第2話

「おーい堤ー?」

「…あれ」

目が覚める感覚と共に、目の前にいた、学生服を着た人物が視界に入った。

…学校?

さっきまで僕はどこか違う場所にいたはずなんだけど…

「堤生きてるかー?」

…まぁ、いいか。

今更だけど出たから言っておこう、堤は僕の名字。

相手は鈴竹。

僕の数少ない友人の一人。

「生きてるよ。生きることだけは精進してる」

名前で呼んでくれってせがまれているけど『久木近』と絶妙に読みにくいので僕は『クッキー』と呼んでいる。

人によっては良く思われないあだ名とは思うけど、本人が気にしていないことから僕も気にしないことにしている。

「なーら良かった。昨日作ったマカロン、いる?」

クッキーは料理好きな男子で最低週に一度は手作り菓子をくれる。

それを毎回、遠慮せずに頂くのが僕。

「いる」

「なー、今度一緒に作らねー?」

「却下」

「そーゆうと思った」

僕はお菓子作りなどの料理はおろか、何か作業するという行為においてかなり後ろ向きな性格をしている。

だからそれ系統のことに誘われても、一ミリでも面倒だと僕が思えばたとえ友人であろうと断る。

「そーいや、転校生とは仲良くなった?」

「僕がなるとでも?」

「ならないかー。そーだよなー」

人当たりが良く、来る者拒まないクッキーならともかく、暗くてろくに喋りもしない僕が楠と仲良くなるはずもない。

クッキーはわかっていて、それでも話題を振った。

「何か気になることでも?」

そう自分から問い掛けたところで、あることを思い出した。

いや、別に頭から離れていたわけでもないけど。

「まーね。けど自分から動くのも…」

「そういえばさ、僕の家の裏にある山に神社なんてあった?」

思い出したことをクッキーの話を遮って口にする。

「ん?」

ここ周辺の地図が頭に入っているクッキーならと思って聞いてみたけど、ピンとは来ていないようだった。

「ないなら良いんだ」

あれは夢だったのか。

「堤が気になるって珍し。よっぽどのことなんじゃん?」

「まあ、ね」

「わかんないまま放置?」

「調べるとか、めんどくさい」

「らしーね」

それからは他愛もない話をして帰宅した。

帰りに寄ったコンビニでお小遣いレベルだけど五円玉が一枚減っていることに気付いた。




「あのさ」

「どーしたー? 堤の方から話し掛けてくるなんて」

昼休み、クッキーが前の席に座り、僕の机の上半分に自身の弁当を広げ始めた。

邪魔、なんて言葉が脳を過ったけど、聞きたいことが一つあったので、それを聞いて満足する答えを聞けなかった場合に言うことにした。

前置きはしたのでシンプルに質問を投げる。

「学校祭。うちのクラス何やるの」

「あー、決める時堤いなかったもんなー。そりゃ知るわけもないかー」

即答で答えを貰いたかったのに彼の焦らしプレイが暫く続く。

「だから人数最後まで合わなかったんだもんなー。そういや楠もあん時いなかったっけか」

「で、何やるの」

「もしや二人で帰ったとか? いや堤に限ってそれはあり得ないわなー」

「ウザい。邪魔。帰って。ウザい」

「…に、二回も言わなくても良くない…?」

「邪魔」

「リピート機能…?」

「自席帰って」

「ごめん、ごめんって! ちゃんとゆーから!」

最初からそうして欲しい。

無駄な体力と感情を浪費した。

「ほら、詫びにカップケーキもやるから…許して?」

「許す」

「あんがと」

片手サイズのクッキー特製カップケーキを手に取ることで、彼を無実とした。

クッキーと友人関係が続いているのはこういうところがあるからだと思う。

それからクッキーは弁当に入っているミートボールを口に入れ、何度か噛み、しっかりと飲み込んでからやっと僕の質問に答えてくれる。

「白雪姫だってさ」

「…つまり劇?」

「そ。我が代表委員の桐谷くんが見事一クラスしか手に入れることの出来ない体育館をくじ引きでゲットしたわけですよ」

僕にとっては望ましくない展開。

まさか六分の一で自分のクラスが一番目立つ体育館で出し物をするとは…。

「ちなみに配役も決まっとるよー」

「僕、何」

「聞いて驚け…雑用係だ!」

「白雪姫にそんな配役あった…?」

そういう意味では驚いた。

ただ納得はしていない。

いや、正確に言えば納得するか決めかねているところだ。

「ばーか。堤が劇に出たがるわけねーだろ? オレはその辺、ちゃーんとわかってんだよ」

「じゃあ準備段階での雑用係ってこと? 本番は何もしなくて良いの?」

