第22話 ボクデン
統一歴 二千二百九年 皐月二十五日 転移六十七日目 尾張 武蔵総合学園
聖徳寺での会談後道三と義龍は下へも置かぬ対応ぶりで穂村と信長達を盛大に歓待し今後の濃尾同盟が摂り得る戦略を夜更けまで熱心に語り合った。
穂村としては信長と同じように尾張の経済を発展させ民や国を富ませて税を徴収するのと、戦時に農民を兵として徴兵するのをやめ常備兵を備えて訓練や領内の巡回などをさせ治安の安定化を図り、新しく産業を興すことで民の生活水準を上昇させると同時に働ける場所を与えるという構想を語った。
穂村がいた頃の元の世界で政治家や官僚が行っていた政治の真逆の事をする。
つまりはそれだけ。
信長は我が意を得たりという顔で同意し、道三と義龍も興味深げに聞き入っていたが彼女たちがどの程度理解できたかは謎である。
翌日の別れ際道三が穂村に
「婿殿とは今後もこうして話し合いをしたいものであるな」
と言葉をかけてきたのが印象的であった。
稲葉山城に帰る際
「信長は噂通りのうつけ、穂村殿は傲慢が過ぎますな」
と道三に語り掛けた家臣がいたそうだが、
「三郎殿であれば我が子は門前に馬を繋ぐだけで済むであろうが、穂村殿と敵対すれば一族郎党焼き殺されるであろうな……」
と返したとか。
穂村の本質を道三は見抜いていたようである。
帰還してから四日後、学園の生徒や教職員が作業や訓練に勤しんでいると、今まで見たことがない奇妙な箱型の浮き車が何台か農業科の城壁方面を目指して進んでくる。
先導しているのは織田木瓜の旗印を掲げた浮き車なので、敵ということはないだろうが続く四角い浮き車が掲げているのは抱き沢潟の紋。
一益配下の斥候から旗印の図案を始め斥候の技術や知識を教え込まれている見張りからの伝令を受け、今日は校内で訓練と教導を受けていた愛子が対応に出る。
念の為誠に後詰をさせる。
優一は近海漁業用に新しく作った小早船級の漁船で漁をしている。
浜辺では水産科の生徒が元の世界の技術を使って塩を作り、他にも海苔や干物も作っている。
海側はまだ城壁が届いていない為自由に使えてはいるが、城壁内で塩を精製するなら道具や環境を整える必要がある。
生徒会役員室は今日も姦しく、クラーラと菖蒲が生徒や教職員からもたらされる陳情の数々が記された書類に目を通し相談して許可するものと不許可を分け。
会計のちはやがそろばん片手に金銭や物資の管理をし、穂村が学園と取引のある商人の相手をし、聖子が作成した契約書を確認した上で双方が署名し捺印する。
捺印と言っても花押を入れるだけだが。
穂村は聖徳寺で道三との会見が終わった後言継からしきりに花押と家紋を早くお決めになってほしいでおじゃるとせっつかれているが、花押は炎を簡略化したものを使っているが夏生の家には家紋などは伝わっておらず、またそんなものを使うつもりも更々ないので、言継に良い家紋を考えてくれと依頼してまた彼女の仕事を増やしてしまった。
まぁまだ戦に出られる状態でもないしすぐに必要って訳ではないが彼女に負担ばかり押し付けていることが少し気になったので
「月読に紋はあるのか?」
と尋ねた所、
「月読様の紋でおじゃるか? 穂村様は新王朝の帝として君臨なされるおつもりで?」
思い付きで提案したことから核心に触れられたので思わず
「そうだ。黄泉を駆逐する為には天下を統一する必要がある」
と答えてしまった。
「ならば新たな主上に相応しく満月に餅を搗く兎といたしましょう。ツクヨミ様の加護を持たれている主上にはこれ以上相応しきものはあろうはずもおじゃらぬ」
と提案してきた。
