灰かぶりの羊達と黒魔道の晩餐

横浜のたぬき

第1話~この異世界での生きがい

 俺が生きているこの異世界には、魔法が存在する。


 黒魔道という超常現象や呪術を操る魔道使いと、白魔道という癒しを司る魔道使いがいる。


 強力な力を持つ黒魔道士は魔女狩りの対象となっており、大規模な魔女狩り――通称ブラックアウトの長い夜にローゼシア帝国に粛正され、生き残りはほぼいないと聞く。


 今は法整備され黒魔導士への理由なき断罪は禁止されているけど、そもそも本当に存在するのか実物を見たことがない俺には疑わしい。 


 その一方で癒しの魔法を使う白魔法使いだけは粛正の対象とならず、教会にお金を払った者がケガや病気を治したりしてもらえる。まあ営利目的の営業ってやつだな。





 この世界のことは置いといて、俺の名はレン13才だ。俺には生まれる前の記憶がある。

 こう言ったところで周りの人は信じないだろう。アイツは頭がおかしいやつだ、ヤバいやつだ。

 

 こんな評価をされるのが関の山だ。




 だからこの秘密は俺の胸の内に留めておく。誰にも言わずに。


 前世の記憶があるからそれを頼りに、人より目立とうとは思わない。


 そんなことをして何になるんだ? 

 人は生まれては死に、そして迷いの存在を繰り返すということを知った上で。



 世界には絶望しかないじゃないか。

 人は生まれてすぐ、冥界の死王にその存在を監視され死んでいくのだ。

 いずれ消えゆく儚いロウソクのように。


 だから俺は、出来るだけ省エネ的人生を歩みたい。

 

 誰にも頼らず、出来るだけ俺一人で全ての物事を自己完結させたいんだ。



 世界に生きる意味が何もないというのなら俺は今すぐ、この喉や心臓を切り裂いてくたばっちまってもいい。自分自身に執着なんかありゃあしない。




 だが俺がそう思っていても。


 世界はそんなに単純に出来ていない。


 俺をこの世界に縛りつける存在が2人いるんだ。




「あーにーうーえーっ!」


「うぉっとお!?」


「きゃははははっ! うしろがガラあきだぞー!」


 妹のリキュアが俺の後ろから抱きついてくる。柔かい感触が俺の身体をとんっ……と揺らした。



「後ろから飛びつくのはやめなさい。こらっシャツを引っ張るな!」


「遊びにいこうよ。あにうえー」


「終わったらな」


「やだーぶーぶーぶー」




「明日、俺達が食べる為の小麦や米とか、作物の手入れをしてるんだよ。もし明日のパンがなくなったらリキュアはどう思うかい?」


「えーこまる!」


「そうだね、とてもいい子だねリキュアは。だから少し待ってておくれ」



「えへへーあにうえにほめられた。じゃあリキュアいい子にしてるね」






 俺をこの異世界に縛り付ける存在の一人。

 それが妹のリキュア6才だ。


 俺から見て純粋に存在そのものが可愛いんだ。目に入れても痛くないってぐらいにはな。


 リキュアは地面に腰掛け足をバタバタしながら、鼻歌を鳴らしている。街に来た吟遊詩人が歌ってたメロディをうる覚えで歌っている。


 それでも、あざとかわいいんだよなリキュアは。本当に可愛い。




「あにうえーあきたからリキュアもてつだうよー」


「ありがとリキュア。疲れたらすぐに言えよ無理するな。それじゃキャベツを収穫してくれるかな」



「あにうえーそれではリキュアは、キャベツのしゅうかくをしてくるであります!」



「じゃあ頼んだよ。疲れたらいつ休んでもいいからね」




 向こうの畑にリキュアが行ったのを見届け作業をしてると、すぐリキュアは血相を変え戻ってきた。俺はすぐに手を止め駆け寄る。



「あっ、あにうえーっ! たっ、たいへんだよー! こっちこっちー」


「どうした!?」



 畑に害虫でも出やがったのか!?

 ムカデか!?それとも毛虫か!? ゴキブリか!?

 待ってろ。俺がすぐに手でつまんでポイしてやるぞ!




