第4話【蛇の王バジリスク】
ポポイ村は冒険者都市マーベラスから西に広がるリア大草原を越え、カッカラ砂漠との境目にある小さな村だった。
肥沃とは決して言えない土地で育てた牧草を家畜に与え、細々と日々の生活を過ごす貧しい村だった。
そんなポポイ村から出された魔物討伐依頼は、最近になって家畜が数頭魔物に襲われたので倒して欲しい、というものだった。
魔物の姿を見た者はなく、情報は近くに家畜の身体の一部に似た石が散乱していたということと、奇妙な大きな溝のような跡だけ。
貧しい村にとって家畜はもっと大切な財産んであり、家畜が魔物に襲われるのは死活問題だった。
一方で高額な報酬など用意することなどできる訳もなく、得体の知れない魔物討伐に出した報酬は村人全員から集めた精一杯だった。
「経緯は分かりました。そんな恐ろしい魔物だったとは……」
ポポイ村長のジラルドが神妙な顔付きで重い口を開いた。
この辺りは資源が少ないせいで暮らすのに大変だが、それは魔物にとっても同じで、これまで魔物に襲われるということなく平穏な生活を過ごしていた。
当然村人たちは魔物の知識に乏しい。
村にいる唯一の衛兵も、せいぜい村人たちの小さないさかいを見つけては注意するくらいで、魔物を倒す実力など皆無だった。
「事情は分かりました……しかしワシらは年寄りも多く、他の村や町に居住し新たな生活を持つのは難しいものばかり。若い者には逃げるよう伝えますが、ワシらはこのまま魔物に食われるか、飢えて死ぬかしかありますまい」
「えーと。ちょっと勘違いしているみたいだから、先に言うけどジラルドさんたちが死ぬ必要はないよ」
ミトラから【
そんなジラルドに、ミトラはあっけらかんと答えた。
「失礼ですが、それはどういう意味で?」
「どういう意味も何も。これから俺らが討伐に行くので、もう家畜が襲われることもないし、今まで通りここで生活できるってこと」
訝しげな面持ちで問いかけるジラルドに、ミトラはにこやかにそう返す。
ジルバやセトは特に驚いた様子はなく、唯一ククルだけが驚きを隠せずミトラを凝視していた。
「すいません。話が見えないのですが……ワシらの依頼は管理局から無効とされたはずでは?」
「うん。そうだよ。だからそう説明したよね。依頼は無効。それで、俺らが討伐に行くのは、完全に趣味ってことにしてもらえれば」
「どういうことです?」
「実はね。【
ククルはミトラの説明を頷きながら聞いていた。
冒険者登録を管理局でした時に聞かされる規則の、最も初めに伝えられる内容だ。
だからこそククルは自分のわがままをミトラに伝えるのを
それでも、という理想の間でククルはジレンマに陥り、そのために昨日のミトラの質問にすぐに答えることが出来ずにいたのだ。
「俺らがこのまま依頼を受けちゃうと管理局に怒られて俺らが困る。でも、正当な報酬なんて要求したらジラルドさんが困る。だからね。依頼は無効。俺らは勝手に魔物を倒した、ってことにして欲しいんだ」
「それは……願ったり叶ったりですが、ミトラ様にメリットが一つも無いのでは?」
今度はジラルドの言葉にククルが大きく頷く。
ここに来るまでの出費も驚くほど高くかかっているというのに、無償で依頼を受けると言うのだから理解ができない。
ここまで来れば普通の者なら、ミトラたちがまさにククルの理想とする『損得ではなく弱き者の味方』という結論にたどり着きそうなものだ。
しかし既にククルはミトラの金に対する執着心を知ってしまっているため、その発想に思い至らない。
「うーん。俺らには夢があってね? その夢を達成するための一環、って思ってもらえればいいかな」
「は、はぁ……夢、ですか」
ミトラの夢は生まれや育ちによらず、みんなが幸せに暮らす街を作ることだった。
そのためには莫大な資金が必要になり、取れる所からはきちんと取るというのを変えるつもりはない。
