第23話 ソウギ

 統一歴 二千二百九年 皐月二十五日 転移六十七日目 尾張 武蔵総合学園 生徒会室



 織田信秀急逝、突如もたらされたこの報を周知すべく卜伝と高弟を伴い生徒会室に学園首脳を集める。

 訃報には続きがあり、今川義元大軍を発して安祥に進軍すとのことだった。


 すわ暗殺か!?

 と剣呑な雰囲気になる一同だったが、一益が言うには逆で安祥攻めの報を受けて信広の後詰として動こうと支度を始めたが急に倒れ、そのまま手当のかいなく亡くなったそうである。


「おれ達の世界と違って信秀殿は信長を次期当主と定めてから亡くなった訳だが、これからどうする?」

 穂村が室内にいる全員に問う。


「喪主は三郎殿が務めるとして、問題は安祥の方ね。信広殿には後詰を送らなければいけないでしょうけど三郎殿が今動けば後方で騒ぎを起こす者もいるでしょう」

 クラーラがそう語る。


「穂村と会長は信長の傍にいた方が良いだろうし、平手殿も一度戻られる必要はあるだろう。なのでここは俺が千人ほど戦闘要員を率いて後詰の一助として出るのがいいと思うんだが」

 誠がそう申し出る。


「学園の防衛には愛子様を残して頂いて、優一さんは海軍設立の継続を学園内の事をわたくしがクラーラ様の代理ということで、ちはや様と聖子様と協力し、何かあった場合は滝川様からお伝えいただくということでいかがでしょう?」

 菖蒲がまとめる。


「それでいいだろう、師匠と言継はどうする?」

 穂村が問うと、

「わらわはお主を鍛えねばならぬからついていくぞ、勁術は日々の生活の中における一つ一つの所作をこなしながらも呼吸と脈動を制御できねばならんからな」

 卜伝は当たり前とでも言わんばかりの口調でそう言うと

「学園の戦闘要員には我が高弟を持って指導に当たらせる。戦に出た者も戻ってきてから鍛錬じゃ」

 どうやら学園で戦うことに特化した生徒達全員を指導してくれるらしい。


「麿は主上の補佐にて、御一緒するでおじゃる」

 言継は穂村の展望を知ってから人前で主上と呼び敬意をもって接する姿勢を取り続けている。

 貴族的な教養や将来の帝として必要な知識なども教えているがオーバーワークなのは明らかなので、近江に出した使いが早く戻ってきてくれることを周囲も願っていた。


 生徒会役員と学園長は生き残る為には学園の勢力を織田家と協力して増す必要があり、行きつくところは天下統一であるという認識は持っている。


 生徒会女子役員達は穂村を皇とする気ではあるし、誠と優一もそれで纏まるなら協力するつもりでいる。


「では、それでいこう。誠以外は皆行動を開始してくれ」

 穂村は解散を告げると、誠以外の者達はそれぞれ行動に移る。


 穂村は生徒会室の自分のロッカーを開けると予備のパターを取り出し。


「実戦では何が起こるか分からないし、安祥合戦で最悪の事――信広が生け捕られる――が起きれば交換要員の竹千代はこちらにはいない、なのでこれを使って信広殿を助け出してくれ。勿論君が無事であることは大前提だ」

