第6話 令嬢は主になる


 ――――――――世界樹。

 

 この世界の住人なら誰もが知る、神のごとき一本の大樹だ。

 虐げられ育ち世間に疎いフィオーラだって世界樹と、世界樹を祀る千年樹教団のことは知っていた。


 銀の幹に常緑の葉。

 天高く伸びる枝葉と大地に張られた根。

 世界樹は世界を巡る魔力の流れを整え、数多の奇跡を起こすと聞いている。


「アルムが、世界樹………? でも、若木だった時のアルムの幹は茶色で、背丈だって、私より頭一つ高いだけだったわ」

「うん、そうだね。すぐに信じられないのも無理は無い。僕は正確に言えば次代の世界樹だし、今までは普通の木に擬態していたからね」

「次の世界樹…………?」

「いかな大樹であれ、いつかは朽ちるものだろう? 今、君たち人間が崇めている世界樹は、あと十年と持たず生を終えるはずだから、次の世界樹である僕が生まれたんだ」

「…………そんな、嘘でしょう?」


 衝撃の事実に、フィオーラは思考が追い付かない。

 世界樹のもたらす恩恵無くして、人の世は成り立たないと言われている。

 世界樹はもう千年近くも健在で、代替わりという発想すら無かったのだ。


「君たち人間にとって残念なお知らせだろうけど、事実が覆ることはないからね。それに人間だって、昔はきちんと理解していたはずだよ? 世界樹の命はおおよそ千年。だからこそ、『千年樹教団』なんて名前をつけたんじゃないかな?」

「あ……」


 アルムの指摘に、フィオーラは思わず納得した。

 千年万年と長き時を生きる世界樹を祀るから、千年樹教団。

 そう聞かされていたが、もっと単純な由来だったらしい。


「今の世界樹は22年前、次代の世界樹の種をいくつか生み出したんだ。種は人間たちに託されたけど、上手く発芽し育ったのは僕一人だけだね」

「………世界樹の種というのは、そんなに育ちにくいものなの?」

「世界樹を育てた人間は、世界樹の主となり絶大な力を握ることになるんだ。条件が厳しくて当然なんじゃないかな?」

「…………主?」


 私が、世界樹の?

 とんでもない言葉に、フィオーラは一歩後ずさった。


「嘘でしょう…………?」

「信じられない? じゃあ、証拠を見せてあげる。フィオーラ、君は好きな花はあるかい?」

「……………薄紅色の薔薇………」


 母親が生きていた頃、幼いフィオーラの髪に飾ってくれた花だ。


「よし、わかった。それじゃあ、耳を澄ましていてくれ。――――――――《種よ生じ、花を咲かせよ》」


 アルムの呟きに、フィオーラは軽く目を開く。

 呟きの後半、不可思議な響きがアルムから発せられていた。

 意味は理解できたが、なぜか初めて聞いた言葉のようだった。


「わぁ……………!!」


 足元の土が揺れ、緑の双葉が顔を出す。

 新芽はするすると茎を伸ばし葉を茂らせ、フィオーラの背丈ほどに成長する。

 丸くころんとした蕾たちがほころび、甘い芳香を放つ薄紅の花弁が開いていく。


 アルムは開花を見届けると、薔薇を一輪摘み取った。


「君が好きだと言うだけあって、良く似合う花だね」


 フィオーラの耳の上の髪に、アルムの手で薔薇が挿された。

 恐る恐るフィオーラが薔薇に手にやると、少ししっとりとした花弁に指が触れる。

 作り物などでは無い、本物の薔薇のようだった。


「すごい…………!! こんな綺麗な薔薇を咲かせるなんて…………!!」


 驚きつつ、アルムと薔薇を交互に見る。

 思い出せば先ほども、アルムは蔦を生み出し、ミレアからフィオーラを守ってくれていた。

 感謝と称賛のまなざしを向けると、アルムが少し顔を背ける。

 少しだけ、耳たぶが赤い気がした。


「………これぐらい、今の僕にだってできて当然だよ。それにフィオーラ、君にだってできるはずだ。咲かせたい花を思い浮かべ、さっき僕が言ったのと同じ言葉を呟いてみるといい」

「………まさかそれだけで、私も同じことができるの?」


 未知の力への怖れと、同時に期待を胸に、フィオーラはアルムへと問いかけた。


「あぁ。君は僕の主なんだから当然だろう? ただ、君は慣れていないから、最初は地面に手を付けて命じた方が、やりやすいかもしれないね」


 アルムの言葉に従い、フィオーラはしゃがみ込み土に手を触れた。

 美しく薔薇が咲き誇る姿を思い浮かべ、そっと唇を開き命じる。


「《種よ生じ、花を咲かせよ》」


 瞬間、意識が大地へと引っ張られるような、何かに触れ繋がったかのような感覚が訪れる。

 感覚の正体について考える間もなく、変化は既に始まっていた。


「薔薇が…………!!」


 季節を早回しするように、種が芽吹き蔓を伸ばし先端に花をつけていく。

 先ほどアルムの成したものと同じ流れだったが――――――


「数が多すぎるっ⁉」


 周囲一帯から一斉に。

 勢いよく蔓が伸び葉を茂らせ、薄紅の薔薇を咲かせていく。

 四方から薔薇の芳香に包まれ、フィオーラは慌てて立ち上がり周りを見渡した。


 屋敷の外れ、まばらに草木の生えるその場所が――――――――


「あっという間に薔薇園に…………?」


 しかも、その犯人は間違いなくフィオーラだ。

 恐る恐るアルムを振り返ると、満足げな笑みを返される。


「さすが、僕の主様だ。予想以上だね!」


 ……………私も予想外です、と。

 フィオーラは思いつつ薔薇園を見つめた。


 一瞬にして咲きそろった薔薇。

 その花弁が、とんでもない価値を持つとフィオーラが知るのは、まだ少し先のことなのだった。

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