しかし手段が目的を淘汰してはいけない。
金がない、という理由で人の生き死にが決まるのをミトラは嫌という程その目で見てきた。
そうならないための街づくり。
ならば街を作る途中でもそのような人々を見捨ててはいけない。
「ひとまず。待てば待つほど被害も大きくなるだろうから。今から討伐に向かう。管理局には内緒の件、お願いね」
「分かりました。本当にありがとうございます。どうか、お気を付けて」
☆
ポポイ村からすぐ西に広がるカッカラ砂漠を北上したミトラたちは、大きな砂丘を超えた所で目的を見つけた。
魔物
「マジかよ! 一体じゃなく三体なんて。こりゃあ、ちょっと骨が折れるぜ」
「デカすぎる! バジリスクというのはここまで大きい魔物なのか!」
蛇のように鱗に覆われた手足のない身体は、丘から見る限り大人十人分の身長よりも長い。
太さは大木を連想させ、日光によって輝く深緑色の身体を器用にくねらせながら、広大な砂漠を我が物顔で縦横無尽に動き回っている。
その巨体が既に驚異であるが、更に恐ろしさを与えているのはバジリスクが吐く石化ガスだった。
触れると徐々に身体が石へと変わり、やがて死に至る。
石になった哀れな獲物を貪り食う、まさに蛇の王と呼ぶに相応しい魔物だ。
そんな魔物が三体、ミトラの前に居るのだ。
ジルバが弱音を吐きたくなるのも無理はないことだった。
「これは想定外だね」
「複数いると言っていなかったか?」
嘆息するミトラにククルが問いかける。
「うん。情報では二つの幅の違う跡があったって聞いたから。てっきり二体かと思ってたんだよ。まさか子持ちの
バジリスクにも雌雄がありオスはメスに比べ、体格が大きい。
そして運悪く子供の性別はオスで、ちょうど成体であるメスと同じくらいの大きさだった。
「難しいのか?」
珍しく険しい顔を見せるミトラにククルは不安を感じた。
噂でしか聞いたことがないが、実物を前にして途方もない巨体が恐怖心を煽る。
「うーん。ちょっと厳しいかもね。ククル一人で三体相手はまだ難しいでしょ?」
「やってみないと……と言いたいところだが、正直どうすればいいか分からん。バジリスクたちはまだ気付いていない。正式な依頼なわけでもないんだ。引いたらどうだ?」
自分の中に湧き出る恐怖心に抗いきれず、ククルは消極策を提案する。
ミトラがこの依頼を受けた理由は未だにはっきりしないが、無謀なことはしないだろうというのがククルの評価だった。
「うん。それはないかな。言っただろう? 待てば待つほど被害が増えるって。それに子供のバジリスクが育ってしまえば余計に討伐が大変になる。討つなら今しかない」
「だが、さっき難しいと」
「だからこうしよう。メスと子供の二体をククルたちが。残り一体のオスは俺がその間引きつけよう」
「なんだと!?」
ククルは抗議の声を上げたが、ジルバとセトはミトラの提案に頷く。
ミトラは事前に効果時間を伸ばした補助魔法を全員にかけた。
「待って、ミトラ。僕も今かけるから」
そういうとセトは詠唱を始めた。
それを見てククルは首を傾げる。
神官が使う神聖魔法、治癒や状態異常回復などパーティの延命のためには優秀な魔法ばかりだが、そのほとんどが事後にかけるものだったからだ。
傷を治す、状態異常を除くなど、どちらも起きる前にかけても意味が無い。
「【
セトが魔法を唱えると、パーティたちを淡い光が包み込む。
ミトラが放つ補助魔法の光ともまた違った、神々しさを感じさせる暖かい光だ。
「よーし、これで準備はバッチリだな! ククル。気合い入れろよ!」
「あ、ああ。だが、この光は?」
「それはセトのスキル【継続効果】を使った治癒魔法と状態異常回復魔法だよ。驚いたろ?」
「なに!? そんなことが可能なのか?」
セトに与えられた特権とも言えるスキル【継続効果】は、その名の通り魔法の効果を継続させる。
