第2話 左隣りの想い

<三田秋穂視点>


私の名前は三田秋穂。

秋っぽい名前だけど、生まれたのは夏だったりする。


中学時代からテニス一筋で、今は川野辺高校女子テニス部の部長もしている。

ちなみにテニスの実力は県大会上位に入るレベル。

そして、男女ともに友達は多く校内でも結構モテる方だとは思う。


ちなみに高校に入ってからは、告白されることも多いんだけど全て断っている。

理由は・・・気になる人が居たからだ。

ただ、その人の事は当時名前すら知らなかった。




彼と私が最初に出会ったのは私が川野辺高校に入学する直前の春休み。


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「はぁ、、、どうしよ。やっぱり歩くしかないかなぁ~」


私は横川駅前のベンチに座り困っていた。

中学卒業後横川に引っ越しした友人の家に遊びに来ていたのだけど、財布とキーケースの入ったポーチを友人宅に忘れてきてしまったのだ。

つまり駅まで来たものの電車に乗るお金が無いのだ。

それにキーケースも忘れてきたから仕事に出てる親が帰ってくるまで家にも入れない。

友人宅に忘れてきたのは間違いないと思うんだけど、その友人に電話したところ両親と外出中で帰宅するのは夜遅くとの事。


「お腹も空いてきたなぁ・・・」


時間は17:00。親が帰ってくるのは多分21:00過ぎ。

少なくとも後4時間は何も食べれない。


それにここから川野辺までは電車で3駅。

歩いたら1時間くらいかかる。

『もう最悪・・・』と下を向いて凹んでいると


「どうかしましたか?」

「へ?」


と自分と同じ年位の男の子が話しかけてきた。

正直こんな駅前で話しかけて来るなんてナンパかと思ったけど、彼は『さっきから俯いて溜息ばっかりついてたから』と笑顔で話しかけてきてくれた。

何だか安心する優しい笑顔で思わず見惚れてしまった。


そのせいなのか、気持ちが沈み何か助けが欲しかったからなのかはわからないけど、何故か私は彼に事情を話していた。

彼は私の話を聞いて、財布から1000円札を出して渡してくれた。


「僕もそんなにお金ないけど1000円あれば川野辺まで行ってコンビニでおにぎりとお茶位は買えるよね」

「え?でもそんな初対面の人に」

「困ってる人が居たら親切にするようにって親からよく言われてるんだ。だから気にしなくていいよ」

「でも・・・私もタダでお金とか貰えないよ」

「う~ん。あ、その鞄についてるキーホルダーって大切な物?」

「キーホルダーってこれ?

 特に・・・何となく付けてるだけだけど」


何で急にと思ったけど鞄につけていた某アニメのキーホルダーを彼に見せた。

本当、何となく可愛いから付けていただけの安物だ。


「じゃさ、この1000円でそのキーホルダー売ってよ。それならいいでしょ?」

「え?そんな。これ1000円もしないよ」

「僕はそれが1000円分の価値があると思ってお金を出すんだからいいだろ?」


何だか彼に上手く話を持っていかれてる気はしたけど、私も困っていたしここは彼の好意に甘えることにした。


「・・・うん。そういうことなら・・・その・・・ありがとう」

「こちらこそ、素敵なキーホルダーをありがとう」


と彼はキーホルダーと1000円札を交換すると"じゃ"と駅とは反対の商店街の方へ行ってしまった。


「えっあの・・・」


今まで私に近づいてきた人は"私と付き合いたい"とか何処か下心がある人が多かった。今回も連絡先を交換してとか言われるのかなと思ってたけど、彼は自分の名前すら告げずにそのまま去って行ってしまった。

『横川に住んでるの人なのかな・・・・』

それ以来、何となく"優しい笑顔"の彼の事が気になってしまっていた。




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ただ、その後も何度か横川に行くことはあったけど、彼に再会することは出来なかった。

せめて名前だけでも聞いておけばよかった・・・その時は本当に後悔した。


そして、頭の片隅に会いたい気持ちを抱きつつも部活に勉強にと忙しい日々を送り気が付けば2年生も終了間近。彼との再会も諦めかけていた頃、意外にも近いところで私は彼を見つけることとなった。


2年生の時に同じクラスになり仲良くなった新田君。

彼が時々会っている友人が横川で私を助けてくれた"彼"に似ていたのだ。

"彼"の名は内村冬彦。新田君とは小学校時代からの友人らしい。

新田君は川野中、川野小の卒業らしいから、内村君も川野に住んでるの?

そうであれば横川に行っても会えないのは頷ける。


でも、何で同じ学校なら私に話しかけてきてくれないの?

これでも学年でそれなりに目立つ方だと思ってたんだけど・・・

私に興味が無い?それとも・・・覚えてない?


その日から私は彼を見かけると目で追う様になっていた。

話しかけてみようかとも思ったけど"もし違う人だったら"、"覚えてなかったら"と思うと中々声が掛けられなかった。

それに・・・彼は何処か人と壁を作るような接し方をしていた。

あの時は凄く優しい笑顔を見せてくれたのに・・・


ちなみに私は男友達が多いことから男女の付き合いとかも派手だと周りから思われてるみたいだけど実は特定の人がいたことは1度もない。

恋愛事は結構うぶなのです。

今回の事も1人で散々悩んだ末に生徒会で副会長をしている"自称恋愛経験豊富"な親友の綾女に相談していたくらいだ。

彼女とは川北中時代からの付き合いだけど、森下学園に通う年下の彼氏持ちで私にも良く惚気話をしてくるし実際色々と相談にものってくれていた。


そして、季節は巡り声もかけられないまま迎えた新学期。

彼と初めて会った春のあの日から2年。

私は彼と同じクラスになった。

それも・・・隣の席だ。

右の席を見ると2年間会いたいと思っていた彼が居る。

嬉しくなって


「よろしくね 内村君」


と挨拶したけど彼からの返事は


「"はじめまして"三田さんだよね?こちらこそよろしく」


だった。

やっぱり彼は私の事を覚えていなかったみたいだ。

ちょっとショックだったけどこれは想定内。

綾女からは"多分内村君は内気なタイプだから秋穂の方から積極的に話しかけてきっかけを作るのよ"と言われていた。

だから、相手が内村君だと思うと少し緊張はしたけど、他の男友達同様にフレンドリーに話しかけたり積極的にアピールをすることを心掛けた。


ちょっとウザそうにしているときもあるけど、私が話しかけるとちゃんと返事もしてくれるし会話もしてくれる。

それに彼はスポーツは苦手らしいけど見るのは好きらしくて、テニス部の私を意識してか海外のプロテニスの話もしてくれた。

会話が弾むとやっぱり嬉しい。


今はまだ"隣の席の友達"って扱いかもしれないけどいつかきっと・・・

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