第13話 令嬢は癒される
アルムの流した、ほのかに銀色の輝きを帯びた透明な血。
フィオーラは礼を言いつつ、せっかくだからと青あざを癒すことに決めたようだった。
目隠しの衝立に隠れたフィオーラの様子を伺いつつ、アルムは彼女のことを思った。
(自分が恥ずかしい思いをするより、僕が痛みを感じる方が嫌、か…………)
アルムにとっての痛みは、意味の無い雑音のようなものだった。
痛みを感じた瞬間は不快であれど、すぐに傷口はふさがっていく。
後遺症も無く元通りなのだから、フィオーラの心配は無用のものだったのだが、
「嬉しかったな……………」
フィオーラに心配されたところで、痛みそのものが無くなるわけでも、体に変化があるわけでも無い。
にも関わらず、アルムはなぜか嬉しかった。
不可解な感情の動き。
フィオーラの一挙一動に、アルムは精神を揺らされていた。
(不思議な、でも、悪くない感覚だ…………)
人の姿を取った影響だろうか?
わからないが、不快ではない体験だ。
もっともっと、フィオーラと関わりたいと願う自分がいた。
彼女を心配させたいわけでは無いので、今後いきなり手首を切るつもりはない。
優しい、時に甘いとも言えるフィオーラが傷つかないよう、かたわらで守り付き従う。
そうしながら彼女の声を聴いていたいと、願いを抱いたアルムなのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アルムの言葉通り、彼の血は、速やかに効果を発揮していた。
見る見るうちに青あざが消え傷跡が癒え、滑らかな肌が現れる。
(ずっと昔につけられた火傷の跡まで…………!!)
醜くひきつれた肌が、赤子の肌のような弾力を取り戻していく。
二度と消えることの無いだろうと思っていた傷跡が、幻のように消え去っていた。
(すごい…………!! )
変化が現れたのは、肌の表面だけでは無かった。
傷と青あざの消えた体は、羽が生えたように軽く動く。
長年蝕まれていた傷跡の疼痛も消え失せ、まるで生まれ変わったようだった。
「アルム‼ ありがとうございます!!」
服を身に着け、アルムへと駆け寄った。
「見て下さい!! すっかり痣が綺麗になりました!! 体も軽くて、こんなに滑らかに動かせるんです!」
言葉の勢いのまま、つま先立ちの片足を軸にし一回転する。
更に一回転二回転としたところで、フィオーラは黙り込むアルムに気づいた。
「アルム、どうしたんですか…………?」
調子に乗ってはしゃぎすぎたせいで、引かれてしまったのだろうか?
様子をうかがうと、アルムがゆっくりとまばたきをした。
「………なんでもないよ。痣が消えたなら、それで僕は満足だ」
そう言って瞳を細めるアルムは、飛びぬけた美貌の、だがただの青年にしか見えなかった。
フィオーラは美しい笑みに惹かれつつ、気になっていた疑問を問いかけることにした。
「アルムが人の姿を取ったのは、昨日が初めてなんですよね? アルムは言葉が滑らかで、表情を動かす姿も自然で、人間2日目とはとても思えません…………」
「僕の自我、人間でいう意識って奴かな? それ自体はもう何年も前からあったからね」
「……………そうなんですか?」
若木に偽装していた時のアルムは、当然だが口を聞くことも動くことも無かったのだ。
不思議に思い尋ねると、アルムが少し考え込んだ後に口を開いた。
「そこらへん、人間とは仕組みが違う、としか言えないかな? 僕という存在が発生した瞬間から、先代の世界樹からいくつかの知識が受け継がれていて、その中には人間の使う言葉の知識もあったんだ」
「生まれた時すでに、言葉を理解できてたんですね…………」
さすがは、神にも等しい世界樹といったところのようだった。
「ではアルムはずっと、14年前に伯爵邸に植えられた時から、人間の言葉を聞いていたんですか?」
「正確に言えば、もっと前からだね」
「………ひょっとして、種の頃から?」
「あぁ、その通りだ。22年前、種として生まれた時から、僕の存在は始まったと言えるはずだ。もっとも、種の頃はぼんやりとした自我しかなかったから、はっきりと記憶があるのは、14年前に発芽したあとからだね」
「人間で言う、『物心がついた』という状態でしょうか?」
「たぶん、そんな感じじゃないかな? 僕の外見年齢、あまり深く考えずこの姿になっていたけど、種が生まれた22年前と、発芽した14年前のちょうど間の、18歳くらいの男性に見えるはずだろう?」
「18歳………。私の一つ上ですね」
フィオーラは、自身とアルムの外見は見比べた。
美しいアルムと、発育不良な自分を比べるのは失礼かもしれないが、確かに年齢は、17歳の自分より少し上のように見える外見だ。
美貌の人の姿をとり、絶大な力を持つアルム。
彼がフィオーラを慕うのは、ひとえにフィオーラが、若木に偽装していたアルムの世話をしていたからに違いない。
(つまりは、雛の刷り込みのようなものですよね…………)
フィオーラが主に選ばれたのは、いわば偶然のようなものだった。
虐げられ、何も持っていなかった自分が世界樹の主になるなんて、今でも信じられない話だ。
この先どうすべきかフィオーラが考え込んでいると、控えめに部屋のドアが鳴った。
気づけば、窓外の空は黄昏へと暮れている。
思い悩んでいる間に、結構な時間が過ぎていたようだった。
「ハルツです。部屋に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい!!」
素早く服の乱れを直し、ハルツ司教を迎え入れる。
部屋へと入ってきたハルツ司教は、フィオーラの姿を見て固まっていた。
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