえが女の子にモテないげんいんだとリキュアは思うのっ!」



「ハイ。スイマセン……全面的に俺が悪かったです、反省しています」



「そうだそうだもっと言ってあげてよ。ガツーンと言ってあげて!」




 肩をかしてあげてる俺の横で、小声でリキュアに援護射撃を促すファルナ。だいぶ先ほどの俺の態度が不服らしい。そんな態度で小言を聞かされるので、出来ることなら俺は時間を巻き戻し川にす巻きにして流すべきだったかと余計に思うのだった。



「お前は少しは黙っていろファルナ……」


 くっ……このまま激しく川へ放り投げてしまいたい。ファルナはどんな顔をするんだろうか。街の近くの水の流れが激しい川にでも、高いとこからファルナを放り投げてしまいたいが、そんなことをしたらリキュアが一生口をきいてくれないかもしれない。それは絶対に困る。




「だいぶ、あにうえもまいってるようなので、これ以上はかわいそうだよファルナさん。かんべんしてあげてください」




「兄と違ってリキュアちゃんは人間ができてるねぇ。ボクはその健気さに涙がちょちょ切れそうだよ」




 と言いファルナは泣いたフリをして、おーいおーいとわざとらしく空いている腕に顔を沈めている。絶対わざとだろ案外調子いいんだなこのボクっ子……。本当にあの記憶に流れ込んだファルナと同一人物なのか……? 不条理なこの世界に対する深い悲しみと両親を失ったことへの絶望、そして帝国への激しくドス黒い怒り。




 深海のような底なしの絶望だった。

 なのに、どうして生きがいを失ってそんな笑っていれる?

 俺には分からない、理解できない。



「ところでキミの家はまだなのかい? ボクはお腹がすいたんだけど、ほかほかのシチューと塩のおにぎりが出れば、ボクはいい気分になれると思うんだ」




「街の外れにあるんだ、家まではもうちょっとだよおねえちゃん。ついたらほかほかシチューよういするからねっ」




「「「シチュー、シチュー、ほっかほっかシチュー」」」




 無邪気に歌うリキュアに続いてノリで復唱するのやめろ。

 しかもあつかましい。

 

 会ったばかりなのに息ぴったりか……まったく。

 この雰囲気じゃ肝心の石のこと、魔女のこと、疑問に思うこと聞きずらいだろ、詳しい話は……家についてからでいいか。




 家の近くの住民の顔は、もちろんずっと住んでいる俺は覚えている。


 ウチの過剰作物を買ってくれる商人のリヒトさん。


 余った作物をおすそ分けしてくれる、一人暮らしの婆ちゃんでキエさん。


 近所でたわいもない会話と、あいさつだけする社交辞令だけの関係の住民。


 だから、見慣れない人が通ればすぐ分かる。




 今、このタイミングで見慣れない人が通るのは、不自然でしかない。


 それも片目に眼帯をしている20代半ばくらいの人相の悪い男に声をかけられたら、俺の背中に悪寒が走るのも自然なこと。内面の性格の卑しさがそのまま面構えに現れたような表情だ。俺がいうのも何だが少なくと善人ではなさそうな……感じがする。




 クソがっ……! 俺はどうかしていた、ファルナに聞くべきだった。

 どうして俺の家の畑に倒れていたのかを、真っ先に問いただすべきだったのだ。



 誰かに追われていたんじゃないのかファルナは?

 それで俺の家の畑で、なんらかの理由で体力を使い果たし倒れていた。


 こう考える。

 推理する。

 では、俺が次にやるべきことは?


 考えるまでもない、リキュアの身の安全を第一に行動すること。




「君達ちょっといいか。ここいらで白髪の女の子を見なかったか? そうちょうど君が抱えてる友人のような、青みかかった色をした白髪の子を探していてね」



「――えーとね、それなら」



「知りません。彼ちょっと農作業の途中で脱水症状で倒れてしまいまして、今急いでるんです」




 リキュアの声に強引に被せる。 

 純粋なリキュアは聞かれたら、諸々の事情を包み隠さず話してしまうだろうから。


 ちっ……気が利かねえなファルナ。

 事前に言ってくれりゃ、話を上手いこと合わせたというのに。

 ファルナも当然、事情を察し顔をうつむけたまま喋らない。

 多分、俺達に対して相当気まずそうな表情をしていると思う。




 この窮地を脱するには、俺の演技次第ってとこだな。

 出たとこ勝負はスキじゃないが……やるしかないな。




「ふーん。そいつは大変だな。暑い日にはちゃんと水分をとらないとな。どれ俺の水筒の水をあげるよ急いだ方がいい。彼……脱水症状なんだろう」






 そう言い男はファルナの前でしゃがみこみ、値踏みするように隠れた顔を見極めようとしている。




「どうした? いらないのか早くした方がいい、脱水症状で放っておくと痙攣を起こし取り返しのつかないことになる。まだ痙攣は起きていないようだが」




 眼帯の男の最後の語尾には、明確な問いかけと疑念が含まれている声だった。

 完全に疑われていことは明白だ。

 隠し通すにも限度があるな。



 俺は意を決し、男の手から皮の水筒をふんだくり片手でぐびぐびと勢い良く水を飲んだ。水筒の水を空にするのが目的なので、もうやけくそで行儀悪く口から水をこぼしまくりながら飲む。



