第13話【新領主】
「ガーミラ殿! なんのつもりだ!? こんな侵略行為、到底許されることではないぞっ。正気か!」
「これはこれはマルメリア殿。相変わらずのだらしのない姿だな。貴殿も魔物の討伐でもしたらどうだ? 足腰くらいは鍛えられるかもしれんぞ? 逃げ回るだろうからな」
突然の侵攻を受けピエールはほとんどまともな抵抗を出来ずに、ガーミラ侯の兵たちの屋敷への侵入を許してしまった。
普段ピエールにおべんちゃらを使っていた臣下たちはほとんどが逃げ出し、残った良心ある兵たちもガーミラ侯の言葉によって諦めて投降した。
それほどまでにピエールの求心力は地の底にあった。
そもそも圧倒的な武力の違いからどう足掻いてもガーミラ侯の圧勝だ。
下手な抵抗もなく無血開城と言っていいほどの結果は、全ての者にとって最良だったと言える。
ただ一人、渦中にいるピエール・ド・マルメリア伯爵を除いては。
「面白い話を聞いたんだよ。マルメリア殿。貴殿が王の財産たる国民を蔑ろにしているとか。そんなことは放っておけんからね。しかしことは急を要する。
「ふざけるな!! 何が国民だ! あんなモノのために自身の行動の正当性が保証されると思っているのか!?」
「おいおい。滅多なことを言うんじゃあない。まぁこちらとしてはどんどん言ってもらった方がやりやすいがね。さて、無駄話をしている場合じゃない。せいぜい抵抗をしてくれるとこちらとしては助かる」
「貴様ァァ!!!」
大人しくしても結局殺されることを理解したピエールは、護身用に持っていた短剣を取り出し無闇矢鱈に振り回した。
ドタバタと無様な足取りでガーミラ侯に襲いかかったピエールを、側近の兵士が切って捨てた。
「君。助かったよ。あのままでは私の命が危なかったからね。本当は無傷で捉えて法の裁きを受けて欲しかったのだが、残念だね。丁重に死体は扱ってくれよ?」
「はっ!」
ガーミラ侯はそのままピエールの座っていた革張りの椅子に深く腰かける。
全ては上手く行った。
得体の知れぬ男が出処不明の信書を持ってきた時はさすがに美味すぎる話だと、自分で裏も取らせた。
結果として信書の内容に間違いはなく、少しいじればこの街が我がものになるのは容易い、というのがガーミラ侯の出した結論だった。
「しかし……あまりにも簡単すぎる……そもそも何故あの男は……」
「閣下!! 屋敷の外に領主の弟と名乗るものが!! 閣下に謁見願いたいと申しております!!」
「なんだとぉ!?」
「どうやら前領主の後妻の息子のようです。前領主が書いたと思われる親子関係を認める証書も! こ、国王の印も押されております!! いかがしましょう!?」
突如屋敷の外で見張りをしていた兵士の一人が、ガーミラ侯に急を告げた。
内容が本当ならば、ややこしい事になるのは間違いない。
「中に通せ! 一人でだ!!」
「それが! 屋敷の外で待つと言って聞かず。少なくとも現状我々は部外者です。無抵抗の相手を束縛する正当性がありません!」
「くそっ! 他に息子がいたなど情報は無かったぞ! 使えぬ部下め!!」
文句を言いながらガーミラ侯は屋敷の正門へと向かった。
前領主に息子が二人いることは領民なら誰もが知っている事だったが、ミトラの策略でわざとそこをガーミラ侯に伝わらないようにしていたのだ。
ガーミラ侯が屋敷の外に出ると、目の前には華美ではないが一目で高級だとわかる服装をした一人の青年がいた。
その周りには健康そうな少年少女が多数佇んでいる。
ピエールの弟、と言う割には歳が離れすぎているが、れっきとした腹違いの弟だった。
名はダニエルと言い、明るい茶色の髪と深緑色の目をしている。
「お初にお目にかかります。ガーミラ伯爵。わたくしはダニエルという者。前領主の第二子にして、現領主ピエール様の愚弟です。此度の卿の訪問の真意をお知らせ願いたい。ところで、兄は今どちらに?」
