第11話 令嬢は誤解を解く
「フィオーラ様、どうぞこちらへ。お待ちしておりました」
フィオーラ達が千年樹教団の建物に到着すると、シスターがずらりと待ち構えていた。
ハルツ司教があらかじめ手を回し、素早く準備を整えてくれていたようだ。
「フィオーラ様、私は少し伯爵邸に戻り確認したいことがありますので、こちらの建物でお待ちいただけますか?」
「はい。お心遣い、ありがとうございます」
フィオーラは礼をしつつ、目の前の建物を見上げた。
この地方の、千年樹教団の活動拠点。
磨き抜かれた白い石を組んだ作りで、柱には世界樹の枝葉を模した浮き彫りが施されていた。
泥だらけのフィオーラが足を踏み入れるには、恐れ多い建物だ。
内部へとシスター達に導かれつつ体を小さくしていると、気遣われるように声をかけられる。
「フィオーラ様、肩の力を抜いてもらって大丈夫ですよ。本日はお疲れでしょうから、身を清め体を休めていただき、詳しいお話は、明日になってからと承っております」
「………助かります」
恐縮していると、やや奥まった場所にある、床がタイル張りの一室に連れてこられた。
「これからフィオーラ様には、湯舟に浸り汚れを落としていただきたいと思います。アルム様はその間、どうなさいますか? アルム様も湯あみがご希望でしたら、すぐに用意させて―――――――」
「いや、いらないよ。フィオーラの傍で、彼女を見守っているからね」
「…………え?」
シスターが、戸惑った様子でフィオーラとアルムを見た。
「フィオーラ様と、一緒に湯あみをなされるのですか?」
「何か問題が?」
「いえ、お二人はそういう関係だったので――――――」
「ち、違います!!」
フィオーラは慌てて訂正に入った。
湯舟に浸かる贅沢が私に許されるのだろうか、と尻込みしていたが、今はシスターの誤解を解くのが先だ。
「アルムと私は、決してそのような間柄では無いです。アルムは少し、その、特殊な育ちをしているので、男女の感覚が人とは異なっているだけです」
アルムの正体について、どこまで明かしていいかわからないため、フィオーラ自身にもよくわからない、言い訳のような言葉になってしまっている。
そのことを自覚しつつ、フィオーラはアルムを見上げた。
「アルム、傍にいてくれようとするのは嬉しいのですけど、少し別の部屋にいって―――――――」
「嫌だよ」
アルムが素早く答えた。
ミレアのように血相を変え怒鳴りこそしなかったが、確かな拒絶の返答だ。
「僕が君の傍を離れていたせいで、君が痛めつけられてしまったんだ。同じ間違いは、繰り返さないつもりだよ」
「それは…………」
…………その通りだ。
アルムの言葉にも一理ある。
フィオーラを主と慕う彼の心配を思えば、離れたくないと告げるのも自然だ。
自然だったが、フィオーラとしてはやはり、首を縦にふることは出来なかった。
「心配をかけてしまって、すみませんでした。でも、今はミレア様もジラス司祭もいませんし、いきなり襲われるということも無いと思います。少しの間なら、私一人になっても大丈夫なはずです」
「………それは命令かい?」
少しすねたような、しょげたような様子でアルムが呟いた。
美しい青年の姿を取り超然とした雰囲気の彼だが、今だけは子犬のようだ。
フィオーラが罪悪感に駆られていると、シスターが苦笑しつつ口を開いた。
「一つ、ご提案がこざいます。フィオーラ様の安全のため、湯あみされている間も、私どもシスターが仕切り越しに同じ部屋に控えているつもりでした。アルム様も、私どもとご一緒しませんか?」
「…………わかった。そうするよ」
不服そうに、だがごねることも無く、アルムはシスターの提案に従った。
完全に納得はしていないようだが、フィオーラの意志を尊重してくれたようだ。
シスターに礼を言いつつ、フィオーラは仕切りの向こう側に向かい、服に手をかけた。
すぐ近くにアルムの気配があって落ち着かないが、せっかくお湯を用意してもらったのだ。
(気にしない、気にしない…………。直接体が見えるわけじゃないから、気にしたら負けです………)
自身に向かって言い聞かせつつ、洋服掛けへと服をかけてゆく。
母が生きていた頃は水浴びをしたり、湯を含ませた布で体を拭いたことはあるが、全身湯に浸るのは初めての体験だ。
仕切り越しのシスターの説明に従い、かけ湯をしてから足を浸した。
「気持ちいい……………」
固まっていた筋肉がほぐれていくような、言葉にできない心地よさだ。
ゆっくりと息を吐きつつ、全身を軽く拭っていく。
青あざに触れると痛かったが、仕切り越しのアルム達を心配させないよう、声は出さないよう気を付ける。
ハルツ司祭とシスターたちに感謝しつつ、湯あみを終え髪をぬぐうと、用意されていた服に袖を通す。
シスター達の着用しているのと同じ、襟付きの紺色のドレスだった。
「申し訳ありません。私どもシスターの予備服では不服かもしれませんが、すぐにお体にあうドレスが準備できなかったので、ご容赦くださいませ」
「そんな‼ こちらこそありがとうございます。新品の服を与えていただけて、こちらこそ申し訳ないくらいです」
申し訳ありません。
いやいやこちらこそ…………。
といったやり取りの後、フィオーラへと用意された一室に案内される。
寝台と長椅子、テーブルの備え付けられた清潔で広々とした部屋には、当然のようにアルムも入室していた。
シスター達が一礼し、部屋の外へと下がると、アルムと二人取り残される。
夕飯までしばらくあるので、自由に過ごしてほしいとのことだった。
(体がぽかぽかする…………)
温められた体は軽く、心まで軽くなったようだった。
長椅子に体を預け、湯上りの心地よさにうっとりしていると、アルムが口を開いた。
「フィオーラ、ようやく二人きりになったわけだし、お願いがあるんだ」
「なんですか?」
「服をぬいでくれ」
真顔で、アルムが言い放ったのだった。
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