第11話【伯爵と孤児】
「ふむ。それで……えーっとなんと言ったかな? ああ、そう。【銀の宿り木】の君が、わざわざそんなくだらないことを伝えに私に会いに来たというのかね?」
ミトラの前には今、ミスリル鉱山で罪もない孤児たちを使い捨ての駒のように酷使している張本人、この一帯の領主であるピエール・ド・マルメリア伯爵が居る。
中年を少し過ぎた位の男で、金にものを言わせて作らせたと見える悪趣味な作りの服は、栄養過多と不摂生で作られた醜い身体を隠すどころか、強調させていた。
ミトラたちが孤児たちがまるで使い捨ての道具のような扱いを受けていると知ってから数日が経っていた。
その後も様々な伝を使いピエールの実態を確認したミトラたちは、ついに直に話をしてみることに決めた。
伯爵であるピエールにおいそれとは謁見することは難しいが、幸いなことに以前受けた依頼の際にミトラのことを高く評価してくれていた人物が要職に居て、上手く間を取り持ってくれたのだ。
しかしさすがにパーティ全員が、というのは難しく、屋敷の中に入れたのはリーダーであるミトラだけである。
「閣下、今一度ご再考賜りますようお願い申し上げます。孤児たちは換えの効く道具などではありません。れっきとした人間です。この国の法律では故意に国民の命を危険に晒す行為は看過されないはずです」
ミトラは半ば祈るように嘆願する。
確かに孤児も含めて、【国民】を故意に殺すことは許されていない。
しかしそれはあくまで建前上の話だった。
多くの貴族が孤児を人とすら認識せず、平民ですら、人によっては嫌なものでも見るような態度を示した。
ミトラの言葉を聞いているピエールは面倒くさそうに鼻を鳴らすと、もうたくさんだといったふうに右手でミトラを追い払うような仕草をしながら言い返す。
「誰も故意に身の危険になど晒しておらんよ。きちんと衣食住、さらにやがて自立できるように仕事まで与えてやっとる。部下もきちんと管理をしとると聞いとるよ? もし不幸なことが起きても、そりゃあ君、悲しい
それを聞いたミトラは迷っていた行動に出ることの決心をつけた。
街の人々からピエールの話を聞けば聞くほど、この人物がミトラの説得を素直に聞き入れるなどと思うことはできなかった。
それでも念の為、孤児も含めた領民の幸せのために尽力した前領主の息子だからと。
一縷の望みにかけての進言だった。
しかし結果は予想通り。
何を言っても無駄だと悟った。根本的な考え方が違うのだ。
「そもそも、だ。なんの取り柄もないゴミがどうなろうと関係ないだろう。むしろ最後に
そういうとピエールは面倒くさそうに待機していた執事に手で合図を送る。
その合図で執事は頷き、ミトラに退出するよう伝えた。
ここは彼の屋敷、全てがピエールの思い通りに動く場所だ。
ミトラがもしここで歯向かえば、その首を落とすことなどピエールにとって造作もないことだった。
それほどに貴族とそれ以外には大きな差があった。
ミトラはそのことをよく知っているため、大人しく従う。
一人でも目の前のピエールを護衛も含めて殺すことは簡単だった。
しかしそれをしても何も変わることは無い。
ピエールの屋敷を出たミトラはすぐさまパーティメンバーが待つ、宿屋に向かった。
これからするべきことは既に話してある。
しかしいつ始めるのかは、リーダーであるミトラが決めることになっていた。
「みんな。聞いてくれ。予想通りだけど、ここの領主は孤児を人間なんて思っちゃいない。残念だけど説得は無駄だったよ」
「やっぱりな。それで? いつ始めるんだ?」
ジルバが問いかける。
その目にはこれから起こるであろう出来事を共に戦うという強い意思があった。
ミトラの作戦は、下手をすれば騒乱罪で投獄する間もなく処刑されるような方法だった。
ミスリル鉱山を有する街マルメリアは、山脈ナーキストの一角にある。
そこから南下すれば、ルーシェと最後に受けたバジリスク討伐を依頼した辺境都市ガーミラがある。
そこに居る領主の伯爵ガーミラ侯に信書を出すのが第一段階だった。
「ガーミラ伯爵は欲深い。更には自分はひたすら迫り来る魔物の処理に追われているのに、同じ伯爵のピエールがミスリル鉱山の利権のおかげで大した苦労もなく大金を得ているとこと疎ましく思っている」
そんなガーミラ侯にこの街の現状を伝える。
いくら孤児を人間とは思っていない貴族が多くても、国の法律ではれっきとした国民であり、庇護の対象となる。
つまりガーミラ侯にとって、今回の出来事はピエールを訴追する格好の口実だと言える。
更に辺境の魔物と常日頃戦っているだけあって、ガーミラ侯の持つ兵に強さは、ピエールの持つ私兵など比べ物にならない。
口実を元に、国の反逆者であるピエールを自分自身で討ち取り、ミスリル鉱山の利権を奪いに来るのではないか、というのがミトラたちの見立てだった。
伯爵同士が戦争を始めれば、その間に孤児が逃げ出そうが誰も気づくことなどない。
そうやって孤児たちを保護するのがミトラの考え出した唯一の方法だった。
もしこれをミトラが直接国の官職に訴えたとしても、すぐにピエールから賄賂がまわり、何も無かったことになるだろう。
結局ほとんどの人は、自分の利益でしか動かないのだ。
だからこそ、直接利益を得られるガーミラ侯はうってつけだった。
「それじゃあ、行ってくるよ」
ミトラはそう言うと、事前に書き終えていた信書を懐にしまい、辺境都市ガーミラへと急いだ。
これが誰か別の人物の手に渡ることは許されない。
信頼できるのは自分たちしかいないが、一度顔を合わせている以上、複数で行けば身バレが怖い。
そこで、何かあっても一人で対処できるミトラだけで向かうことになった。
もちろん変装をして、ミトラだとは分からないようにしてある。
ミトラが辺境都市ガーミラにたどり着いたのは、次の日の早朝の事だった。
事前の根回しで、ミトラは難なくガーミラ侯に謁見を果たした。
ガーミラ侯だけでなく、領主の取り巻きたちもみな欲深かったため、ミトラはクラン設立のために貯めた金を惜しむことなく使ったのだ。
突然の訪問にガーミラ侯は少し訝しげな面持ちでミトラを見ていた。
そのガーミラ侯に対し、ミトラは目を合わせ口を開く。
「閣下。この度は、重要な情報をお持ちしました。よろしければこれを」
「ふむ。どれ。なんだ? これは」
信書を読み始めたガーミラ侯は、はじめ面倒くさそうに読んでいたが、読み進めるにつき食い入るように信書を凝視していた。
それを見たミトラは、誰にも気付かれずに口元を緩めた。
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