第10話 チョウサホウコクカイ

 統一歴 二千二百九年 弥生 二十二日 08:30 転移四日目 雨天 武蔵総合学園 講堂



「調査委員会の生徒会庶務、夏生穂村です。え~まずは皆さんお疲れさまでした。海方面一班、陸上各方面十班の皆さんの他にも、見張り班、警備班の皆さん大変お疲れさまでした」

 穂村はそこで息を整える。


「昨日普通科正門方面に付近の原住民、それも代表者がやってきていまして、それに対し一部生徒が商業科の一部教員を焚き付け独断専行したことから相手を怒らせてしまい人死にが出る騒ぎとなりました」

 痛ましげにそう言い切る。内心で穂村は全く悲しんでなどいないのだが。


 昨日友貞に治癒術をかけてもらった重傷者三名は彼女の術によって傷口がふさがり一命をとりとめた。

 と言っても失った四肢を再生させることなど出来ず、とりあえず傷が塞がってそのまま死ぬことがなくなったという程度の術なのだが……


 事前に秘名なる物で印を結んでいないから命を救う程度であることを友貞から念を押されていたクラーラや穂村は純粋に凄いと思ったのだが、噂を聞いてあとで見にいった者達はこの程度かとがっかりする者もいた。


 三人に治癒術を施した後の友貞が物凄く消耗していたので、クラーラは友貞から頼まれていた念書に友貞が自分の手の者を救ってくれたことへの謝意を付け足し、穂村に屠られた敵兵の肉塊を山積した車両と、友貞が乗って帰る車両の運転要員と数名の護衛を開放し、約束を履行するよう念を押すとその日のうちに返したのだった。


 その後話せるくらいには矢島達も回復したので個別に事情聴取をした。

 結果的に分かったのは

『生徒会の専横を防ぐために、我々が主導で原住民と交渉し協力者を得た方が良い』

 と矢島達が落ち目の商業科教頭と飛ばされてきた生活指導教員を唆したということが明らかになった。

 始めはのらりくらりと躱そうとした矢島と平田だったが、死人が大量に出たこと、穂村をはじめ大勢の生徒が教師の背を押して人波に逆らって正門に向かう彼らを見ていたことなどを指摘し、更に嘘を吐くのであればこのまま追放もあり得ると恫喝したことで本当のことをしゃべったのだ。


 そこまでしなければ死んだ商業科の教頭に全責任を被せようとしていた点が矢島と平田の悪質な点である。


 ここまで悪質だと矢島は代表者会議から罷免せざるを得ないだろう。

 四肢に損傷があり虚言癖のある者の面倒を見てくれる生徒は少ないだろが彼らのシンパだった者に押し付けしかない。


 代表者会議や調査報告会があるたびに運んでもらい、生徒に付きっきりで介護されなければならない状態の代表者では体力的にも介護者の疲労的にも無理がある。

 そういう問題もあり新しい代表者を選出してもらう必要は存在する。


 内心でそう思いながら穂村は続ける

「え~また原住民との接触により、この世界に日本の戦国時代にいた人と同じ名前を持つ人物がいて、時代的には戦国時代のようでありながら、世相的にも文明的にも文化的にも戦国時代と同じとは言い切れない要素があるようです」

 代表者生徒と教職員、傍聴する生徒達から驚きの声が上がる。


 構わず穂村は

「”荒武者”なる最高戦力を我が校の者と争った原住民代表者は所有しているらしく、今回は我が校の警備要員の尽力により、暴発した普通科男子一年の一部と商業科教頭を始め生活指導教員にのみ被害が止まりましたが、今後は認識を改め全校協力し合ってこの難局を乗り切ることを目指さなければ、我が校は周辺にいるであろう諸勢力に簡単に併呑、もしくは皆殺しにされる可能性もあります」

 講堂内に不安のざわめきが満ちる。

「幸いにも我々の持つステータスは平均的にこの世界で精兵とされる者達を上回っている可能性もあり、この地において適切な協力者を得て共同歩調をとれば乗り切れなくはないと個人的に思っております」

 縋るような眼で穂村を見つめるものと、不安げに見つめるもの、不安を漏らす者がいるが構わず穂村は続ける。


 昨日学園長の前で生徒会役員で話し合った方針を語り始める。


「原住民代表者から情報を引き出したところ、今我々がいるのは日本の戦国時代に似た要素のある時代の尾張なので手を結ぶ相手は織田三郎が適切かと思います。この件について異論のある方ご起立ください」

