第5話 ダイヒョウシャカイギ

 XXXX年 X月 X日 (転移二日目) 08時30分 晴天 武蔵総合学園 講堂



「皆様おはようございます。代表者会議を始める前に、皆様の学科と学年を自己紹介してください。初めて顔を合わせる方も多いと思いますので名前が分からないと不便かと思います。それではわたしから。普通科二年、生徒会長の鷺宮クラーラです。よろしくお願いいたします」


 朝の配給を終え落ちついた頃、講堂へ各学科、各学年の代表者が集まる。

 普通科男女十二名、商業科男女六名、農業科男女六名、被服科男女六名、機械科男女六名、自動車科男女六名、電気科男女六名、建築科男女六名、海洋技術科男女六名、水産食品科男女六名。流通品質管理科男女六名、機関科男女六名。

 全校生徒4270名を誇る武蔵総合学園の各学科、各学年の代表者たちである。


 それに加えて生徒会長鷺宮クラーラを筆頭に生徒会副会長一名、会計一名、書記一名、庶務四名と各学科各学年の教員代表七十二名、更には学園長と職員代表を含めた百六十名というちょっとした大所帯の為この講堂が適切ということでパイプ椅子を講堂の壇上に向かって右側に教師陣、左側に生徒達をお互いを見あうように置き、間には空間を開けそこの檀上側に生徒会を進行役として並べ。開けたスペースの反対側に学園長と職員代表に座ってもらう配置とした。

 これを準備したのは入学早々生徒会に庶務としてスカウトされた穂村達だ。

 クラーラたちは全校生徒のステータスを確認し翌日朝までに資料としてどうまとめるか? を話し合い、結局ステータスの傾向別に纏めることにした。

 百六十人の出席者に渡したステータスの資料は生徒会役員たちがガリ版刷りで懸命に作った努力の賜物である。


 ちなみに代表者ではない生徒も講堂でおとなしく傍聴する分には自由だ、あくまで発言権と議決権がないだけである。


「本題に入る前に皆様にお伝えしておくことがございます。昨夜各女子寮の警備と巡回にあたった方々からの報告ですが、武器として携帯していた金属バットを持っていると発光しだしたそうです。試しに石ころを打ち据えたら残骸は砂のように細かく砕け散ったとか」


 代表者をはじめ傍聴者も驚きの声を上げる。


「元の世界ではどんな剛力ごうりきの持ち主でもこのようなことが出来たという話はありませんでしたので、この世界において何某かの作用が起きてそうできるようになったという可能性があります]


 そして更なる報告をするため息を吸い込むと、


「武力の優れた方がバットで石を砕いたら地面がかなり深くえぐれたそうですので、武力の高い方は恐らく戦闘に有利なのでしょう。他にもこの世界の法則に反応する物があるのかもしれません。これらの事も御心に留めた上で話し合いを始めましょう。発言者はご起立の上発言を行ってください」


 クラーラがそう注意をして第一回目の代表者会議の開催を宣言する。


「まず皆様に認識していただきたいことは、我々は学園ごとどこかへ転移してしまったらしいこと、いつ帰ることが出来るかわからないこと、帰ることが出来たとしてもそこまで全員が生き残る為に必要な水や食料が現時点では足りてないであろうこと。最後の一つまで物資を供出したとしても持たない可能性もあるのです」

 

 そう前置きしてクラーラは、


「それ故周辺の水質検査と地盤や地質の調査を行いそれが摂取可能な物であれば出来るだけ現地の水や動物や植物や魚介類を調達して賄いたいと思います」


 そして潮騒のする方を指さし、


「海がそばにあるので海水が使えるようなら塩も入手できますね。それと同時に農耕に向いた土地が付近にあれば人手を集めて土地を整え農業も行う必要があると思っています。すぐには収穫できない点は問題ですが、そこまで他の物…現地の肉や魚介類や木の実で食べ繋ぎ、出来れば原住民と友好的な接触をして交易で食べ物を入手する必要もあるかと思います」

 クラーラのプランは主に穂村が提案したことに誠たちが修正を加えたものである。


 そこで生徒の一人が挙手する、のっぺりした顔だが目付きの悪さが印象深く、いかにも何かしでかしそうな男だ。だが普通科一年の男子代表としてここにきている。


 クラーラは穂村から聞いていたその男の普段の行いを思い出し意を決して、

「はい、そこの方。発言をどうぞ」

 発言を許可する。

 男子一年代表の一人は立ち上がると、

「なんで寮にある食料を使わないんですか?」


 生徒会主導が気に入らないようでさっそくケチをつけ始めた。


「寮にある食材は素材のままです。それを調理するには水やガス、電気が必要なのはわかりますね? 昨日の転移直後の時点でインフラがほぼ断絶していることは確認できていたので、一食分の食材調理の為に残された極僅かな水を使うのはあまりに危険であまりに愚かなことだと思い非常物資の供出をしました。それにガスや電気の代替品となる物もないので煮炊きを満足にできないという面もありました。また食材がどの程度傷んでいるか? によっては全員に賄えない可能性もあり寮に貯蔵されている食材を使用することは一部を除き現時点では基本的に考えておりません。よろしいですか?」