「えぇー!? どうして、あにうえがのんじゃうのー!」



「ごちそうさまでした。すいみません俺もノドが渇いていたんで。じゃ、そういうことで失礼します」




 眼帯の男はあっけにとられ、俺が空にした水筒を受け取ったまま動かない。しゃがんだままの口をぽかんと空けたまま静止していた。その口から出そこなった言葉は聞かずとも分かる。


 てくてく俺達の横を歩いていた妹のリキュアも、怪訝な表情をしている。俺の咄嗟の作り話の設定を丸ごと信じてるようなので、どうしてファルナにあげないんだ。と顔の近くまであげた抗議の両手の拳が物語っている。




 俺が悪いじゃないんだよ、リキュア。

 後で事情を説明するから、どうか機嫌を治しておくれ。





 唖然とする眼帯の男を置き去りにし、俺はその場を離れるように前に足を進める。リキュアがそれに困惑しながらも後ろについてくるのだった。


 「どうしてお水のんじゃったのーあにうえー?」


 「事情は後で説明するよリキュア」



「なかなかの名演技だったよ。キミ……人を騙したりする才能があるんじゃないか?」



「ファルナ。聞きたいことは山ほどあるが、事情は後できっちり聞かせてもらうからな」


 小声でこんなやりとりをしていると、ファルナがいきなり腕を離して俺を突き飛ばした。



「危ないっ!」


「……なっ」




 警戒も動作に対する準備もしてない俺は、地面にすっ転んでファルナに視線を向ける。無論非難めいた抗議の表情なのだが、その後に小指の第二間接ほどの大きさの石つぶてが、真っ直ぐに俺とファルナの横を突っ切っていくのを眺めてから、後ろを振り返る。




「なんだ女の子の声じゃないか。大人に嘘をついたらいイカンよ悪い子達だなぁ」




 眼帯の男が後ろから狙って石を投げた……?


 いや違う……石はこんなに真っ直ぐな軌道で直進することはない。


 それも石のつぶてを同時にだ、それは不可能だ……常人ならばの話だが。




「お前らは運が悪いとしか言いようがないな、いや実に運がない。運が良ければ俺に会うことがなかったのだから。反対に俺は運がいい、お前がファルナ=ルナバースだな」



「一体誰のことを言ってるんです? ボクそんな人知りません。それにボクに似た白い髪の美しいプロポーションの素晴らしい女性なら、街に行きドレスを買ってからシチューを食べに行くって、スキップしながらさっき通り過ぎましたよ」




 ファルナはあくまで自分は他人だと、やんわりした口調で架空の人物が行ったであろう道を指で差し示す。しかしその物いい……どこまでが冗談で本気なのか分かりづらい。



「なにっ。それは本当か?」


「はい。本当ですあっちに行きました!」




 眼帯の男は嘲笑するように唇の端を歪める。


 そして返答とばかりにこう返してくるのだった。


「舞え飛礫」


 眼帯の男がそう唱え、手をくいっと返すと同調するように周囲の小石が重力を喪失したように浮かびがる。




「そして進め」




 礫は俺達を威嚇するかのように凄まじい速度で地面を叩きつける。やや時間差のある石の雨にも似た攻撃に、俺は思わず反射的に身をかがめてしまう。


 くそっ……黒魔導士、本当に存在していたのかよ。

 目の前で超常現象を起こされてはもう信じるより他ない。驚きより現状では眼帯の男への恐怖と不安が、俺の心のウェイトを占めていた。




「危うく騙されるとこだったなぁ。魔法を見てもお前が動じなすぎたんだよファルナ。他の2人を見ろ動揺が顔に書いてあるぞ、舞え飛礫、そして進め」




「……あぅっ!?」





「あぁっ!?」




 視界に映る光景が走馬灯のようにスローモーションに見えた。


 眼帯の男はよりによって……よりにもよって。


 まったく無関係のリキュアの額にっ……小動物でもいたぶるかのように小石をぶつけやがった! くそがっ!





「リキュア! 無事かっおいっ!? ちくしょうっ額から血が出てる!」




 リキュアは地面に横たわり瞳を伏せたままぴくりともしてない。




 身体が怒りでわなわなと震える。

血が逆流しそうな感覚を覚える。




「お前ぇえええええええええええ! 無関係なリキュアに攻撃したな! 俺はともかく無関係のリキュアにまで!」




「すまんな。手がすべってしまったようだ。おかげでターゲットを炙り出せた。処理対象No.18白い守り手ホワイトタリスマン



「おいおい物騒だな。そのナイフを取り出して何をしようってんだ」



「殺す!」



 腰の携帯用のナイフケースからナイフを取り出し構える。


 普段は野菜を切ったり軽作業で使う用途のナイフだが、衝動で人に刃物を向けるのは初めてだ。それくらい俺は抑えれないほどの怒りを覚えていた。



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