今は公方が近江で防いでいるが言継もこのままではまずいことは理解しているし、天下統一をなしうるものが食らいあう状況を憂いていたので穂村の申し出は渡りに船であったのだ。
そんなやり取りをしていると、愛子から生徒会室に設置された伝令装置に
「信秀さんの紹介でバクダンさんって人が教導に来てくれたよ」
と連絡が入る。
「バクダンって誰だ?」
と一瞬生徒会室が混乱するが、菖蒲がすぐさま来訪者の人数を聞き、主客と供回りは応接室へ、その他の随員は礼をもって女性教職員寮の食堂へ案内するよう伝えると、クラーラと穂村は主客の対応へ向かうよう指示し、自らは随員の歓待に向かう。
統一歴 二千二百九年 皐月二十五日 転移六十七日目 尾張 武蔵総合学園 応接室
応接室で穂村達を待っていたのは黒髪をツーサイドアップにしたロリロリしい幼女であった。
だが幼女の後ろに控える二人のお供は立ち居振る舞いに隙がなく一目で達人と分かる腕の持ち主と見受けられた。
その彼女等が恭しく接している幼女は、幼女に見えて実は凄い人なのかもしれない。
そう思いながら穂村とクラーラが礼を尽くして挨拶すると、幼女は相貌を綻ばせ
「わらわは塚原土佐守高幹、卜伝とも号しておる。お主等に兵法やら剣術やらを教えてやってくれと頼まれたが、教えんでも十分にやっていけるのではないか?」
と自己紹介した。
多分このロリババアは今年で六十になるはずだが房中術の技能が桁外れに高いのか老化を感じさせる部分が一切なく、どう見ても十歳前後の児童にしか見えない。
穂村の頭に一瞬合法ロリという言葉が浮かぶが、合法ロリではあってもこの人相手に無理やり何かできるほど強い者はいないだろうし、恐らく無手勝流の域に辿り着いてるだろうから、そもそも厄介ごとに関わる事すらないんじゃないかな? と想像をめぐらす。
塚原卜伝はただ剣術が強いだけではなく、その人生において「戦わずして勝つ」という争って人を斬ることなく勝利するという非常に合理的な思想を剣術に持ち込んだ人物でもある。
それを称して無手勝流と言ったとか。
信秀より卜伝の招聘に成功したことはだいぶ前に伝えられていたが、やってきたのが子供にしか見えない外見のロリババアだとは思わなかった。
穂村はしばし呆然とするもこの外見を利用して相手を出し抜いているのかもしれないと思い、
「我が師として教えを請いたく願います。我われは力の強いものは居れど戦う術を知らず、それ故戦えば無駄な犠牲を出すでしょう。そのような者が出るのを出来るだけ抑え、民や国を富ませ外敵から守る為に卜伝殿に戦う術を教えていただきたい。お願いできませんか?」
穂村は頭を下げて教えを願う。
「力に溺れず大局を見据えるか……よかろうわらわの持ちうる知識と技、全て貴殿に伝えるとしよう」
厳かにそういうと、穂村に頭を上げさせる。
三度に渡る修行の旅を終え、静かに暮らしていた彼女にとって実家から頼みこまれたこの話は本意ではなかった。
だが穂村の対応を見て心が変わった。
これだけの剛の者であっても力に溺れることなく負ける事なく勝ち続けることに貪欲であり、そのために頭も下げられる
。
その器量の大きさに感服したのだ。
そして穂村達から彼ら自身の事情を詳しく聞き、彼らが生き残る為に力を貸したいと思った。
そして師弟は出逢ったのである。
穂村とクラーラが卜伝一行と和やかに歓談している中それは突然もたらされた。
いつも淡々と何事もこなす一益が狼狽えた表情を取り繕うこともなく勢い込んで応接室に飛び込んできたのだ。
曰く
「織田弾正忠信秀急逝」
享年三十八歳
あまりにも早い尾張の虎の最後であった。
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