第21話 ショウトクジ

 統一歴 二千二百九年 皐月二十日 転移六十二日目 尾張 武蔵総合学園~那古野城~聖徳寺



 この日の夜明け前二百五十名に上る学園生徒で勁術を身につけ、露出の多い水着姿に魔力に反応して防御力を高める文様を入れた護衛部隊を乗せた浮き車を周囲に警護として置き中心に高級な浮き車を据え、それに穂村とクラーラと言継が乗る形で那古野城で信長達と合流し、一路聖徳寺を目指す。


 那古野で合流した信長の護衛は有名な三間半の槍を持つ者や鉄砲で武装したものなどを中心としていて、鉄砲の比率は友貞配下よりも多めであった。


 ただ魔力で着火する滑空砲というのは変わらない。


 穂村達を護衛する部隊には一部ではあるが先行試作型の魔力式AKと対人ライフルと対物ライフルが配備されている。


 ちなみに学園の図書室にあった資料や写真を言継に見せ核兵器を外勁で再現できるか? と穂村が外勁使いである言継に問うたところ。

 強力な外勁使いを数名集め術式を編めば再現できるとのことだったが、それでは荒武者を捉えることはできないし、一回の術式で使い物にならなくなった外勁使いを蹂躙されるだけなので苦労に対して効果が薄そうでおじゃるとの答えだった。


 では砲撃やマシンガンによる弾幕はどうか? と問えば、秘名で印を結べていない兵士や能力の低い者、音の速度を越せない者や弱い結界しか生成できない外勁使いには有効ではあるが音より早く動ける内勁使いには通じない。

 現状の鉄砲の運用も能力的に低い者や弱い者に持たせることで戦力の底上げをしているだけなのでそれ以上の効果を出すのは難しいかもしれないでおじゃるとの見解を聞かせてもらえた。


 言継の話を聞いた穂村は塹壕を掘ってそこから弓、マシンガン、アサルトライフルで弾幕を張り相手の兵を釘づけにしている間にライフルによる指揮官狙撃で攪乱させた所に、能力的に高い兵や少し劣るものの突撃に加えられる程度の者を騎馬のような戦いながら操作できる移動手段を用い側面からの突撃で相手を崩すという戦術を思いつき移動中に信長と言継に意見を求める。


 信長は、

「実現できるのであれば初見殺しであるし、分かっていても防ぐのは難しい」

 と高評価だったのに対し、言継は更に仕事が増えることを感じたのか四条家以外の伝手も招く必要があると忠告するのみであった。


 強力な外勁が使えても、彼女の本質は公家であり、医療従事者であり、研究者なので実戦経験も乏しい彼女では革新的には思えても評価しづらい面はあるようだ。


 穂村がそんなことを考えている内に一行は聖徳寺付近まで到着しているのであった。



 統一歴 二千二百九年 皐月二十日 14:12 尾張 聖徳寺



 道三の手の者と思しき乙女侍が正装して聖徳寺までの通りの両側に一定間隔で並んで立っている。

 その姿は美濃の豊かさを誇示するが如く威を振るっている。


 いつものミニスカ和服を片肌開け腰に瓢箪を吊るした信長は恒興に命じて全体を止めると僅かな供回りを引き連れ浮き車を降り平然と道三の家臣に挟まれた道を行く。


 今日は薄手の夏服を着て魔獣の皮を使った剣帯で腰に融結した鶴丸国永――穂村と契約し紅蓮という真名を得た――を吊るした穂村が溢れ出る覇気をまき散らしながら続き、夏服のセーラー服を着たクラーラがおかしそうに微笑みながら後を追い、クラーラと並ぶように言継が進む。


 信長は寺の門で出迎えた道三の配下の武将が名乗るのを無視して門をくぐるとそのまま境内に入り、供回りの者に屏風を立てさせその向こうに消える。


 しばらくして髪を結い織田木瓜をあしらった褐色の肩衣に小袖、褐色の長袴に小刀を差し正装に着替えると斎藤家の家臣に案内され対面用の座敷の縁側に座る穂村の横に腰掛ける。


 道三の重臣が

「座敷に席を設けておりますので、そちらへ……」

 と促すが、信長も穂村も動く気配は全くない。


 斎藤山城守が座敷に姿を現していないのならこちらも座席で待つ必要はない、そう言外に伝わるような態度で信長、穂村、クラーラ、言継が縁側で寛ぐ。


 斎藤の家臣達が慌てながら座敷の席を薦めるのを黙殺しクラーラが水筒に入れて持ってきたハーブティーを楽しんでいると、痺れを切らしたのか青い髪を結った二十代半ばに見えるグラマー美人が、あまり似ていない青い髪をワンレングスにした女性にしては背が高い信長と同年代と思しきモデル体型の美女を従え姿を現し座敷に座る。