それもミトラによって見出された才能だったが、セトは見事にものにした。
ミトラとジルバが冒険者として登録できる年齢に達するまでの三年間、セトは神聖魔法を身に付けるために信徒として修業に勤しんだ。
その際に他の信徒から呼ばれたあだ名は【神の子】である。
「さて。それじゃあ、俺が一体引き受けるから。後は頼んだよ!」
「え!? 本当に大丈夫なのか!」
ククルの叫びも待たずに、ミトラは掛け出すと懐から銅貨を一つ取り出し、オスの成体に
直線上を飛来する銅貨は、吸い込まれるようにバジリスクの眼球を殴打する。
痛みに怒りを感じたオスのバジリスクは、特徴の一つであるトサカを真っ赤に染め、原因となったミトラにその巨体を向ける。
すかさず反対側の回ったジルバが【ウォークライ】を使い、残りの二体の注意を引きつける。
オスは怒りによりジルバではなくミトラに狙いを定めている。
こうして、ミトラの狙い通り三体のバジリスクを分断することに成功した。
「ククル! 石化ガスに気をつけろ! 攻撃するなら吐き出した直後だ!!」
「分かった!」
ジルバはバジリスクの注意を極限まで引き付け、子供の体当たりを受け止める。
まさか獲物としか思っていなかった小さな生き物が、渾身の体当たりを受けビクともしないどころか、あまつさえ弾き返すとは思いも寄らなかったのだろう。
子供も、まだ未発達のトサカを逆立て、威嚇の咆哮を発した。
盾士と言っても普通は武器を持ち、攻撃を受け止めながら自身も戦うの一般的だった。
しかしジルバはミトラの要求通り、攻撃を一切捨て、防御することに特化した。
【硬化】や【重化】など、とにかく攻撃を受けきるためのスキルを、そして能力を鍛えた。
その結果、その堅牢さから見た者に【動く城壁】と呼称されるほどになっていた。
実際にはバジリスクの体当たりを受ければ城壁ですらタダでは済まないので、それ以上の性能を持っていると言える。
『キシャアアアアァァァァァ!!』
自慢の子供の攻撃が不発に終わり怒りを覚えたのか、メスは甲高い鳴き声を上げながら灰紫色のガスを吐き出す。
ジルバは素早くその場から退くが、予想よりも範囲が広く一部を身体に触れてしまった。
「ジルバ!!」
「大丈夫だ! それより今だぞ!」
石化ガスに触れたジルバの身を案ずるククルに、ジルバは逆に好機を告げる。
ガスに触れた身体は石に変わっていくが、セトの魔法の効果でその場で回復していく。
ククルは目線だけでジルバに意志を伝えると、高くもたげたバジリスクの頭部目掛けて跳躍した。
既にククルも前衛に相応しいだけの身体能力を会得していた。
もう誰も彼女がひ弱な魔術師だったと思うものはいないだろう。
更にミトラの強化魔法によって飛躍的に向上した身体は、自分の頭上を超える高さにあるバジリスクの頭へとたどり着く。
「デカくでも所詮蛇だ! これでも食らって一生冬眠してろ!!」
ククルは戦闘が始まってから練り上げた魔力を極寒の冷気へと変え、手に持つ愛用の剣に流し込む。
冷やされた周囲の水分すら取り込み、透き通る曇りひとつ無い巨大な魔法の氷の刃が創り出される。
それをガスを吐き切り、息を吸い込もうと動きを固めるバジリスクの脳天めがけ振り下ろす。
凄まじい切れ味を見せる氷の刃は、堅牢なバジリスクの鱗をものともせず、一撃で身体の中心付近まで両断する。
既に致命傷を与えたククルの剣撃は、さらにその切り口から全身に伝わる魔力の波動により、その巨体の中ほどまでを凍り付かせた。
親を殺された子供は怒り狂いながら、攻撃を放つが、物理的な攻撃はジルバに防がれ、頼みの石化ガスもセトの魔法の効果で無力化された。
そして、すぐに自分も親と同じ運命をたどり、砂漠の中の巨大な氷像と化した。
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