第18話 ヒトツキゴ

 統一歴 二千二百九年 夘月 二十日 転移三十二日目 曇天 武蔵総合学園



 転移後一ヶ月以上が過ぎた頃にはある程度の一般常識を多くの者が身につけると同時にこの世界の文明水準がおおよそ理解出来てきた。


 普通科と商業科に所属していた多くの女生徒達が戦うための知識と技術を身につける訓練をするかたわら、交代制で農業科関係者が行っている庄内川の向こうにある森――学園からだいぶ離れた所にあり校舎の屋上からでは見えなかった――を開墾し伐採した木材を資源として再利用、更に用水路づくりを行っている。


 土地はあるが機械類を動かす燃料が足りず、この世界には元の世界に存在した重機や道具類は存在しない。

 なので武力が高い生徒や農業科で飼育していた家畜に重労働を担ってもらっている。


 森には魔獣という種類の凶暴な獣がいるので武力の高い者達の実戦訓練と開墾の手伝い、農業科生徒の護衛役という三つの側面をこの任は持っている。


 言継と政秀によると魔獣とは体内に魔石を持った獣であり、魔石とは生物が生み出す魔の法則による力をためることが出来るものである。

 それを用いて明かりや燃料としているとか。


 魔石は人間の体内にもできる可能性があり、体内に純度の高い魔石を持つ者は能力も比例して高くなる傾向が強い。


 良い魔石を持つ魔獣も相応に強くなる。


 開墾している森にいる魔獣はかなり強めで魔の法則を生みだす力――世間では魔法力や魔力などと呼ばれている――も高く、魔石も良い物を体内に持つものが多い。


 勁術の技能を1でも身につけ呼吸と脈動を魔の法則に法って操ることで自力で体内に魔石を作ることが出来るが、魔獣と対峙して全身にその魔力を浴びることでより早く力を高める助けとなるので戦闘要員にはより多くこの任につく機会が与えられている。


 農機等はそのままあっても使えないので魔石を燃料としたエンジンの載せ替えで使えないかを言継に相談しているが、技術的な蓄積がない世界に突如現れた概念の道具なので今の所対応できていない。


 だが、言継はエンジンの構造を機械科や水産科の機関士コースの教員から興味深げに聞いていたのでもしかしたら何かやってくれる可能性がない訳でもなさそうである。


 学園敷地内への取水口や井戸掘り、更には簡易な柵を周りに配した露天風呂への温水供給機構もこの一ヶ月で作り、更には政秀と一益の見識を参考に建築科関係者主導で巨大な外壁の建築が行われている。


 この世界は戦争に関係する技術や魔術などの文明は異常に発達しているが、基本的には日本の近世を少し遡った程度の文明水準であるようで、鉄砲に使う火薬も自作できている大名はほぼいない。


 地方によっても違うのだろうが風呂も一月おきに蒸し風呂に入る程度であった。

 露天風呂を作った後生徒自作の石鹸、シャンプー、リンスを言継と政秀達に使わせると非常に驚き、同じく驚いた一益から信長に報告が上がると、彼女は翌日態々入浴しにやってきた。


 学園の露天風呂に満足した信長は帰る前に来訪の本題を生徒会女性役員穂村の奥さん達に、

「母上が穂村殿と奥の代表者と会って話したいと申されていてな……婚姻の話はそこでというておる」

 と、報告した後大量の石鹸とシャンプー、リンスを注文し、那古野城に風呂を作れるものを派遣してくれと依頼してきた。


 それらを作った者達を別室に集めた赤毛をポニーテールで纏めた巨乳の眼鏡美少女である楠木ちはやはこの世界には石鹸やシャンプーやリンスを使うという習慣がないということから、試供品と庶民向け、香り付きの高級品で価格帯を分けて売り出す方針を決めると一益たちに相談して値段を決め量産体制を築いたのであった。


 公衆浴場とお風呂グッズをこの世界での蓄財の切り口にするのである。


 信秀とはこちらの世界での常識や作法を一通り習ってから会うということで話はついた。


 言継によると房中術を身につける前に房事をしてしまうと若返り効果アンチエイジングに期待が持てない為、少なくとも婚姻は穂村達が房中術を身につけてからということになっている。


 その一方で信秀が話だけでも……と急かしているようで、その背景には美濃の斎藤道三との同盟として信長に娘を嫁がせるという話が動いていたと政秀から説明がなされた。


 その話には政秀自身が関わっており、信長が勝手に嫁入りの約束をし、しかもその相手がかなり強力な勢力として尾張の南に出現したということで、織田家の外交を根本から見直す必要を信秀が認めた為、武蔵総合学園の様子を伺いに政秀が派遣されたという経緯があると言継から穂村に報告があった。


 普通科の正門に至る校庭の一隅には穂村に与えられた鶴丸国永の為の整備棟が築かれ、農業科の正門に至る校庭の一隅には友貞によってもたらされるであろう良業物の為の整備棟が築かれた。


 良業物を誰が使うか? という問題を生徒会役員達は言継と政秀に相談しつつ話し合ったのだが、武力の高い者の内誠は警備の指揮をとる機会が多く、穂村の次に武力の高い優一は海方面でその能力を発揮しつつあるので愛子に託す方向で話がまとまった。


 この二人には政秀から荒武者融結に関する基礎的な知識が伝えられた。

 だがしばらくして信長を通して信秀が塚原土佐守を呼び寄せることに成功したと一益が報告する。


 有名な塚原卜伝である。


 どうも信秀は卜伝の実家に神官の誼で働きかけ彼女の興味を引いたようである。


 尾張と鹿島では相当距離があるのですぐにはこれないが出来るだけ急いで向かってくれるらしい。


 穂村の脅しがよほど効いたのか一向宗に縋りついた友貞は期限の一ヶ月よりもかなり前である調印後二週間目には賠償額の半分に当たる三万石を納め、更にその二週後には全て納め切った。


 運び込むたびに友貞がやってきて生徒会と共にきちんと納品されたか確認したのだが、その際どんどん変化していく学園近辺の光景を見てより一層顔色を悪くしていた。


 穂村が普通科の校庭に整備棟を建てさせたのは友貞に対する威圧でもある。


 本願寺や今川や北伊勢、六角などに動きがあれば報告するよう穂村が当たり前のように命じると、泣きそうな顔で微笑みながら請け負う友貞に憐憫の情を感じる者もいたとか……


 そして穂村と奥の代表者として菖蒲が秘名で印を結ぶことが出来、勁術と房中術、更に穂村は荒武者との融結が出来たこの日、滝川一益を通して信長に織田家当主織田弾正忠信秀との会見の手配がなされるよう連絡が届いたのであった。


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