第10話【悪徳領主】
「ということで、今日からパーティに同行することになったノーラ。二人ともよろしくね」
「どういうことだよ!? しかも女の子? しかも可愛い!」
ノーラが同行を言い出し、ザイツに確認しに行ったあと一悶着あったが、結局ザイツが自分で口にした『ノーラの好きにさせる』が原因で頷かざるをえなかった。
それがなくてもザイツの奥さんの鶴の一声が効いたのは間違いない。
案の定、ジルバはノーラの顔を見るなり馬鹿みたいなことを叫んでいるが、ミトラは無視して話を進める。
「それでね。どうやら素材が足りないらしい。ということで今から取りに行くよ」
「行くって、どこへ? 魔物の素材なら、管理局に行けば卸を斡旋してもらえるんじゃない?」
ククルの新しい武器の製造に必要な素材と取りに行くと言うミトラに対して、セトが疑問を投げかける。
魔物の討伐は基本的には国や領主に所属する王国軍などと、国の機関である冒険者管理局が管理している冒険者によって行われる。
常に軍を保持しておくにはそれなりに費用がかかる。
悪くいえば有事の際にだけの使い捨てが可能な冒険者たちは、国や領主にとっても便利な存在だと言える。
そんな冒険者たちの飯の種となるのが、依頼達成による報酬と、有用な用途がある魔物の素材を売ることだった。
その二つとも基本的には管理局が一括で管理しているので、必然的に管理局に行けば大抵の素材なら手に入れる方法を知ることができた。
「それがね。以前はよく出回ってた素材だったらしいんだけど、最近めっきり入らなくなったらしい。買うとなると馬鹿みたいな値段になるから、それなら自分で取りに行った方がいいかなって」
「それで。まだ肝心の武器もできてないのに、ノーラが付いてくるのはなんでなの?」
セトは再び疑問を投げかける。
ノーラが考えたククルの剣、試作品第一号は当然の事ながらまだ出来ていない。
作った武器のカスタマイズやメンテナンスという名目で同行すると言うにしても、そもそも武器が無いのであれば何も出来ない。
ところがノーラが付いていくのにはちゃんと理由があった。
「あたしはもっとこの目で色んな魔物の生きてる所を見て回りたいんだ。世の中に魔物は無数にいるだろ? でも装飾品ですら、一般に知られてるのなんて限られてる。それじゃあダメなんだ。きちんと自分で見て、何に使えるか考える。そうしないと一人前になれるとは思えなくてね!」
ミトラに変わってノーラ本人がセトの疑問に答えた。
結局のところ、カスタマイズなどは口実で、ノーラの本心はこっちにあるようだ。
「まぁ、とにかく。危ないことはさせない、ってのがザイツとの約束だから。あんまり変な依頼はしばらく受けないと思うけど。まずは何よりククルの武器が最優先だからね」
「本当に済まないな……」
ククルは今、ザイツの武器屋で買った一般的な鋼鉄製の剣を持っている。
以前持っていたものよりも少し長い剣だ。
ミスリル製のものに比べ重量もあるが、すでに剣士としての腕も上がっているククルにはより合っているサイズと言えた。
しかし、このままでは魔法剣は使えないから、戦力としては半減している。
ジルバも新しく盾を購入したが、こちらも間に合わせで物理的な攻撃は受けることが出来るものの、今までのように魔法まで受けるのには難がある。
そのことを聞いたノーラは、ジルバの盾についても構想を練っているらしいが、それはククルの剣ができてからだ。
「まぁ、細かい話はいいや。とりあえず必要な素材をさっさと取りに行けばいいんだろ? で、なんなんだ? それは」
「うん。えーっと、魔銀虫の甲殻だって。前に依頼受けたことがあったと思うけど、そんなに危険な魔物じゃない。すぐ終わると思うよ」
魔銀虫と言うのは、ミスリル鉱山でよく見かけられる虫型の魔物で、危険性はそんなに高くない。
高くないと言っても中級以上の冒険者から見た言い分で、武器をろくに扱えない一般人や、駆け出しの冒険者にとっては命の危険もある。
七色に光るその甲殻は、見た目の美しさから装飾品の素材としてそれなりに需要がある。
一方、鉱山の採掘で定期的に排除依頼が発生するため、市場に十分に出回るような素材で、価格もそこまで高くなかったのだが。
ミトラたちもその依頼を以前受けたことがあり、場所も知っていたから、特に深く考えることなくこの国唯一のミスリル鉱山がある街へ向かった。
依頼を受けた訳では無いが、本来は有償で駆除を引き受けるのを無償でやるというのを断ることなどはないだろうとその時は思っていたのだ。
しばらく前から魔銀虫の駆除依頼自体が、全く無くなっていたことなど、パーティの誰も知る由もなかった。
☆
「なにぃ? 鉱山にタダで入らせろだと? 馬鹿を言うな。ミスリルは貴重な資源だ。何処の馬の骨かも分からんやつを入れさせるわけないだろう。帰れ帰れ!」
「え? いや。魔銀虫の駆除を引き受けるって話聞いてた?」
てっきり二つ返事で許可が得られると思いながら向かった鉱山の入口で、人の出入りを管理している門番に門前払いを受けてミトラたちは驚きを隠せずにいた。
魔銀虫の駆除は目的の鉱床への深い道を全て踏破しなければならず、それなりに時間がかかる。