「リキュアを驚かす不届きな虫はどこだ!?」


「あにうえーっここー女の子がたおれてるよー」




 えっ女の子だって虫じゃないのか、でもどうして。

 確かに女の子がまるで畑に無造作に捨てたられたように、背中を丸めて倒れている。俺は違和感にすぐ気づく。



「リキュア……女の子って言ったよね」


「うん!」



 しかし、これは……男物のチュニックとズボンじゃないか。

 放射線状に流れるような白髪を畑に垂らしたまま、眠ったように女の子は動かない。


 黒いシャツと足が隠れるだけの黒ズボン。




 年は見たとこ、俺よりやや上ってとこだろうか。

 

 それにしても目鼻立ちが整っていて唇も薄くて綺麗だ。

 

 そもそも何で俺の家の畑で倒れているんだ?



 そもそも……女なのか本当に?

 女っぽい男という可能性だってある。 

 ちょいと胸を触って確認。




 触れるとふくらみが確かにあり、けっこう重量感がある。


「あーにーうーえーっ! いったいなにしてるの!?」




 リキュアは俺を両手でとんっと押し、通せんぼするように女の子の前に立ち両手を広げる。


「女かどうか確かめてただけだよ。一番手っ取り早いからな」



「だーめーっ!!! リキュアはあにうえを、そんな子にそだてたおぼえはないよっ! てかおんなの子ってリキュアが言ったのに。だいたいさいしょに、もしもーしって声かけるのがフツーでしょ!」




 どうして泣きそうになってるんだリキュアは。しかめっ面をし同時に、非難を含んだ泣きそうな表情で俺を見ている。リキュアの機嫌を挽回しなければならない、迅速にだ。




「すまないリキュア。俺が悪かった、もうしないからこの通りだ!」


「……ほんと?」


「本当だ。というかこの子生きてるのか?」




 ちょいと腕をとって脈を確認……ン……なんか手にもってるな黒い卵のような形の石だ……。形状は卵カップに似ていて下部分は瑠璃色の宝石みたいな形状だ。




 ――黒い石に俺が触れた瞬間――


 石が眩い光をキラキラと周囲に放ちだした。


 それは、とてもじゃないけど目を開けていられないほどの輝きで。


 真っ白な光に包まれる中で俺を心配するリキュアの声が聞こえた。




「あっ、あにうえー!」




「リキュア大丈夫か!?」



 こちらに手を伸ばすリキュアへと手を伸ばそうとした瞬間。



 なっ……なんだこの感覚?


 脳の中を直接操作されたようなざらざらとした感触がうねりついてくる。まるで夢の中に意識まるごと引きずり込まれたような、吸い込まれるような感じ。




 この石は絶対普通じゃない何かやばい……!


 そう思った時、黒い霧状のモヤのような物質が石から放出され俺を包み込んだ。




 次の瞬間、俺はどこかの景色を見ていた。

 俺がもうどこにいるのかは良くわからない。

 映像は不鮮明でノイズ混じりで、どことなく悲しい気持ちにさせられる。




 沈みゆく太陽の中で、十字架に磔にされた者達がヒトならぬ扱いを受けていた。

 教会の前の広場のような場所に、ところ狭しと人が押しかけている。


 好機心、嘲笑、罵倒、その場にいる者達にとって本当に魔女だったのか有罪だったのかなどうでもいい。ただ誰かの不幸を見て、安らぎを得たいだけの低俗な感情が街の広場でうねっていた。


 誰かに流行り病や天候の異常など、全ての不幸と元凶を押し付けただけの、罪のなすりつけ。


 民衆の声がいよいよ大きくなってきた所で、教会の神父らしき男が檀上に上がり、大げさに両手を広げてから民衆を見渡して言う。


「これより穢れし魔女どもに断罪の火をくべる」


「処刑だ!」

「処刑しろ!」

「ウチの子が幼くしてなくなったのは魔女の責任よ!」

「どうでもいい! 焼き殺せ!」


 教会の聖職者らしき者が声を上げると、怒号が渦巻く。

 広場にいる人々の声の内容は呪いのような言葉ばかりで、幾人かは石を投げつける者もいた。


「それでは火をつけよ!」


「……っぁああああああああああ!!!」


「ぎぃああああああああああああああ!!!」


 


