タイトル未定

紅ノ夕立

第1話

中学二年のゴールデンウィークがちょうど過ぎた五月の七日。

うちのクラスに転校生がやって来た。

担任は黒板に『楠神楽』と書き、隣に読み仮名を付け加えた。

自己紹介を促され、転校生はゆっくりと口を開いた。

「楠神楽です。今日からお世話になります。皆さん、よろしくお願いします」

白髪で毛先は少しだけ灰色がかっていて、声はよく通るし笑顔も眩しい。

僕の苦手なタイプだ、完全に。

そして流れは空いている席の確認へと移った。

不運なことに、僕の後ろが空いていた。

…まぁ、隣じゃないだけまだマシか。

担任に言われるがまま、楠は僕の席の後ろへと足を運ぶ。

歩き方も品があるな。

焦点を合わせることなくただぼんやりとその姿を眺めていると、楠は僕の隣で足を止めた。

「君…」

どうやら僕に向けてのようだった。

今の一言じゃ『何?』と返すことくらいしか出来ない。

それすら面倒だったので聞こえていないフリをした。

空気を読んだのか納得したのか、とにかく楠は自席に着いた。

結局その日は一言も交わしていない。




楠は次第に人気者になっていった。

話はどちらかというと聞き手側で、かといって自ら話題を提示することが苦手なわけでもなく、内容もそこそこ面白いものだった。

そしてどうやら彼は、頭が良いらしい。

転校して二日目に行われた数学の抜き打ちテストでは満点、先生に当てられても戸惑う素振りを見せず、スラスラと答えを言ってのけた。

興味もないのに楠の情報が次々と入っていく。

前後の席というだけでとんだ仕打ちだ。

クラスの端でひっそりとやる気皆無に生きている僕にとってこれは新手の虐めではないか?

と、そんなくだらないことを考えるくらいに迷惑していた。

「神楽今日こそ…」

クラスの男女4人が楠を誘い掛けた。

全文を聞き終える前に席を立ち、断りの言葉を掛ける。

「ごめん。帰りは急ぐんだ」

楠は今日『も』誰とも帰らなかった。

門限があるのか何なのか、付き合いは悪い印象を持った。

また一緒に帰れなかったとため息を漏らしながら教室を後にする4人。

完全に人がいなくなった状態、つまり玄関が混み合わない時間に帰宅した。

数少ない友人から昼間に貰った生キャラメルを食べながら。




楠が転校してから随分と日が経ち、定期考査も終え、席替えが行われた。

その結果…

「今日から隣だね。よろしく」

最もなりたくない相手と隣になってしまった。

「…よろしく」

とりあえず作り笑いで相槌をし、それからは一人の世界に入り込む。

関わりを持ちたくないことを悟ったのか、楠はそれ以上話してはこなかった。




七月に入り、僕の学校で最も訪れてほしくないイベントが近付いてきた。

「学祭何するー?」

「劇とかやりたいよね」

「中二は一クラスだけ体育館で劇発表出来るからなー」

それは学校祭。

この期間は必ず何かしらで協力しないといけないから、無気力少年を貫き通している僕にとって地獄のようなもの。

「とりあえず出し物は放課後残って決めようぜー」

いてもいなくても変わらないような僕が参加する必要はない。

クラスの出し物は陽キャの面々で決めてもらうことにして、早々に学校を出た。

もう夏といえるだろう、アブラゼミの鳴き声が煩いくらいに聞こえる。

家から学校までの距離は歩いて約十分。

その道の途中にある町の案内が書かれた地図にふと目が止まった。

「…山の方に、神社なんてあったっけ」

僕の家の裏手にある小山。

ただの山であるはずなのに、地図には神社が記されていた。

僕にしては珍しく有無が気になり、足を運ぶ。

息を切らしつつ山を登り切ったところで、小さな鳥居と社が姿を現した。

本当にあったんだ…

「…え」

「あれ、君…」

そこには、手帳を抱えた楠がいた。

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