 その姿を認めてはいたもののなおも無視し続ける信長一行に堪りかねたのか、道三の重臣らしき者が

「我が主、斎藤山城守と嫡女新九郎義龍にござります」

 と信長に言上する。


 信長は一言

「で、あるか」

 と返すと、穂村達に先んじて座敷に入り先ほどまで無視を決め込んでいたことなどなかったかのように道三と義龍に礼を尽くし挨拶をする。


 お互いに礼を持って挨拶を交わすと、道三が

「夏生殿たちは異なる世から参られたそうだが、真なるか?」

 と切り出す。


 信長ではなくまず自分に話しかけられたことに意外な気持ちを感じつつ、

「ええ、本当の事で間違いないです。ですので多少の御無礼はお許しください」

 と、覇気を漲らせながら許可を願う。


 道三の重臣達はざわめくが

「よい! 儂を愚弄するつもりがないのに多少の無礼を咎め立てては器量が疑われようもの。夏生殿と鷺宮殿は城府を設けずふるまわれるがよい」

 そう言って臣下を静まらせる。


 続けて道三は

「あの長槍は三郎殿の発案か?」

 と信長に問いかける。


 信長は平然と

「左様。兵の力はそれぞれ違うが、弱兵であっても強兵であっても遠間から一方的に攻撃できることは強みになると思い申して作らせたのが三間半の槍でござる」

 そう答える。


 道三は重ねて

「あの鉄砲も同じ発想で揃えられたのか?」

 信長に問いかける。


「鎌倉の世ならば正面切って打ち合うを良しとしたでござろうが、勝たねば生き残れぬ戦国乱世において弓のような専門技術の習熟を必要とせず、外勁使いのように天性の才も必要とせず、弱兵でも僅かな鍛錬でもののふを遠間から打ち倒しうるつわものにせしめる鉄砲は今後の戦の流れに少なからぬ影響を与えると某は思い申す」

 よどむことなく信長が答える。


 それを聞いた道三が義龍に目配せすると彼女も驚きを目に宿していた。


 周囲の家臣達は信長の考え方に反発を覚えているものもいるようだが、少なくともこの二人は信長の考え方に価値を見出している、そう穂村とクラーラは察する。


 そして切り口を変えようとクラーラが

「美濃は豊かな国のようですね。沿道に立った兵の方々も正装をされてましたようですし」

 と嫌味交じりに相手を持ち上げる。

 無礼を咎めないと言った道三の反応を確かめようとの狙いだ。


 道三は少し表情を歪め

「鷺宮殿と夏生殿は先日この世に移ってこられたとか。鉄砲はどこで手に入れられたのか?」

 と問う。


 クラーラが

「我われがこの世界に転移してすぐ長島城主の服部友貞殿と一悶着ありまして、その時鹵獲したものを参考に

 と、こともなげに言ってのける。


 道三と義龍の表情が一瞬驚愕に歪むがすぐに面を整える。


「そなたらは鉄砲を自作できると申すのか!?」

 義龍が泡をくってそう問い詰める。


「我らの世界にも同じような武器がかつてあり、そこから発展したものを知る者がいましたのでこの世界の技術を取り入れたものを試作しております」

 クラーラが平然と切り返す。


 道三と義龍は顔を見合わせ、頷くと。


「弾正忠家と夏生殿達は婚姻同盟を結ばれたのであったな?」

 道三が問う。


 すると穂村が

「いえ、違います。殿と婚姻同盟を結んだのであって弾正忠家が同盟相手という訳ではありません」

 こちらの内情を語りつつ違いを訂正する。


 道三はひとしきり考えを巡らせると、

「では奥の序列は三郎殿の次でよい、我が娘を嫁に出すので三郎殿と夏生殿我らとで同盟を結ぼうではないか」

 そう提案する。


「友貞殿は詫びに良業物を、三郎殿は嫁入りの持参として大業物たる鶴丸国永を我らにもたらしてくれましたが、美濃斎藤家は何を持参されるので?」

 穂村がかっぱぎタイムとばかりに条件交渉に入る。


「嫡女義龍を嫁入りさせる故、美濃一国そなたにくれてやる! それでよかろう?」

 道三が大盤振る舞いすると家臣たちが慌てふためき、道三に翻意するよう進言する者もいる。

 それらを一喝し、

「美濃八千姫とはいえ夏生殿に勝り得る者は我が領内に一人でもおるか? 鷺宮殿が話されたことは真の事であろう、見たこともない形の鉄砲を持つ兵がいたのだからな。その方等はそれでも打ち勝てると申すのか!?」

 と問われると、誰も反論できず引き下がるしかなかった。


 家臣の動揺を抑えると、道三は居住まいを正し

「お見苦しい所をお見せし、申し訳ござらぬ」

 詫びを入れると、

「一席設けておる、これよりは同盟締結の祝いといたそう」

 そう宣言するのだった。

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