第33話 ケッセン
統一歴 二千二百九年 長月三十日 雨天 転移 百九十二日目 桶狭間
「旗は! 旗印はどのものだ!?」
敵襲の報を聞き義元が敵将の確認を促す。
「織田信広の織田木瓜と、黒地に白抜きで誠の文字でございます!」
伝令がそう伝えると義元の近侍達が騒然とする。
それに構わず義元は
「数はいかほどか?」
更に状況を問いかけると、伝令は
「二千ほどでございます」
と返す。
「距離は?」
と問えば、
「中島砦方面にこちらより数刻離れた位置に居ります」
「こちらの位置に気付いた様子はあるか?」
と確認すると、
「時折物見を放ち、我らが本陣を探しながらの進軍の模様、怪しんではおるようですが不用意にこちらに近づいてはおりません」
誠の部隊は桶狭間周辺に今川の本隊がいるという”予想”を元に行動している風を装っている、故に桶狭間山にはなかなか近づかない。
そこから敵の部隊を引き釣り出すことが目的だからだ。
だがそれを知らぬ義元は
「ならばいかな勇将とは言え五倍の兵で襲われてはかなうまい。兵一万をもって迎え撃つがよい! 先陣の将は松井宗信とする。尾張攻略の前に武勲といたせ」
と桶狭間山に兵五千を残し、誠と信広の部隊を討つべく一万の兵を送り出す。
一万の兵を送り出してしばらく経ち、そろそろ開戦している頃か? と義元と重臣達が気を揉んでいた頃、悲鳴や絶叫が聞こえる。
戦の空気に興奮した兵が暴れているのかと思い、
「何事か!?」
近侍として義元の傍に控えていた朝比奈親徳が兵に問いただす。
すると赤毛をポニーテールにし眼鏡をかけた巨乳の女と、長い黒髪を頭頂部から大きく二つに分けた目付きのキツイ貧乳の女二人組が慌てて近寄り、
「御屋形様はこちらでございますかぁ?」
と眼鏡をかけた女が確認してくる。
「当たり前であろう! それより何ご「御免!」」
言い終わる前に目付きのキツイ女が親徳を切り捨てる。
「名乗り遅れましたね、武蔵総合学園生徒会会計楠木ちはや」
と眼鏡の女が名乗れば
「同じく生徒会書記雁塔聖子、義元公
というが早いか陣幕の向こうから義元めがけて突っ込んでくる。
それと共に
「義元公を発見しました、こちらで交戦中です!」
と眼鏡の女が拡声の外勁で周囲に義元の所在を触れ回る。
それが届いたのか遠くまで届く楽器の景気のいい音色――トランペットによる突撃ラッパである――が辺りに轟くと、左右の山中から勝ち戦を確信したかのような兵の気勢が上がる。
それを合図に重臣たちが陣幕の向こうへ義元を導き逃そうとするも、ちはやの外勁により呼び寄せられた織田家の兵と学園の戦闘要員が次から次へと襲い掛かる。
その度に重臣たちが一人、また一人と倒れていく。
穂村達は周辺を警戒していた兵を草むらに引きずり込んでは一人ずつ始末し、今川方の兵に偽装した戦闘要員を敵陣内に送り込み義元の位置に目星をつけてから強襲を開始した。
突撃ラッパは信長への合図である。
これにより今川方は総崩れとなり、恐慌をきたした兵は討ち取られるか? 算を乱して逃げ散るか? のいずれかであり。まともに抵抗できるものはほぼいなかった。
近侍として仕えていた重臣たちが次々討ち取られ、まとめて停車させていた浮き車へ至る道をふさがれていることに気付いた義元は、
「荒武者を呼ぶ! 巻き込まれぬよう離れるがよい!」
そう叫ぶと、腰に差した宗三左文字を抜刀し、
「いでよ八龍! 我が身を守り敵を打ち砕け!」
と叫ぶ。
慌てて義元の周りから生き残った重臣が辛うじて離れると、義元を中心に輝く文様が地に広がる。
光の奔流が収まると、全高9mほどの大きさで四肢と頭部と胸と両肩に龍の意匠をあしらった金色の巨人が威風堂々立っていた。
「穂村ぁー!! あれが義元の宗三左文字である! お主も荒武者を呼び出すのだ!」
どこからか信長の叫び声が戦場に轟く。
押しとどめんとする今川兵を蹴散らしつつ義元を追っていた穂村はその声を受けて、
「来たれ
愛刀鶴丸国永を抜き放ちそう命じる。
『イエス、マイマスター』
可憐な声が穂村の頭に響くと同時に穂村を中心に炎を象った光り輝く文様が地に広がる。
その光の奔流が収まると、全高9mほどの炎を纏った真紅の巨人が緋色の瞳を輝かせ荘厳な佇まいで立ち尽くしていた。