 しんとしたまま誰も立たない。

「では外交としては一度揉めましたが双方に損害が発生し、交渉で賠償を払うことを約束した長島及び一向宗とは出来るだけ敵対せず搾り取れるだけ搾り取り、同盟者として織田弾正忠その中でも織田三郎信長を支援し、彼…彼女である可能性も高いのですが、その人物と信頼関係が築けそうなら我々の事情を話し、この世界で生き抜く協力、もしくは帰還する為の方法を探すということでよろしいでしょうか? 戦国時代ということで主に武力や統率の高い方には戦場に出て戦っていただく必要があると思います。それでもこの選択が一番生き残れる可能性が高いと思い提案します。賛成の方はご起立ください」

 穂村がそう提案すると、しばし迷った者もいたようだが多くの者が立ち上がる。


 壇上で立ち上がった生徒の人数を数えていた優一が

「生徒代表七十名起立した」

 と報告する。


 教職員側の人数を数えていた愛子が

「先生たちで立っているのは学園長と職員代表の方を含めて六十人だね」

 と告げる。


 生徒会役員は全員起立している。


「生徒代表者七十八名中出席者七十七名から七十名、教員代表七十二名から六十名、更に学園長、職員代表、生徒会役員八名、以上賛成多数をもってこの議決を可決します。ご着席ください」

 傍聴する者たちが騒然としている中代表者たちが座りなおす。



 昨日夕方までに全ての調査班が戻っていて、友貞を送り返した後調査委員会として報告を受けた穂村は、五~六時間歩いた程度の範囲には何もなかったこと。海方面は内海っぽく波がそこまで高くないこと、参考に魚をいくらか獲ってきたことを報告として聞いていた。


 そして獲ってきた魚介類は生物部が飼育している動物にエサとして与え様子を見ることにした。


 他に海洋技術科の教員と生徒が転移初日から夜空を観察し星の配置を確認しているが、元の世界の星の位置とは全く配置が異なり、星の位置から現在位置を割り出すことがしばらくは無理であることも聞いている。


 これは数年夜間の観測を続けなければ解決するのは難しいだろう。

 他に月が二つあることを聞いた時には妙な納得をしてしまった。

 夜空に関する報告は今朝改めて聞いたのだが、異世界である証拠が次々とそろってくるので納得が増しただけである。


「次に鹵獲した『浮き車』なる車両についてですが、これは現在捕虜として捕えている運転要員だった者を教導員とし、我が校の自動車科生徒と教員に運転と整備の技術を習得して頂きたいのですが、よろしいですか? 異論あれば挙手お願いします」

 穂村が次の提案をすると、

「はい」

 教員の中から挙手するものがいた。

「では商業科の先生ご起立の上ご発言御願いします」

 穂村が発言を許可する。

「車両の運転技術はほぼ全員が習得すべきなのではないですか?」

 そう提案してくる。

 穂村は、

「もちろん最終的には希望者の方全員が習得できるようにと考えてはいますが、現在は所有する車両の数も教導員の数も限られていますので、まずは自動車科の方に習得して頂こうという方針です。よろしいですか?」

 そう説明する。

「それならば大丈夫です」

 商業科の教員は納得して着席する。


「あとは第二の規則として『盗むな、犯すな、殺すな。でも何かされそうなら反撃として殺しても構わない』という規則を提案します。多数で囲んで圧迫している者を反撃で殺しても許されるということや、殺し合いにならない程度の喧嘩は後の不便を考えてやるなら自己責任で、外部は暴力渦巻く戦国の世なので現代日本人の持つ平和思想的価値観では生き残れないでしょう。それに感化される者も当然出て来ると思いますのでこの規則は敢えて明言しておく必要があるかと思います。反対の方ご起立ください」

 穂村が冷然と言い放つ。


 殺し合いを経験して迫力が増したように感じる者も多い。

 静まり返った講堂に激しくなる雨音が響く中、結局誰も起立しなかったのは穂村が放つ迫力のせいかもしれなかった。


「では全会一致で可決とします。次に普通科男子一年代表生矢島隆の代表生罷免についてですが……」


 こうして穂村は現在判明している情報を学園関係者と共有していくのであった。

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