「感謝しろよ? そうなるように色々根回したんだからな!」

「ありがとう。クッキーは命の恩人だよ。今度機会があれば何かで返す」

「お、じゃあ千ピースくらいのパズル買ってくんない? 最近ハマってさー」

「それで良いなら喜んで」

とりあえず、学校祭は準備も含めて楽に過ごせそうだ。

ただ、隣の席の楠は学校行事とか好きそうなイメージがあるのに、あまり浮かれ気分にはなっていなかった。

一冊の小説分くらいの厚さがある台本を手に、悩ましい顔をしていた。

まあ、面倒だから、声は掛けなかった。




今日も楠は放課後、誰の誘いにも乗らずに、誰よりも早く学校を後にした。

「あれ、神楽のヤツ、台本置いて帰ったなー」

「ホントだ。机ん中に入りっぱ」

どうやら楠は忘れ物をして帰ったらしい。

いや、持って帰る必要のないものだから置いて行ったのでは…?

「主役はちゃんと台詞覚えといてくれないと作品が崩壊しちゃうよ!」

「誰か届けてあげよーぜ?」

そんなことする必要、ないと思うけどな。

まあ、適当な理由を付けて楠の家を訪ねたいんだろう。

楠には悪いけど、僕に止める義理はない。

「確か雑用係…堤だったよな?」

「…え」




「何でこんなことになるかな」

「まーまー、クラスメイトから堤のことを認識してるって事実が判明して良かったじゃんかー」

「むしろ存在認識されないで生きる方が楽なんだけどね。僕にとってはさ」

理由が学校祭の雑用係だからと、楠が忘れていった台本を届ける面倒な役を押し付けられてしまった。

だから別に楠は忘れたわけじゃないと思うんだけど…。

「堤は明日、何が食いたい?」

「急に何…って、え、リクエスト受けてくれるの?」

「今日だけ特別!」

「へぇ、罪悪感なんて感情がクッキーにもあるんだ」

「そこは言わない方針で通してくれよ!」

それからカラメルの多いプリンを彼に要求し、クッキーとは別れた。

さて…面倒事を片付けるか。

「って、待てよ…」

そういえば僕、楠の家の住所を聞かずに学校を出ちゃったな。

これは詰んだ。

探そうにも場所の見当がつかな…

「う、ら…やま」

何でこのタイミングでかはわからないけど、あの時の夢を思い出した。

…行ってみるだけ、行ってみるか。

「はぁ…」

届ける必要、ないと思うんだけどなぁ…。

夢と同じく息を切らしながらも裏山を登った。

僕がこんな活力に溢れているのは本当に珍しいよ。

誰か動画に録って生放送でもしてくれないかな。

それで、見た人は幸運が訪れるからとかなんとか理由を付けて視聴料払わせたい。

そんなわけのわからないことで頭をいっぱいにしかけたところで、目的地に着く。

「え…」

本来、裏山の上に神社なんてない。

あれは夢だったんだから。

けど、そんな僕の考えは一瞬で掻っ攫われていった。

目の前に広がっていたのは、この前見たあの夢の景色と変わらない、鳥居と社がある神社だった。

場所や色、その他どれもこれもが忠実に再現されている。

「嘘…でしょ」

誰もいなかったことから、その周辺を散策してみることにした。

どうやら、この山の上で生活している人がいるらしい。

小さいながら畑があって、キャベツやらトマトやらが実っている。

「いつの間に…こんなとこに神社やら家やらを作ったんだ」

「あれ、君はこの前の」

「…!」

いきなり後ろから声がかかることによって僕は驚き、足を滑らせそうになった。

慌てて態勢を取り戻し、声の主を確認する。

…するまでもなかった。

「楠」

「それは私の…」

「だって、クラスメイトでしょ」

「覚えてくれていたのか」

いくら無気力に存在感を消して生きていようとも、さすがにクラスの人の名字くらいは覚える。

それに楠に関しては、転校生かつ僕の苦手なタイプの人間というダブルの意味で印象が強く植え付けられているから忘れるわけもない。

「まあ、ね」

「何か用があって来たのだろう?参拝かな?それとも」

「学校に置いてあった私物を届けに来た」

僕は手に持っていた白雪姫の台本を楠に渡す。

「ああ…これか」

「役目は果たした。じゃ、帰るよ」

「あ、ちょっと待って」

…呼び止められた。

普段なら面倒だからって無視して歩を進めるはずなのに、足が動かない。

「あ…ごめん」

「…何」

「えっと、いや…そうだな…」

楠はわざわざ呼び止めて何を言い出す気だろう。


「…君は、幽霊を信じる?」

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