『ねぇ、マスター。敵はあのハデハデちゃんなのかしら?』
クレナイの仮想人格が穂村にそう尋ねる。
「そうだ。敵はあの義元左文字。勝てるか?」
クレナイの質問を肯定し穂村はそう問い返す。
『格で言えば悔しいけれどアタクシよりもかなり上の荒武者のようね。最上大業物ってところかしら? でもマスターがアタクシを駆る以上この世に敵うものはまずいませんわ。どうか御命じ下さい”蹂躙せよ”と……』
陶酔したようにそう答える。
穂村は以前卜伝監督下において一度だけ荒武者に搭乗したことがある。
荒武者は強力な決戦兵器だが、使用者と認められなければ搭乗者の意思を乗っ取り暴走することがある為、監督者の指導の下でなければ融結の儀式は行えなかったのだ。
その結果穂村はよほどの事態でもなければ荒武者に搭乗することを禁じられた。
その理由を知っている学園の者達は紅蓮がこの地に現れるのを見るや敵兵の存在など目もくれず遮蔽物に身を隠す。
織田家の兵も信長に命じられ戦闘を中断して岩陰などに飛び込む。
義元が搭乗する八龍が腰に差した刀を抜き前に出ようとする。
それに構わず味方の避難が済むまで一切の動きをとらなかった紅蓮が安全を確認すると、何の予備動作もなく消える。
数瞬後刀を持った腕を失った八龍に衝撃波が叩き付けられる。
八龍はその衝撃によりたたらを踏むが倒れることなく周囲を見回し己が遥か後方で切り落とされた自らの腕を弄ぶ紅蓮の姿を確認し、利き腕が刀ごと切り捨てられたことに気が付く。
義元の脳内に八龍が痛みにのたうち絶叫する声が木霊するが、彼女には何が起こったのか理解できない。
辛うじて理解できることはいつのまにか八龍の腕を切り落とされたということだけ。
斬りかかった自分より遥かに速く、何をしたかすら視認できぬほどの速さで斬られたのだと本能的に悟った。
『あ~、哀れね。格下と侮ったアタクシ達に何をされたかすらわからず痛みにのたうち回るなんて、最上大業物様は味わったことがない屈辱でしょうね』
楽しげに紅蓮が嘲笑する。
卜伝が穂村に荒武者の使用を禁じたのは暴走する危険が高かったためではない。
穂村が操る紅蓮が強力過ぎて、簡単にこの星の第三宇宙速度を超え穂村の外勁により空間に力場を作って足場としなければ動き出した勢いのまま宇宙へ飛び出す速度を軽々と叩き出すので、周囲に甚大な被害が出る。
敵を打ち倒すことは出来るが下手をすると味方にも損害を出す可能性が高いため、普通に荒武者を運用するより慎重に扱う必要があっただけなのだ。
右腕を失った八龍がそれでも抵抗する気配を見せ左手でもう一本の刀を抜こうとする。
しかしそれを認めた紅蓮が瞬時に加速し八龍の左腕と左足を斬り飛ばす。
片足を失ったところに衝撃波が叩き付けられもんどりうって八龍が倒れる。
頭部の方向から紅蓮が刀を突きつけながら近づき、
「義元殿、降られよ」
と降伏勧告をする。
ここまで一方的に蹂躙されたことなどない義元は混乱するも。
「是非もなし……か……」
と呟き、八龍の首元の装甲を稼働させ荒武者から降機する。
五千残っていたはずの今川兵のほぼ全ては穂村のたった二回の斬り込みで肉塊となって転がっている。
だが生き残った者もいるはずなので穂村は
「今川兵の内生き残った者で降るつもりのあるものは武器を捨てて両手を頭の後ろで組み地に伏せて待て」
と降伏勧告する。
紅蓮の視界に映った今川兵が次々その通り地に付していくのを学園の戦闘要員たちが捕縛する。
「これより、囮部隊が引き付けている一万の今川兵を掃討する!」
遮蔽物から出てきた味方の兵に向かい信長が宣言する。
「穂村はそのまま荒武者で最後方より支援を頼む!」
信長からの要請を片腕を上げることで承知した旨を伝える。
その後誠と信広が引き付けていた今川軍一万を前後から挟み込んだ織田・学園連合軍は義元に降るよう命令させることで、僅かな被害で今川の一大侵攻を退けた。
後の世に桶狭間の戦いとして語り継がれる合戦はこうして幕を閉じたのである。
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