 これは穂村の方針を聞いた時にクラーラも一応尋ねてみたことだ。


 別に取り立ててこの男が愚かであるという訳ではない、だが生徒会が主導して代表者会議を機能させようというこの大事な時にわざわざ波風を立てようとする者という事実は認識しておく。確か一年8組の矢島隆という名前だったか……穂村を仲間で囲んで暴行を加えようとしたいわゆるいじめの主導者だったはずだ。


 誠と優一が偶然通りかかって未遂に終わったそうだが、そういう性根の腐ったモノが送り込まれてきたのだから、この代表者会議は賢者の集まりではないという現実の表れであるとクラーラの甘い理想を打ち砕くのには十分な事柄だった。


「わかりました……」

 悄然として矢島が席に座る。


 それを確認してからクラーラは、

「話を戻します。それらの調査は知識と技術のある方を中心にお願いするとして、この土地の周辺を生徒主体で調査して頂きたい。海側に関しては海洋技術科の方々にお願いしたいのですがよろしいですか?」


 クラーラが教師側と代表制とを交互に見やり尋ねる。


「港に繋いでいた船も何故か水産科の敷地に置かれていたので、それを動かす手伝いをしてくれるならやれると思う」


 海洋技術科の教員が答える。


「この海がどうなっているのか見に行けるならこちらからお願いしたい」


 優一の先輩である海洋技術科の男子三年生の代表がそう返す。

 彼は海洋技術科の船長コースだったはずだ。


「あくまで調査目的なので安全優先で、食べられるものかの確認の為に水産食品科と流通品質管理科からも人を出していただきたいのですが、よろしいですか?」


 クラーラが尋ねると、


「未知のものにボクらの知識がどれだけ役に立つかはわからないけど。やってみるよ」


 水産食品科の女子代表がそう答える。


「現地民の知識を参考にしたいとは思うんだけど、食料調達して足元を固めるのが先か。わかった協力するよ」


 流通品質管理科の代表生徒も協力を約束する。


「獲ってきて頂いた魚介類はまず校内の生き物に与え一日様子を見て、食べられると判断したものを継続して獲っていただき食料とします。実験に使われる動物さんには申し訳ない事ですが我々も命が関わっていることですしそこは非情になって徹底します」

 クラーラが決意を固めてそう言う。


 これは誠が安全性の担保を危惧し、優一が提案したことである。

 会長リーダーは皆を守るために最善を尽くした、その事実があるかどうかを懸念し、その上で死人が出た場合を彼らは危惧したのだ。


 そこら辺は割と人間の命の軽さを実体験してきた穂村からは出なかった発想である。

 彼にしてみれば「喰って死んだのなら運が悪かったんだろう」くらいで済む問題なのだが、安全面を考慮した結果死人が出るのとそうでない場合で人が騒ぐのはよくある話なのだ。


 生徒代表や教師陣、更には周りで聞いていた傍聴者達の雰囲気が和らぐ、クラーラは自分達に対して最善を尽くしてくれる指導者であるという認識が広まったのだ。


「それと主に普通科の生徒の皆さんの内こちらからお願いしたい方と有志の方で一班を編成し、西の海岸沿いから十度ずつ角度をつけて東の川沿いまでの九十度を一班三人…では少ないですね、五人一班でお二人に金属バットを装備していただき、明日の朝から昼過ぎまで外側に向かって調査に出て頂きたい。何か見つかれば即時撤収の方向でお願いできますか?」


 普通科の生徒代表が集まっている方を向きクラーラがそう尋ねる。


「そうするしかないんでしょうね」


 普通科三年の神経質そうな男子生徒が不承不承了承する。


「人員の選抜はどうするんだ?」


 普通科三年の学年主任だった男性教諭がそう尋ねる。


「人望と能力それと技術を参考に十人の班長候補はすでにリストアップしています。そこに有志からの希望者がいるようなら能力を参考に同行させるか決めます」


 クラーラがあらかじめ決めていた基準をよどみなく答える。


「後で候補を教えてくれ。こちらで推薦したい者との差異を確認したい」


 学年主任だった教員がそう言って座る。


「周辺への調査は調査委員会を設置し、生徒会からは副会長と庶務二名を派遣します。そこで人員の選抜と調査結果の纏めをお願いします。さすがに全ての事に私が乗り出すので物理的に不可能なので……」


 気まずそうにクラーラがそう提案する。


「ではこれらの提案に反対の方はご起立ください」


 そういってクラーラが議決を促すと、皆が席に座ったまま承認する。


「では皆様今日中に準備を整え、明日以降調査を開始しましょう」

 クラーラが宣言し会議の終了を継げる。


 武蔵総合学園は全校を上げてこの地で生き抜く努力を始めたのだった。

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