「やめて……やめてよ……誰か止めてよ……お父さん、お母さん……いやだよ」


 火に焼かれる両親を広場の奥で見ながら、絶望にお肩を震わせ檀上を見上げる少女。

 少女は静かに心の中でずっと懇願していた。

 神へ、あるいはお伽の英雄へ、あるいは白馬の王子に。


 しかし少女の両親に救いの手は差し伸べられることはなく、磔にされた無残な黒焦げの死体だけが無残にも残った。



 現場にはいないのに、何故だか俺には分かった。

 

 無関係な女や男も対象とされ、多くの者が命を落としたブラックアウトの長い夜。



 ――魔女狩りだ。



 どうしようもない悲しみと絶望。

 やりきれなさからくる無力感。


 この子の無念が伝わってくる。


 それと激しく抑えれきれない紅蓮の炎のような増悪。

 胸の奥に渦巻く行き場をなくし離散することもできないどうしようもない怒り。


 黒焦げになった両親の死体を呆然としながら見ていた少女は、誰もいなくなった広場からようやく立ち、ふらふらと目的もない足取りで歩いた。



「……どうして……無実のお父さんとお母さんが死ななきゃいけないの。許せない……許さない……こんな街も帝国の人間も、ここにはヒトなんかいない悪魔はお前らの方だ……!」


 心の中に混ざり込んだ絵の具のような、ざらっとしてとげとげしい感覚に俺は黒い石から慌てて手を放した。そのままいると映像の中へ吸い込まれてしまうかのような、引力みたいな不愉快さ。




「っ……ぅわぁああああああああああああ!? はぁ……はぁ……はぁ……な、なんだったんだ今の……!!!」



「あにうえ!? どうかしたのあにうえっ!?」


 いつの間にか白く眩い光は収まっていて、卵型の黒い石は砂のようになっていて俺の手の平から、さらさらと零れ落ちていく。



「かおが青いよ……あにうえーだいじょうぶだった?」


「あ、あぁ……ちょっと眩暈がしただけさ」


「ぱぁーと石がひかってたけど、ホントにだいじょぶ?」


「なんともないよ心配させてゴメンなリキュア」




 嘘だ。

 ただリキュアには事情は説明しない方がいいだろう。


 俺が今すべきことはただ一つ。




「この子は捨ておこう。ただ俺達の家の畑で野垂れ死んでもらっちゃあ、後々困るからどこか適当なとこに移動させる」



「ほんきで言ってるの?」



「そうだが」


「あにうえのはくじょうものっ! リキュアにはやさしいのに、どうしてそんなひどいこというの!」




 酷いったってこの子は魔女だぞ。

 俺には分かるんだ、災いを俺達にもたらす存在に違いない。

 あぁ参ったな、リキュアは頑固なとこがあるからな。




「……う」




 起きた、今、起きたぞ。

 先にそこら辺に捨ててくるべきだったかクソがっ……!



 倒れていた女の子が頭に手を当てながら、半目のまま上半身を起こした。




「おねえさんだいじょうぶ? ウチの畑でたおれてたんだよ。わたしリキュア、そしてあにうえのレンです」



「ありがとう。でもボクの心配は無用だよ」



「……ボクっ子?」


「なっ……そこは別にいいじゃないか。喋り方は個人の自由じゃないか」



「そうだな。アンタは誰にも迷惑をかけていない、そういうことだからさっさとウチの畑から出て行ってくれ」




「あにうえの人でなしー。どうしてそんなかなしいこと言うのっ! めっ!」




 本日リキュアの2回目の両手でとんっ、を不意打ちでくらい俺はよろめいた。

 俺は悪くないというのに、これもリキュアを守る為なんだ。




「ごめんなさい、あにうえは、他人にはつめたいとこありますけど、リキュアやかあさまには本当にやさしい人なんです」




「いいお兄さんなんだね」




 ボクっ子は立ち上がり白い色のポニーテールをなびかせ、リキュアの頭を優しく撫でる。リキュアもまた気持ち良さそうに目を細めたのだった。






「そういえば石が……あっ、どうしてキミがそれを持っているんだい?」






「すまんな。流れで触ったら石が砂になってしまった、でも台座みたいなのは無事だ」




 まさか高価な石だから金返せとか言われないよな……参ったなぁ、立場的に形勢逆転じゃないか。この場合は不可効力だと思うのだが。だいたい触ったら砂になる石てなんなんだよ、見たことも聞いたこともないぞ。






