第13話 コイゴコロ
統一歴 二千二百九年 弥生 二十三日 12:04 転移五日目 晴天 武蔵総合学園 生徒会室
部屋の奥に立つクラーラの前に穂村は正座をさせられ
「ほっくん? おねえちゃんがなぜ怒っているかわかりますか?」
と詰問されていた。
いつもは理路整然と分かり易く話してくれる従姉殿だが、昔からたまに怒らせるとこういう訳の分からないことを言い出してくる面倒くささがあった。
「信長にぶっちゃけたことを言い過ぎたことかな……」
答えが分からないので心当たりがあることをまず挙げる。
「それは仕方ない事です。わたしたちの状況を理解できる有力者に事情を説明することは問題ではありません! むしろ必要な事でした。で? ほっくんは本当に分からないの? 三郎殿の苦悩には気が付いたくせに!」
心の底からの憤慨を示してクラーラが穂村をなじる。
「何でかそうしたいと思ったんだよ、そうしなきゃいけないと思ったんだ……」
その時の心境を顧みながら穂村が呟く。
クラーラは左手を右ひじに当て右手で顔を覆うと
「ほっくんにはそのつもりは無かったのかも知れないけど、あれほとんどプロポーズみたいなものだったよ? ほっくんは迂闊にも三郎殿の求婚に応じようとしてたの! わたしや愛子ちゃんを忘れたかのようにね!」
憤然とそう伝える。
穂村はしばらく考えた後
「つまり武蔵総合学園の最高戦力が何の条件も示してないのに一本釣りされそうだったってこと?」
きょとんとして穂村がそう応じる。
転移初日に全校生徒と教職員の能力や技能を写し取った書類を資料として翌日の代表者会議に配布できるようクラーラと副会長、会計、書記の四人でどうまとめるかを話し合った時に分かったことは男性のほとんどの能力が十~二十で武力と統率、知力と政治、魅力と交渉の組み合わせのどれかが稀に六十~七十に到達するくらいだという事実だった。
中でも武力と統率の高い男性はかなり少なく、高くても穂村達生徒会庶務三人ほどの者は存在しなかった。
女性は平均的に能力が高く苦手な分野でも五十を下回るものはほぼいない。
だが高い能力でもせいぜいが八十前半であった。
クラーラを始め生徒会副会長、会計、書記は全員女性だが能力は女子の中でもさらに高めでほとんどが八十中盤から九十代であり。愛子のように全体的に能力は高いのに政治だけが意味不明なまでに低いという者は他にいない。
クラーラのように武力がちょっと落ちる程度の者は割といたが、それでも多いとは言えない。
誠が調べた友貞配下の将兵と比較しても武蔵総合学園の女性たちは能力が高く、そして使いどころを考えて配置すれば男性もかなり強力な存在なのである。
交渉中に友貞が何度も「精鋭を連れてきたのに」とこぼしていたが、その言葉は恐らく本当の事なのであろう、それ故穂村抜きでも武蔵総合学園所属の者達が力を貸すということは単純な同盟とは比較にならない戦力を味方につけるという意味でもあるが、その象徴ともいえるのが生徒会役員たちのハイスペックさなのである。
天を仰いで
「そうじゃないけどそういう面もあったことは事実だけど、怒っている理由はそうじゃないの! なんでこんな朴念仁に育っちゃったかなあ……」
絶望のうめきを上げる。
「朴念仁とは酷いな。これでも女の子のエスコートに失敗したことはないんですよ」
穂村が自慢気にそう言うが。
「それは二次元での話でしょ? ゲームの中の女の子はきちんとエスコートされるように出来てるの! それは出来て当たり前なの! 自慢にはならないの!」
穂村の自信を叩き潰しに出る。
この思い込みは修正しないといけない、主にクラーラの精神衛生上非常によろしくない。
「でもクラスの女子は……」
更に穂村が反論しようとするも。
「ほっくん女子の事分かってなさすぎ! 凄い凄いってクラスの女の子たちは言いながら寄ってくるんでしょ? その子たちは下心しかない上に裏ではほっくんの事悪く言ってるから、まともに受け取っちゃダメな奴だから!」
悲惨な幼少期から努力して色々なものを身につけた穂村にクラーラが教えきれなかったものがあるとすれば女心の機微である。
自己肯定感の低い穂村に自信をつけさせるため、必要なことから優先してクラーラは教えてきた。