ガーミラ侯は内心ほぞを噛んだ。
周りには領民たちが大勢出てきていた。
これを裏で糸を引いていた人物がいると気付く。
ガーミラ侯は怒りに我を忘れそうになったが、あくまで平静を装い返答した。
「誠に遺憾ながら、マルメリア殿は逝去された。領民を虐げていたという噂を聞きつけてな。それを問うたら、いきなり切り付けてきた。我が身を守るためとはいえ、残念な事だ」
「そうですか。兄のことは残念で仕方ありません。おそらく何かの気の迷いでもあったのでしょう。卿に刃を向けるなど言語道断ですからね」
「分かってもらえて助かる。それで? ダニエル殿は何用かな?」
「我が領地に武装した兵を率いて入られた方に、真意をお知らせ願いたいと、申しておるのです」
「なにぃ?」
ダニエルの言葉にガーミラ侯の顔が歪む。
『我が領地』という言葉に反応したのだ。
魔物と直にやりあったこともある武闘派のガーミラ侯の鋭い目付きにも怯まず、ダニエルは目を逸らさずにガーミラ侯を見つめ返している。
しかし、よく見ればその身体は小刻みに震えていた。
「兄が逝去されたのであれば、次期領主はこの私です。それで何が目的でわざわざこのような兵力を率いて訪問されたのですか?」
「先程も言ったであろう。マルメリア殿が領民たちを蔑ろにしていたと。それは立派な罪だ。それを正しに来たのだよ。事態は急を要したから、国の法務官に伝えるのと同時に私が来た、という訳だ」
ガーミラ侯は自分で言って納得した。
いくら継承権があるダニエルがいようが、ピエールが行った事は罪であり、判決が下れば領地は没収、爵位も剥奪される。
あとは関係者に賄賂を送れば、晴れてここの権利はガーミラ侯のものだ。
馬鹿にならないくらいの資金が必要だが、ミスリル鉱山がもたらす利益を考えれば大したことがない。
そう考えてガーミラ侯はほくそ笑んだ。
ダニエルが何を言おうと孤児を初め、領民を虐げていたことは紛れもない事実。
多少の変更はあっても結果は変わらない。
そう思えばこの怒りも必要ないものだ、とガーミラ侯は溜飲を下げる。
ところが。
「それは異なこと。前領主時代からここの領民は手厚い保護を領主から受けています。孤児たちも同様。卿の聞いた噂というのは何かの間違いではありませんか?」
「な、なんだと?」
その後ダニエルが見せたものはガーミラ侯にとって信じられないものばかりだった。
ダニエルの後ろに控えていた、健康そのものの少年少女が孤児たちだと言うのだ。
さらにミスリル鉱山の採掘のための道具や、出没する魔銀虫から身を守るための武具も手入れのしっかりしたものが揃えられていた。
これでは孤児たちをまるで使い捨ての駒のように扱っていたなどとは、間違っても言えない。
その場にいた平民たちも口を揃えて領主の統治を褒めたたえた。
「さぁ。ガーミラ伯爵。お気が済んだでしょうか? 兄のことは残念ですが、不幸な事故と思う他ないでしょう」
「あ、ああ。そのようだな。大変邪魔をした。帰り次第諜報の者には厳重な注意をすることにするよ」
ガーミラ侯は仕方なく兵を帰還させることにした。
誰が背後にいるかは分からないが、ここまで用意されてしまったのならば手を引くしかない。
撤退を宣言した後に、一人の青年に目が向く。
髪型も色も違うが、あの背格好は間違いない、とガーミラ侯は確信した。
信書を持ってきた者と同じ人物。
今回の一件に浅くない関わりを持っていると思われる人物を、ガーミラ侯は忘れぬように目に焼き付けた。
目線の先には、作戦が成功し仲間と喜び合うミトラの姿があった。
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