 そう言って光を放つパターを手渡す。


「出来るだけの事はやってみるが、初陣だしな……」

 誠がそう返すと、

「信長には平手殿や経験豊富な将を後詰として送り出すよう伝えておくが、いざとなれば信広殿を無理にでもかっさらって出陣した生徒とともに戻ってきてくれ」

 暗に安祥に拘る必要はないと伝える。

「分かった。三河侵攻には新しいプランが必要になるかもしれんが、損耗が少なければそれも考えやすいかもしれんな」

 誠もそれを理解したらしい、濃尾同盟を基軸にした新しい戦略の必要性を伝え出陣する生徒の選抜のため部屋を出る。


「モラトリアムの終わりか……これだけの期間あっただけましだったと思うしかないか……」

 独り部屋に残った穂村はそう呟くのであった。



 統一歴 二千二百九年 皐月二十五日 転移六十七日目 尾張 古渡城



 信秀の亡骸を前に信長が呆然と佇んでいる。

 一益よりの伝令で武蔵総合学園から誠が後詰に合力する旨が伝えられ、政秀を総大将とし副将に佐久間信盛を付け武蔵総合学園の者と協力して事に当たるよう言い含め援軍を送り出してから糸が切れたように力なく亡母の傍に佇んでいる。


 どれくらいそうしていたのであろうか?


「雷……」


 と声がかけられる。


 信長が力なくそちらを見やると、心配そうな顔をした穂村とクラーラが立っていた。


 信長は視線を戻し生母の遺体を見据えると、

「ワシは母上が産んだ唯一の子であった……」

 力なく呟く。

 部屋に入ってきた穂村が信長に寄り添い労わる様に背中を撫でつつ、

「他の御姉妹は?」

 そう尋ねる穂村に

「母の卵子を用いてはいるが生んだのは母の妻達であり、ワシと同じ卵子の組み合わせの姉妹もいる。だがワシにとってはこの母こそ唯一の母であった。末森にいる母はワシを忌み嫌っておるからの……」

 力なくカラカラと笑いながら答える。


「じゃがの穂村、そんな母の死がワシは辛くないのじゃ、悲しいとも思えぬのじゃ……このような人として当たり前の感情を持ち合わせぬ者が母の唯一の娘であるというのは親不孝にも程があろう?」

 絞り出すようにそう伝える。


「このような冷たい娘を母が腹を痛めて産んだとは皮肉な話であるな……」

 自虐を交えた笑みで信長が微笑む。


 それを見た穂村は信長を抱きしめ

「おれには母の記憶がない。正確には継母とは確執の記憶しかなく、生母は物心つく前に亡くなっているので覚えていない」

 一言一言丁寧に穂村が言葉を紡ぐ。


「実父からは虐待や暴行を加えられた記憶といつか必ず殺してやるという思いしか記憶にはない」

 信長が悲しげに穂村の顔を見上げる。


「雷……お前と信秀殿がどういう関係で、信秀殿がどうお前と関わってきたのかおれは知らない。だが親と子と言えど別の人格だ、親子の関わり方などそれこそ浜の真砂の数より多いのではないか? 親が他界して悲しくないのが悪いという決まりがどこにある? 何を卑下する必要がある? お前はお前らしく信秀殿を送ってやればよいのではないか? 織田家の新たな当主として……」

 そう穂村が問いかけると、信長は穂村の胸を少し押し抱擁を解くと両手で頬を張る。


「うむ! 余は今日より織田上総守信長、織田弾正忠家の当主であり尾張を統べ天下に覇を唱える者の妻なり!」

 覇気に満ちた笑顔でそう宣言する。


「上総は親王任国だから上総介じゃないのか?」

 微笑みながら穂村がそう指摘すると。


「何を言う! 先の帝の皇統は既に絶えた。ならば親王任国など関係あるまい。それにの、穂村。お主が帝となれば余も皇族の身となる、ならば上総守の役職など過程でしかあるまい?」

 してやったりと微笑みながら信長はそう答えたのであった。



 統一歴 二千二百九年 皐月二十八日 転移七十日目 尾張 萬松寺



 信秀の葬儀は萬松寺にて三百名の僧侶を参集させた壮大な規模で行われ、弾正忠家の力を誇示した。


 喪主として出席した信長は凛とした姿で安祥が攻められ不利な戦が続いている事を感じさせず当主として葬儀を立派に執り行った。


 だが尾張を覆う暗雲がこれから先勢いを増すばかりであることは参列者の多くが気付いている事であった。

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