従弟が直向きに頑張る姿に心惹かれたクラーラは、中学時代は穂村に近寄る女生徒を牽制しまくって守り続け、自らの心の内を伝える事に対する羞恥もあり、対人能力……特に女性との接し方を十分には伝えられなかった。
高校に進学してから教えようと思っていたら早々に愛子と意気投合し、友情とも恋愛感情ともつかぬ関係を築いて拗らせてしまった。
しかも中学時代と違い全寮制である為家に帰ってから躾けることも休日にみっちり教え込むことも難しい。
更に転移して出会ってすぐの信長がいきなり仕留めに来た。
クラーラはこれまでの己の失態を顧みて、自分が有利な立場ではないことを改めて認識しなおし。
「ほっくん、三郎殿はほっくんを逃すつもりは無いと思うよ。帰蝶が輿入れしているかはわからないけどあの様子だとほっくんとの婚姻の話は避けては通れないと思う。婚姻したのだから那古野へ移れとなる可能性もある」
そう言ってしゃがみながら愛しい人の顔を両手で包み込んだクラーラは穂村に口づける。
「ほっくんの正室はおねえちゃんで、第二正室は愛子ちゃん。第三正室か側室にしてほしいならこちらの自治と要求を飲むことって条件でいきましょう」
頬を赤らめながら全く譲るつもりは見せずクラーラがそう宣言する。
「今夜からほっくんとわたしと愛子ちゃんは女子寮の同じ部屋で夫婦として生活するからね……」
消え入りそうな声でそう付け加えたのだった。
統一歴 二千二百九年 弥生 二十三日 12:02 晴天 武蔵総合学園 女子教職員寮 客間
膝裏まで伸ばした艶やかな黒髪をたなびかせ上座を右に左にうろつきつつ、釣り目がちなつぶらな瞳を輝かせ
「みたか!? 穂村殿の覇気を?」
お供二人に振り返って恋する乙女の顔で嬉しそうに信長がはしゃぐ。
振り返った反動で魔乳ともいえるたわわに実ったお胸の果実がぶるんと揺れる。
「落ちつき下され姫様……」
銀髪をポニーテールで纏めた実直そうな美少女――勝三郎――が信長をなだめようとする。
「あの者らの言いようは誠なのでしょうか?」
白い髪をショートにまとめたスレンダー美女――彦右衛門――が怪訝な顔をして信長に問いかける。
「秋津のどこかにこのような城壁があるという話は聞いたことがない。その上茶室に向かう間に目にしたものは我らの見知らぬものばかり。穂村殿が話してくれた『彼らの世界に荒武者はない』という言葉に偽りはないのであろう。でなければ一夜で城を作ったとしても半日もかからず落とせる城壁にする意味はない」
そう断じる。
「黄泉から亡者があふれ出て天照の末裔を根絶やしにしたら日の光が陰ったという現実があるのだから、違う世界から城ごとやってきたということもあり得るのやもしれぬ……」
彦右衛門に分かり易いように比較を出して説明する。
「それを申されると……納得せざるを得ませぬな」
彦右衛門が訝しみながらも納得する。
「それで姫様、夕餉の席にでもまた話し合いの場が持たれるそうですが、どのようになさるおつもりで?」
勝三郎が信長に今後の方針を問う。
「穂村殿ほどの強者でも、クララ殿ほどの智者でもままならぬ者がいるのであれば、無理強いは悪手であろう……我が同盟者として支援をし、かの者達にはこの城の防備を固めさせ、北の清州と西の長島を牽制してもらい、必要に応じて援軍を出させる。このあたりが落としどころであろうな」
穂村達の態度からリスクとリターンを見定め信長が線引きする。
「あの者らはそれで納得するでしょうか?」
彦右衛門は懐疑的だ。
「何をどの程度求めて来るやは分からんがな……」
信長は気を引き締め直すと、
「だが穂村殿はどのような手を使ってでも味方に引き入れる!」
そう決意を示す。
『我が伴侶として……いや黄泉を駆逐し秋津を治める器であるとワシは感じた、ならばどれだけの対価を払おうと手に入れるのみ……』
内心でそう思う信長は己が一目惚れをしたことには気付いていない。
ただ彼の傍にいたいという気持ちははっきりと自覚していた。
「果たしてクララ殿はどう出て来るか……」
己を上回りかねない智者との駆け引きに期待と不安で身を震わせるのであった。
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