駆除自体よりも暗く落盤の危険もある鉱山内を動き回ることの方が大変で、依頼報酬もかなり高額になる。
それを無償でやるのだから、感謝されることはあっても、まさか帰れと言われるとは思ってもみなかったのだ。
「駆除など必要ない! そこにいると邪魔だと言うのが分からんのか? これだから底辺のゴミ共は。大体、そうやって恩着せがましいことを言って、領主様に取り入ろうって魂胆だろうが! さっさと去らないと衛兵を呼ぶぞ!」
「わわ! 冗談! 分かったよ」
一介の冒険者であるミトラは、領主から治安維持の権限を託された衛兵に抗うことなどできない。
力では勝っても、もしそんなことをすればすぐに管理局へ情報が伝わり、冒険者として活動することが出来なくなる。
ミトラは仕方なく、その場を去ろうとして、あることに気付いた。
それは鉱山の入口に向かう年端も行かない少年少女たちだった。
「ねぇ。ちょっと、気になるから少し離れたところで様子を見たいんだけどいいかな?」
ミトラの目的は分からなくても、リーダーであるミトラの行動に異論を唱える者はいない。
全員、ミトラの指示に従い、門番には見えない位置から鉱山の入口を窺った。
しばらく見ていて分かったことは、鉱山で採掘に当たっているのは、ほとんどがやせ細りろくな衣類も身に付けていない少年少女たちだということだった。
その顔に生気はなく、足取りは重い。
まるで死地へ赴くかのように絶望した表情をしていた。
「どういうことだろう? 以前来た時は専門の鉱夫たちが採掘に当たっていたはずだけど」
「そんなことより。さっきから、入っていく人数に対して、出てくる数が少なくないか? 出てこない人たちは何をしてるんだ?」
ミトラが覗いていた鉱山の入口は比較的新しいものらしく、中はまだ深くないのか、見ている間に入った人たちも出てきたのが確認できた。
ところが、気になって何度か様子を見ていても、入った人数に対し、出てくる人数はいつも少ない。
その後しばらく経っても、入ったはずの少年少女のうち、何人もが結局出てくることは無かった。
「どう考えてもおかしい。魔銀虫を駆除しなくていいって言ったり、入ったはずの子が出てこなかったり」
「うん。僕もそう思うよ。それにね。ミトラは気付いていると思うけど、彼らは孤児だと思うよ? じゃなかったらあんな格好してると思えないもの。孤児だとしても酷いけど」
この国に奴隷は存在しない。
少なくともまともな親が居るような子供であれば、あそこまで酷い状態になることはない。
一方、ミトラたちのような孤児はそこを収める領主次第と言える。
そのためミトラは自分の領地を得ることを夢として掲げているのだ。
「けどおかしいだろ? 前来た時の領主の爺さん。孤児には偉く優しい人だったはずだぜ?」
「うん。俺も覚えているよ。俺らが孤児院出身だって知ったら、気をかけてくれたからね」
ジルバの言葉にミトラも頷く。
以前依頼を受けた際にたまたま顔を合わすことが出来た領主は、孤児に好意的な人物で様々な政策を打ち出していた。
ミトラは将来領地を得た時の参考にしようと、しばらくこの地に滞在して色々と学んだのだから間違うはずなどなかった。
「どうもおかしいな。みんなごめん。ククルの剣のこともあるけど、ほっとけない事が起きてる気がする。何が起きてるか、きちんと調べたい」
ミトラの言葉にノーラも含めた全員が頷く。
そうしてミトラたちは鉱山を後にし、この街で何が起こっているのか調べることにした。
調べた結果分かったのは、孤児たちの楽園を築くことを夢見るミトラたちにとって許し難いことだった。
事の発端は前領主の死。
高齢なこともあり、寿命だと言うことで周知されたが、直前まで健康そのものだった領主の死は様々な噂を呼んだ。
ミスリル鉱山から得られた潤沢な資金を元に、孤児だけではなく領民に対しても柔和な対応をしていた領主を恨むものなど多くはない。
そんな領主の突然死は、必然的に恨みよりも利益を得る者に噂の目が向けられた。
そしてそんな利益を享受できるような人物はただ一人、領主の息子で現領主のピエールだけだった。
ピエールは父親の死により伯爵の爵位を引き継ぎ、それに伴いミスリル鉱山の権利を含めた領地と領民を手に入れた。
領主になった途端、ピエールは今まで領民に対する税の引き上げを行い、そして沢山あった孤児院を全て閉鎖した。
ところが奇妙なことに、孤児院に居られなくなった孤児たちをピエールは自分の別宅に全員引き取ると言い出した。
住む場所もその日の糧も失った孤児たちは、救いを求めるようにピエールの指示した建物へ集まった。
「それが、あの鉱山に向かってた子たちってことだね。許せないよ。今の領主は孤児たちを使い捨ての駒みたいに思ってるらしい!」
集まった孤児たちは、仕切りもない大部屋に詰め込まれ、生きるのがやっとの食事を与えられては、過酷な採掘作業に駆り出された。
噂では運悪く死んでも捨て駒、運良く戻ってきた者だけでも十分稼げると、魔銀虫の駆除も止めてしまったのだとか。
ミトラたちは目の前の事実に怒りを覚え、この状況をどうにか変えることができないかとできる限りのことをすることを決めた。
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