第9話 トモサダ――服部友貞視点――
我が名は
花も恥じらう二十歳の乙女で、自分でも顔は可愛いと思っている、胸はちっちゃいけど。
そう、まさに才色兼備の姫侍なのである。
だがその我は今虜として囚われ、開戦し無用な死者を出して負けた責任を追及されている。
右斜め後ろから絶えず殺気を放ち続ける
正面に座る”せいとかいちょう”とか申す源氏のおなごはそれをいいことに隙あらば滅茶苦茶な条件を飲ませようと話を振ってくるし、
まただ!
『服部利貞の身柄は保有する最大戦力と交換するものとする』
なんて無茶苦茶な条件だ!
更に
『維持にかかる人員、金銭は長島城主が負担するものとする』
だと!
飲めるわけがない!
だが飲まねばこの連中と正面から激突だ、そうさせる為の条件なのだろうがそうはいかん。
「その場合我が長島城は守りの決め手を失います。伊勢からも大和守家からも攻められ美濃や南近江や伊賀から攻められることもあり得るのですが、それらからあなた様方が守って下さるのなら条件をのみましょう」
言ってやった!
これならば攻める口実にはなるまい。
念書の条件でさえ普通ではあり得ない要求なのだ。
一夜にして斯波左兵衛佐義統を戴く織田大和守家と争っていたこの地に城が出来た。
物見の報告では見たこともない旗が掲げられていたらしく大和守家のものではなさそうだということで、どんな状況にでも対応できるよう、武力二十~三十を誇る我が配下中最精鋭の乙女侍五百をを選抜して臨んだというのに……
これなら一般兵の男共を連れてきた方がまだよかったか? 武力は十前後で心もとないが数はいるので門に並んだ者達くらいなら数で押せば捕縛はできただろう……
普通の武力ならほぼ皆殺しまでにはいかなかったはずだ。
いやこの城に何がいるかはわからなかったのだから、精鋭を連れて交渉に当たらねば不測の事態に対応できず、我が首も飛ばされていたやも知れぬ。
ひょっとしてあの宦官じみた連中は死兵として差し出された撒き餌だったのではないのか? とすら思う。
夏生殿の参戦以降の流れを鑑みるに我等の非を鳴らして長島を攻める口実を我に認めさせようとしているようにしか思えないからだ。
だからこそ絶対無理な条件こそは交渉するが飲める条件は飲まなくてはいけない。
何故ならこんなとんでもない連中が長島に攻めてきたら一日と持たず城どころか城下も更地にされるであろうから。
うぅ……どうしてこうなった……
まさに厄災でありあれはもう天災という他はあるまい。
絶対に敵に回してはいけない相手、それが夏生殿だ。
これなら
いやこの城にも荒武者がないとは言えぬ、せいとかいちょう殿は極端な秘密主義のようで必要最低限の事しか語らず、この城の全容は未だ知れない。
下手をすれば複数の荒武者を格納していそうな建物まである。
この方々と事を荒立てるのは悪手に過ぎる。
まずは摂津の石山に五万石ほどの米を融通してもらうほかあるまい。
都が黄泉に囚われた後、近江と摂津と河内と大和と若狭が最前線となっているので石山に余裕はないであろうが、加賀に早車を飛ばしてもらえば一月以内に米の支払いはできるはず。
出来なければ石山の責任である!
我から視線を外していたせいとかいちょう殿が頷くと、
「では長島の自治に介入する権利と、外交は我々が担うということを認めて下されば、何者からもお守りしましょう」
更なる無茶をせいとかいちょう殿が口にする。
流石源氏汚い!
弱ってる相手を死んでも叩きまくるエゲツなさは鎌倉譲りか?
これでは実質長島は武蔵総合学園の配下になってしまうではないか!
石山に無断でそんなことが出来るはずがない。
「そ、それは流石に我の一存では決めることは出来かねます……」
呻くようにそう返す。
我が長島は一向宗の後ろ盾があって成り立っている、領内には門徒も多い。
無断でそんなことを決めたら良くて追放、悪ければ一族全員の首が飛ぶ。
「我ら長島は一向宗の後ろ盾によって成り立っておりまする。我らが勝手に寝返れば領内の門徒が蜂起し、一向宗が敵に回るでしょう。なのでこれ以上あなた方と我等は争うつもりはありませぬが一向宗と揉めるのも避けたいのです。ご再考いただけませぬか?」
事情を説明する。
せいとかいちょう殿はしばらく思案した後。
「では一向宗と我々は争うつもりはない事、今回の件は不幸にも偶発的に起きたことであり、他意はない。だが我々は既に九名の優秀な人材を失い更に三名も死に瀕している。更に人質をタダで返すつもりはありませんので、その代価は頂きたい。何を提供できるかを教えてください」
一切手を緩めるつもりはないが、一向宗と全面衝突する気はないらしい。
「では我の治癒術によりその三名の命を救うことと、これは黄泉の軍勢と戦っている石山と相談した上でのことになりますが、荒武者をできる限り用意するということでいかがでしょうか? 整備要員も何名かお付けします。これ以上のお約束はできませぬ。これ以上何かを支払おうとすれば石山が我が首を差し替えるでしょう。なのでこれが出来る限界です」
縋るようにそう言うと、
「治癒術ですか、ならばまず三名を救ったのならその条件で手打ちにしましょう」
やっとせいとかいちょう殿が折れてくれた。
「あと荒武者はどんなものを用意できるのですか?」
安心したすきを突くように話を蒸し返す!
ここが勝負と見定めて我は
「一向宗の宗主である証如様は苛烈な方ではありますが同時に理性的な方でもあります、黄泉の侵攻により体調を崩されがちですが幼い顕如様に火種を残されるとは思えませんので、最上大業物や大名物、大業物は無理でも
そう告げるとせいとかいちょう殿は一瞬吃驚したような表情をすぐに改め、
「よきわざものですか……いいでしょう、それで手を打ちます。友貞殿を交渉相手とするという念書も用意しましょう、我々が保管するものと友貞殿が管理する物、それと石山に届けるものの三通を用意いたします」
ようやく手打ちとなって安堵の吐息を吐く。
「では友貞殿、念書を用意する間に怪我人に治癒術を施していただけませんか?」
せいとかいちょう殿の提案に
「承知いたした」
我は飛びついたのだった。
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