第19話 ノブヒデ
統一歴 二千二百九年 夘月 二十五日 転移三十七日目 晴天 尾張 武蔵総合学園
武蔵総合学園より連絡を受けて三日後、信秀の内心を表すかのような早さで会談の日取りが決められ、本日早朝より護衛の隊列に警護された信長が迎えにやってきた。
建築中の農業科正門方面外壁の手前で隊列を止めると恒興が名乗り開門を要請する。
学園敷地内に招き入れられ兵を休ませると、信長と恒興は生徒会室に連れていかれる。
今日の信長は重要な会見ということで振袖の上に織田木瓜をあしらった肩衣を羽織り下はミニスカ風袴に白い足袋、履物は畳表の厚底草履という正装なのか? 趣味なのか? いまいちわからない服装でやってきた。
生徒会室でお茶を飲みながらクラーラ達としばし語らった後穂村と菖蒲の準備が出来たようで生徒会室にやってくる。
家臣として同行する言継に会見の際の服装に関して質問をした穂村だったが、冠婚葬祭に出席できる学生の服装ということで冬服の学ランを着ていくことになった。
菖蒲は信長に対抗するかのように派手で高そうな振袖である。
信秀との会見に臨む者が揃ったところで、生徒会室で信長を交えて武蔵総合学園側にとって通したい要件などを打ち合わせると全員で見送りに出る。
言継が乗ってきた通称BMWと今回信長が乗ってきた高級そうな浮き車に穂村と菖蒲と言継、信長と政秀に分かれて乗ると恒興が一行の出発を告げる。
穂村は元の世界の歴史に名高い尾張の虎との対面に心躍らせつつ言継に信秀に関する話を聞くのであった。
統一歴 二千二百九年 夘月 二十五日 転移三十七日目 晴天 尾張 古渡城
古渡城は熱田神宮の北北西方面にあるらしく、那古野城よりは武蔵総合学園に近いらしい。
と言っても元の世界での距離関係とは比較にならないほど巨大な秋津における近いという表現なので、それでも相当な距離があると穂村は思っていたが、浮き車の群れは路面の影響を受けず、織田木瓜の紋が入った旗印を途中から掲げ相当な速度で走り続け移動時間はそれほどかからず古渡城につく。
巨大な城壁に阻まれ城は見えないが、城壁の上では物見らしき者達が慌ただしく動き回っている。
そこへ降車した恒興が名乗りを上げると堀にかかる跳ね上げ式の門が下ろされ護衛に守られて城内へ入ることが出来た。
古渡城は歴史がそれほどある城ではないらしいが、本丸までそれなりの敷地があり設備も整っているように穂村には思えた。
『だが設計思想が古すぎる気はするな』
政秀と言継から受けた教育と元の世界で覚えた知識を併せ持つ穂村はそう思った。
城の本丸を案内され、板張りの客間に通されると床の間に向かって左側に座るように信長が言う。
それに従い穂村、菖蒲、言継の順で並んで座ると、右側の上座はまだ空席ではあるが次席に信長が胡坐をかいて座り、末席には政秀が同様に胡坐をかいて座る。
どうもこの時代は正式な場でも胡坐で座るのは当たり前のようだ。
そう思って穂村が座りなおすと障子をあけて信長の姉と思しき女性が入室してくる。
肩までで切りそろえた黒髪と、信長よりさらに短いミニスカ袴で小袖を着ているくらいしか違いが見つからないほどよく似ている。
織田信広か?
穂村がそう思うと信長に似た女性は空いている上座に座る。
穂村が内心で納得すると信長が
「母上、そちらの上座から夏生穂村殿、鳳凰寺菖蒲殿である。お二方これなるは我が母織田弾正忠信秀である。見知りおかれよ」
と双方への照会がなされた。
信秀は挨拶もそこそこに、
「貴殿らは異なる世から来られたとか……まことのようだな……」
と呟くと穂村に向かって
「貴殿が左京進の精兵をお一人で蹴散らした夏生殿であるか?」
と尋ねてきた。
「そこにいささか誇張が入っている気がするが、おれと十人ほどの仲間で友貞の手勢の人数を半分にして全員を捕虜にしたことは事実ですよ。それにより友貞殿は非常に協力的な対応をしてくれてますね」
ニヤリと笑みを浮かべ穂村が返す。
それを受けて信秀は
「我が娘三郎との婚姻同盟はなったものと考えておるが、貴殿らは織田にどれだけ合力してくれるのかの?」
と核心に切り込む。
穂村は一息整えると。
「まずは
友貞が穂村に手懐けられている事実は隠しつつ話を進める。
「同様に無駄に戦線を広げる必要もない為美濃とは和睦し、東に向かって手を伸ばすのが上策かと、その道のりを整える為なら条件と恩賞次第で協力いたしましょう」
穂村がそう提案する。
「恩賞は働き次第。だが条件とは?」
ピクリと眉を動かしながら信秀が尋ねる。
「まずはご領内での商売のお許しが欲しいのと、後は我が学園関係者のこの地に対する適応の協力、その度合いにより三郎殿に協力できる範囲も変わりますので、是非ともご協力願いたい」
強い意志を込めて信秀を見つめながら穂村がそう言い切る。
「三郎でなければならんのか? 勘十郎ではだめなのか?」
一瞬迷いを見せ信秀が問い返す。
会談の前に礼を一通り学んではいるが、価値観がこの世界と元の世界では違うこと。それ故今後の両勢力にとって踏み込んだ話はするが無礼は咎めない箏を約束していなければ信秀は激高したであろうことに穂村は言及した。
「三郎殿はこの尾張でうつけと呼ばれておいでなのでしょう? 奇行が過ぎると。だから大人しく常識的な勘十郎殿を推す者がいる。だが我々から見た三郎殿の評価は全く違うのです。彼女は聡明で機知に富み理解力が高く必要なことに対する動きも素早く、時に無謀にも見える英断を下せる。およそ君主として必要な素養を身につけておられます。それが分からぬ愚昧な輩は損耗の対象にすべきでしょう」
苛烈な物言いで穂村が信秀に決断を迫る。
「弾正殿からご家中に三郎殿を後継ぎに定める布令を出されるべきかと。勘十郎殿と共に末森に居られる土田御膳は寺にでも押し込める時期でしょうな……家督継承に無用な争いを生みだす人物に煽られて家中が割れては尾張統一どころではない。それどころか東から切り崩されて、我らが矢面に立たされる羽目になっては流石に共同歩調はとれませぬ」
三郎主導の弾正忠家の繁栄に協力はするが、弾正忠家の失態による滅亡にまで付き合うつもりは無いと穂村は暗に示す。
それを聞いた信秀は呵々と笑いながら
「この信秀にそこまで抜かしおるか。よかろう我が娘とともに弾正忠家をくれてやる。蝮にも話を通しておくゆえ美濃との和睦を成し遂げてみせよ」
愉快そうにそう言う。
「五郎右衛門に任せきりで何も顧みてやれなんだ我が娘をこれほど買ってくれるものがおるなら後の心配はもういらぬな……」
信秀は誰にも聞こえぬ呟きをそうこぼすのであった。
その晩穂村達一行は信秀から盛大な歓待を受け、急遽集めた親族や家臣の前で三郎信長を次期当主と定める旨が発表された。
信長を生んだ母の面目躍如といった決断力であったがこの会合が彼女と会う最初で最後の機会だということをこの時の穂村はまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます