第6話 ソウランノヨカン

 XXXX年 X月 X日 転移三日目 07時00分 武蔵総合各園 普通科校舎 会議室



 昨日代表者会議の後に選出された探索班の班長に冬服の学ランを着た穂村が金属バットとゴルフで使うパターを渡す。

「安全優先で、何かを見つけたらそれを使って戦うより皆で無事に情報を持ち帰ることをまず考えて行動してください。あくまでそれは護身具です」

 そう念を押しながら並んでいる次の班の代表者にも同様の事を言い含め道具を渡す。


 今朝は日本の3月上旬のような気温の為肌寒さを感じ、夏服から冬服に戻している生徒も多い。


 隣ではこちらも冬服のセーラー服を着た愛子が一班分の昼食用の水と非常食を渡している。

「探索は昼過ぎ13時頃までですが、班員の身に何かあったら即戻ってきてください」

 こちらもそれぞれに念を押し続ける。


 何故金属バットの他にパターなど渡しているのかと言えば、学園の警備のために使う金属バットの代わりになるを探して学園長愛用の数百万するカーボン製のゴルフクラブはどうだろう? と穂村が思いつき頼み込んで扱わせてもらったが発光しなかった。


 だがクラーラや穂村に使わせるために買った数万円のパターは強烈に発光したので、ゴルフ同好会の備品を徴発して確認した結果アルミニウムで作られた物は発光しやすいという見解を持つに至った。


 実際穂村用のパターを校庭の隅で素振りしたら音速を超えたらしく衝撃波でパターを振った方向にあった物が根こそぎ吹き飛んで大騒ぎになったのだが、パター自体には傷一つついていなかった。

 使う者の能力次第では爆弾より危険な武器かもしれない、穂村を含め彼のステータスを知っている何人かはそう認識した事件である。


 護身具と昼食を受け取った班は西に向かって開いている普通科正門に立つ優一達から探索方向の指示を受けまっすぐに進んでゆく。

 完全に直線に進み続けるということは無理だろうが、その為に複数の班編成を行って人を出しているのだ。


 護身具の数の問題や班代表に人材を出し過ぎると学園に何かあった場合対応しきれないという可能性を考えて、十班に抑えたのだが……


 穂村を始め残りの転移後に話し合った四人も同じように危険を感じていたため、今日から学園校舎の四方の屋上に常時複数人を交代で見張りにも就かせている。


 緊急事態があったらそれぞれの方角に別の楽器を配布しているのでそれを合図として避難と警戒の体制をとるということを周知させた。


 何も起こらなければいいのだが……

 最後に護身具を受け取った班代表の背中を見て穂村は内心でそう思う。


 悪意ある知的生物に遭遇しなくとも野生生物は十分に危険な存在なのだ。

 この周辺の風景には人の手が入った様子が全くない。

 そういう土地には縄張りをもつ野生生物がいてもおかしくない。

 だからこそ探索班は知勇に優れた者達で編成したし、見張り班や警備班にもそれなりに武力の高い者を揃えている。


 例外は海側の調査に送り出した者達だが、昨日練習船――汽船なので石炭をどこかで見つけて来るか? 代替燃料で新しい機関を積み替えなければ使えなくなってしまうが――を武力の高い者を中心に丸太を使ったとはいえ人力で海まで押し進めた後錨を下ろし、海側の調査メンバーを選出したのだがステータスより経験や知識あるいは技術的に優れたものを中心に選抜している。

 頭がよかろうと腕っぷしが強かろうと門外漢が専門家にその分野で勝るはずがない。


 よほど潜在的な才能と幸運に恵まれたものなら例外的に勝るのかもしれないが、少なくとも今の学園にそれらしいものは見当たらなかった。

 なので当たり前に知識と経験に優れたものに対応してもらうことになったのだ。


 海側は先生方や先輩方にお任せするとして、とりあえず今できることは辛抱強く待つことくらいか。


 穂村はそう割り切ると大叔父である学園長に与えられた自分用のパターとドライバーの手入れをするのだった。




 XXXX年 X月 X日 11時23分 晴天 武蔵総合学園 普通科校舎 会議室



 長机に突っ伏して仮眠をとる穂村の耳に太鼓の音が届く。

 危険生物の来襲を意味する凄く早いリズムでの乱打でも、明らかに無害な人類の来訪を告げる遅いリズムでもなく、やや早め程度のリズム。

 あらかじめ打ち合わせていた内容から考えるに、武装した人類……治安維持の部隊か? 武装した軍か? あるいはこの世界にいるかもしれない異世界の武装した冒険者という可能性もある。


 穂村はそう思い至ると部屋を飛び出し校舎の屋上へと駆け上がる。

 太鼓の音から察するに方角は西つまりこの校舎が一番よく相手を見ることが出来るので屋上に向かったのだ。


 扉を開けてフェンス越しに様子をうかがう者と、太鼓を叩き続けている者を見やり、手を挙げて制止する。

 太鼓が鳴りやむとその場に控えていた他に二人いる見張り要因のうち一人に向かって、

「まだ安全が確認できる状態じゃない。生徒会室へ走って全校生徒を寮へ避難させるよう伝えてください。あと普通科校舎一階の会議室に控えの警備要員を武装させて集めるようにとも伝えてください、ではよろしく」

 そう言い含めて伝令に走らせる。


 各方角の見張り班には斥候に向いた能力の者の他に必ず班ごとに一人足の速いものを混ぜていた。

 目印として左腕に腕章をつけさせている。

 見張り班が交代するたびに腕章を受け渡すようにしていたのだ。


 しかし早速かよ……

 フェンス越しに近寄る集団を見ながら穂村は内心で舌打ちする。


 西の方角まだ遠方だが土煙を上げて結構な速度で複数の乗り物に乗った集団が近づいてくる。

 恐らく武器の照り返しであろう光が伺えることから考えて剣呑な雰囲気である。


「こりゃ避難と警戒態勢を急いでしなくちゃまずいな……」


 しばらくして件の伝令役氏がクラーラたちに報告したのであろう、校内各所から避難開始を意味する楽器の根が響く。

 と同時に拡声器を持った者達が

「全校生徒及び全教職員に告げます。危険な可能性のある集団が近づいています、すぐ寮に避難してください!」

 と連呼しながら全校を駆け回る。


 意味を察した生徒達が騒然としながらも粛々と寮へ避難を開始する。


 その間も穂村は近寄ってくる集団を見張り続ける。


 思ったより移動速度が速い!

 路面の悪影響を受けているようには見えないし、浮いて移動してる?

 なら思っている以上に早くこちらに就く可能性もある。避難を急がせなければ!

 そう穂村は判断し、もう一人の見張り役に、

「相手集団が想定以上に早くこちらに着く可能性がありますので避難と警戒を急ぐように伝令してください。あと見張りの補充要員も各所へ配置するよう伝えてください」

 その言葉を受け取ると、見張り役の少年が走り出す。

 先ほどの少年ほど足は早くはないが文句を言える状況ではない。


 十分ほどもあればあの集団は普通科正門にたどり着くだろう。


 穂村が危機感を抱きながら見張っていると昇降口から人の流れに逆らう集団が視界の隅に入る。避難する生徒を押しのけ進むのは矢島を始めとする小悪党五人組に背を押された大人達のようだ。


「何するつもりだあの連中?」

 穂村がつい声に出してしまうと、見張りの少年と太鼓を叩いていた少年がそちらを見る。

「商業科の教頭と生活指導の教師のようですね」

 見張りの少年がそう呟く。


 彼は商業科なので顔を知っていたのだろう。


 何故あの大人しい生徒を集団で囲んでは手下にして次のいじめに加担させる普通科男子一年の屑集団が商業科の教員を担ぎ出したのか? そのつながりは穂村には分らないが、連中が自分達主導で近寄ってくる集団と交渉しようとしているのだろうということは理解できた。


 政治力はそこそこあるが知力が低く、中には中途半端に武力だけがちょっと高目な者もいる矢島達であるが、その本質は宦官や奸臣、佞臣の類であり、組織にとっては時に害になる存在である。


 気に入らないからと理由だけで暴行を加えられそうになった穂村は彼らが嫌いであったし、転移前から大して有能ではないことは知っていた。


 だが彼ら自身だけはそれを認めず校内で力のある者に取り入ったり数で囲んで手下を増やしたりしてシンパともいえる勢力を築こうとはしていたのだ。


 そしてちょっとした集団になった彼等は穂村を囲もうとして呼び出し、それを受けて起こり得ることを想定した穂村は大叔父である学園長がちょっと遅れてその場に来るように手配した。


 結果的に言えば集団になってことを杜撰に運んでしまい、穂村の機転により嵌められた形ではある。なにせ集団で囲まれ暴行を受けている穂村を学園長が見てしまったのだから。

 その後主犯である

 矢島隆

 平田耕三

 和田雄一

 長岡大輔

 蓑部勉

 の五人は停学一ヶ月。


 その他従犯4人は停学二週間

 加えてそれぞれが卒業までS組への編入禁止を言い渡された。

 従犯の中にはそれを理由に転校したものもいる。


 学園長が言うには自分の価値観と違う者を迫害することは人間として屑が行うことでありそれを肯定する者も同罪であるとのこと。


 魔女狩りや異文化、異文明を破壊し異民族を奴隷にしたキリスト教徒の歴史的大罪を徹底的に嫌う学園長にとって矢島達の行いはコンキスタドールと同じく断罪すべき悪であったのだろう。


 退学にしなかったのは更生を期待して一縷の望みをかけただけであるらしい。


 穂村は知らないことだが、この時普通科校長であった人物が降格され、生徒間のいじめに対して厳罰で当たる商業科校長の下に時期を無視して配属されたのが商業科の教頭であり、生活指導の教員たちなのである。


 配属しなおされてからは冷や飯を食わされ、周囲からは白眼視され続けた彼等を小悪党どもが落ち目の大人に失地回復させるために担ぎ出したのだが、それを知らない穂村には停学を食らって寮内で謹慎している間に繋がりでもできたか? くらいにしか思っていない。


 実際には矢島や長岡達は左遷された教師たちからそれぞれ叱責ともつかない愚痴を聞かされただけなのではあるが……


 正門にたどり着いた彼らは門を大きく開いて横に並ぶ。


「あのバカども!」

 穂村は怒りを込めたうめきを上げると身を翻し、飛び降りるように階段を駆け下り会議室に向かう。

 護身具のドライバーとパターを取りに行ったのだ。

 だが会議室には10名ほどの武力と統率に秀でた者達が集まっていた。

 警備要員の一部がすでに到着していたのだ。

 彼等彼女等と危機意識を共有できていることに穂村は少し安堵する。


 全員が武術系の部活動の部員や技術を身につけているという訳ではない。


 中には背が小さかったり、ガリ勉という見た目の者や肥満体の者もいる。


 しかも何故か女子の方が能力が高めな傾向がある。


 女生徒を荒事に使うのは気が進まないが、武力の差による影響の違いを実体験した穂村は気が進まないからと言って向いてない事を向いてない者にやらせるよりはマシな結果になると腹をくくっている。


 この時正門付近に到着した集団が乗物から降りて攻撃の為の陣形を組んでいたのだが、それを知り得ぬ穂村は会議室に集まった者達に相手集団の危険性を説き、覚悟を決める必要性を語っていた。

 そこに生徒会室から書記の生徒が生徒会長の名で生徒保護の為戦闘を許可する旨を記した書類を持って警戒任務に就くように要請してきた。


 穂村はまだ知らない、普通科正門付近では惨劇の幕が上がろうとしていることを……

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