第12話【協力者】
翌朝、ガーミラ侯は自ら先陣に立ち、最低限の護りを残してピエールが治める街マルメリアに攻め入った。
本来はどんなに急いでも五日はかかる行程だったが、不思議なことに騎馬隊の馬も兵士たちも疲れを知らず、たった三日でたどり着いた。
「いいか? よく聴け。これより国律第三条に従って、国家の宝であり国王ルイス様の所有物である、国民を
ガーミラ侯がお禅立ての名目を高々と宣言する。
口では捕縛すると言っているものの、腹積もりは不慮の事故、抵抗されたので不可抗力で殺してしまったという道筋をすでに決めている。
「平民にはなるべく手を出すな! 今後治めることになる領民たちに無駄に嫌われる必要はないからな。はっはっは!」
すでにマルメリアの領地権が我がものになると思っているようだ。
巨万の利益を産むミスリル鉱山の統治権を手に入れることが出来れば、とガーミラ侯の頭の中はすでに手に入れた金を何に使うかでいっぱいだった。
そんなガーミラ侯を横目に、ミトラは戦隊から人知れず離脱する。
ガーミラ侯の隊がここまで早く来れたのは、言わずもがなミトラの強化魔法のおかげだ。
去り際に全て解除しておく。
継続的に、しかもこれほど大人数にかけるのは並大抵のことではない。
調子に乗った兵たちが一般の平民や孤児たちに危害を加えないともしれないため、どちらにしろかけておくことは既にデメリットでしかなかった。
ミトラの援助がなくとも、ガーミラ侯の兵たちは弱い者いじめにしか興味が無いようなこの街の衛兵たちなど、物の数にしないだろう。
「ピエールが、わざわざ優秀な者たちを尽く退けたっていう自業自得だけどね」
ミトラは移動しながら独りごつ。
ピエールが領主になってから、甘言のみを放つ側近ばかりを優遇し、前領主の教えに従い苦言を発した者たちは全て要職から外された。
おそらく一時の快楽に溺れていただろうが、蓋を開ければこれまでの歴史で枚挙にいとまがないほど、落ちぶれていく者たちの典型的な凡例でしか無かった。
「しかし、自分で仕向けた事とはいえ、ガーミラ侯の自由にさせる気もないんだよね。結局俺から見たらどちらも似たり寄ったりだからね」
「ミトラ! 戻ったか! こっちは既に準備完了している。いつでもいけるぞ!」
僅かな間だが、離れていた仲間の懐かしい声にミトラは目線をより遠くに向けた。
そこにはパーティメンバーと一人の老人が立っていた。
声を上げたのはククルだろう。
落ち合う場所はもう少し先なはずだったが、ガーミラ侯の侵攻に気付き出てきたところ、ということか。
「それは良かった。すぐにみんなを移動させよう。ご協力感謝します。テイラーさん」
「いえいえ。むしろワシらがこうなる前に何とか自力でしなければいけなかったこと。本当に申し訳ない」
ミトラが話しかけた白髪の老人の名はテイラー。
前領主が若い頃から使用人として務め、もとは領民たちのためにあれこれと苦心する前領主の補佐を担っていた人物だ。
今着ている服は平民にそれだが、立ち振る舞いから高貴な者の下に長年従えた名残が見える。
もしそれなりの服装をしていれば、誰もがどんな職務に着いていたか一目で分かるだろう。
領主がピエールに変わってからの数々の暴挙にテイラーは真っ向から反対した。
結果として前領主だけでなく多くの使用人たちから全幅の信頼を得ていたのにも関わらず、執事長を辞され暇をもらった。
「そんなことを言わないでください。テイラーさんの手助けがなければ俺たちだけではどうにもならなかった」
ピエールの逆鱗に触れ今は一介の老人に過ぎないが、肩書きが無くなったからと手のひらを返されるような薄っぺらな人間関係ばかりではない。
テイラーの長年培った信用という力を得なければ、縁もゆかりも無いミトラの言うことなど聴くものはわずかだっただろう。
これも前領主が孤児出身であったミトラたちに興味を持ってくれたおかげだった。
おそらく育てかたを間違ってしまった息子によって、人生の幕を不本意にも降ろされてしまった前領主に、ミトラは遺憾と感謝の念をおくる。
「孤児も含め、ワシのことをいまだに慕ってくれている者たちはすでに予定の場所に。領民たちにはガーミラ侯の兵たちに目をつけられぬよう、家に閉じこもるよう人伝に言っております」
「ありがとうございます。ガーミラ侯もあくまで建前が大事だから、下手なことさえしなければ真っ直ぐにピエールの屋敷に向かうでしょう」
これが他国の勢力による侵略ならば、家に篭ろうが関係なく、兵の質によっては殺されたり略奪を受けたりすることもあっただろう。
しかし今回はガーミラ侯は正義でなくてはならない。
国民の命を蔑ろにしている悪徳領主を、緊急時の特例ということで自らが捕縛に向かった。
その際、抵抗された不慮の事故としてピエールが命を落とした、というのでなければならない。
おそらくピエールの私兵は抵抗を示すだろうが、無抵抗の領民に手を出してしまえば今度はガーミラ侯自身の正当性が認められない可能性が高い。
その辺りの算段ができ、また兵たちの好き勝手を許さぬ統率力もガーミラ侯にはあった。
その人物像をミトラに教えたのもテイラーだった。
成すべきことをする力を持つミトラたちと、それを補佐するテイラーがいて始めて可能な作戦だった。
「さて。上手くやらないとね。ピエールにもガーミラ侯にもこの街を好きにさせる気なんてないんだから」
ミトラはそう言って微笑む。
本来の目指したものとはまた違うが、自分の力が孤児たちの幸せを築くため使えることに、ミトラは幸せを感じていた。
これを独善と呼ぶ者もいるかもしれない。
善など人の立場によって如何様にも変わるのだ。
自分は自分の信じる道を進む。
そう決めた時からすでにミトラはその銀色に輝く瞳で、夢を見続けているのだから。
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