「あにうえがさわったらびかーって光ったの。そしたらねーあにうえがボッーとしてるあいだに砂になっちゃったんです」




 ボクっ子は何かを考えているようだ。




「そっか……キミも絶望しているんだねこの世界に」




 ……は? 確かに俺は生そのものに酷く儚さに似たようなものを常々感じている。俺の本質を見透かしたうえでの言葉なのか、それとも。




「……電波?」




「……いちいち言葉の一つ一つが失礼だねキミは」




 ちょっと怒って、俺へあてつけがましい一指し指を向けるボクっ子。




「悪いな、これが俺の素なんでね。言動が気にいらないというのなら回れ右をして、さっさとどっかへ行ってしまうのをオススメするぞ」




「フンっ。いちいち可愛くない男の子だね、ではボクは今すぐそうさせてもらうっ」




 明らかに怒った様子で頬を膨らまし、大股で回れ右をして去って行こうとする。




 ――のだが膨らんだ頬を引っ込め、今度は恥ずかしそうな顔をしてそのまま戻ってきた。




「忘れてた……ゲンマストーンの器返してっ」




「ゲンマストーン? これのことか」




「ありがとう。そしてさようならっ、なんだいなんだいっクール気取っちゃってさ! そんなんじゃ女の子にモテないからね絶対だよ絶対!」






 やれやれ、ようやく帰る気になったか。女にモテるとかどうでもいいっつーの、世界に形ある者はいずれ滅ぶ定めなんだ。そしてまた頼んでもいない迷惑な生を受ける……俺はこれ以上余計な執着を増やす気はない。




 それにしても……男の物の服を着た目麗しく男っぽい口調のボクっ子か……変な女だな。




「うっ……」




「あぁっ!? たおれこんだよ、あにうえーおねえさんがこっち見てるよ」




 あの首だけこっちに向けるうるうるした瞳は、ボクを介抱してくれっていってる目だな。意地を張って身体をひきずってでも帰るような感じだったのに、あざといなボクっ子め。



 次にどう状況が展開されるのか俺にはもう予測がついている。


 俺にとっては良くない展開だから、だんだん頭が痛くなってきた……。




「だいじょぶ? リキュアの家にいこうよおねえちゃん。かいほうしてあげるから。あにうえーおねえちゃんのかたもってよ。今こそ、あにうえのちからのみせどころだよ」




 リキュアにこうまで言われちゃ仕方ないな。




「……ありがとうね。正直まだ立って歩くのもキツかったんだ」




「俺の家は近くだ。肩は貸すがそこまで歩けるな、倒れたら容赦なく捨てていくからな」




「もうーっあにうえのごくあくひどっー! だいじょうぶだからね、あにうえはリキュアにはあたまがあがらないから、えっへん!」




「まあいい。正直俺もまだアンタに聞きたいこともあるしな、名前は?」




 俺はボクっ子に肩を貸し支えてあげた。


 喋り方は男っぽいけどやっぱり女の子なんだな、柔かくてきゃしゃな腕の感触が俺の首筋に当たっている。畑にいたからか土の香りと柑橘系の匂いが混じって俺の鼻をくすぐる。




「ボクはファルナ=ルナバース、家まで道中のエスコートをよろしく頼むよ。それから白米の塩おにぎりとラム肉入りの温かいシチューを出してくれると、ボクはとても気分がよくなると思うんだ」




 とチラリと横顔を俺に向けるファルナ。


「スマン。どうやら肩がすべってしまったようだ」


 俺は言ってる側でファルナを支える腕を容赦なく離した。


 すまんがイラっとしてしまった。



「もうっー!……言ってる側からボクの腕を振りほどいてるじゃないかっ! ケガ人に事後承諾をするなんてキミはとても酷い人だね!」




「……あーにーうーえっー!」


 俺はリキュアに3回目の両手でとんっを喰らい、その後リキュアからこっぴどく人としての振る舞いを指摘され肩身の狭い思いをし正直へこんだのだった。


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