第3話【銀の魔眼、金の剣姫】

 グール討伐依頼を達成した次の日から、ミトラはククルの成長に合わせるように徐々に難易度の高い依頼を選んでは無事に達成していった。

 ククルの【魔剣】の威力は凄まじく、また多種多様だった。


 しかしそれにも増して目を見張ったのはやはり剣士としての才能だ。

 ミスリル製の剣をまるで自分の手足のように振るう姿は、とても最近になって剣を扱い始めたようには見えない。


 決して膂力などは強くないが、どう動かせば適切な剣撃を放つことができるか、ククルは直感で分かるのだとはにかんだ。

 本人曰く『魔力操作と同じ。身体に繋がってさえいれば、目を瞑ってもどこにどれだけ力を入れれば良いのか分かる』のだとか。


 更に戦闘中にミトラがかけてくれる補助魔法がククルの成長に大きく助力した。

 補助魔法により向上した身体能力で、自分の思った以上の動きが実体験として経験できる。


 その感覚を忘れる前に、今度は補助魔法を借りずにその動きを再現しようと試みる。

 明確なイメージができているおかげで、この上達法によりククルは急速に技術も肉体も向上させた。


 こうしてミトラたちは、既に以前居た前衛ルーシェを遥かに上回る実力を持つ剣士を手に入れたのだった。



「みんなに大事な話がある」


 ミトラがそう切り出したのは、ある暑い晴れた日のことだった。

 その日は、ミトラの指示で依頼は受けず、午前はそれぞれ好きに過ごした。


 昼食時には集まるように事前に言われていたため、一同は行きつけの食堂【オークのまんぷく亭】に居た。

 いつものように注文した後、料理が運ばれるのも待たずにミトラは口火を切っt


「おい。大事な話の前に。なんだよこの長い銀髪? 自由時間って、ミトラはいつの間に女なんか作ったんだ?」


 ジルバがミトラの背中に銀色の髪の毛が付いているのを見つけ茶化す。

 ミトラは一瞬ぎょっとしたが、平然を装い素早くジルバの指から銀髪を奪い取ると丸めて捨てた。


「それで大事な話ってなんなの?」


 セトが心配そうな顔しながら聞く。


「うん。実は昨日ようやくまとまった金が手に入ってね。目標だったクラン設立の資金が貯まったんだ」

「マジかよ!?」


 驚きと喜びのあまりジルバは席を立つ。

 勢いがつき過ぎて、座っていた椅子が大きな音を立てて倒れ、後ろの席にいた他の冒険者たちが悪態をつく。


「まとまったお金ってどうしたの? 僕、そんな依頼受けた記憶ないし。まさかとは思うけど、変なお金じゃないよね?」


 セトが珍しく険しい視線をミトラに投げた。

 ミトラとジルバよりセトは三つ年上で、普段はのほほんとしているが、孤児院の頃から本気になった彼に二人は頭が上がらない。


 しかしその視線に晒されてもミトラは慌てることなく答えた。

 もしやましい事があれば、セトの前でそんな態度を取れないことを知っているため、セトはひとまず安心した。


「心配しないで。ちょっと人にお金を返してもらっただけだから。少しだけ利息をつけてね」


 そのミトラの言葉にセトはどういうことか理解し、ジルバとククルはなんのことか分からず首を傾げた。


「とにかく。これで俺らも念願のクランが創れるのか!?」

「残念ながら、そうならないから話をする必要があるんだ」


 身体の前で握りこぶしを作り喜ぶジルバに、ミトラは少し困った顔で否定する。

 てっきり大事な話とはクラン設立の資金が貯まったことだとばかり思っていた三人は、先の展開が読めずにミトラの次の話を静かに待った。


「知っての通りクラン設立には資金と、それと実績が必要なんだけど。資金は貯まった。問題は実績の方なんだよ」

「それはおかしな話だな。私もこのパーティ【銀の宿り木】が若手のホープだと言われていることは、入る前から知っている。むしろ実績なら十分すぎる程じゃないのか?」


 今まで黙っていたククルが口を開く。

 四人の中では新参者のククルが言う通り、ミトラが十五歳になって冒険者になってからの三年間、ルーキーらしからぬ堅実さで数々の依頼を達成してきた。


 おそらくこの冒険者都市マーベラスでは、【銀の宿り木】を知らない冒険者の方が少ないだろう。

 そのくらいに有名なのだから、実績としては十分だと言うのはジルバもセトも同意見だった。


「俺もそう思ってたんだけどね。管理局にはどうやらそうは見えてなかったらしい」

「どういうことだ?」


「ルーシェがパーティを抜けただろ? メンバーが変わってパーティの実績は振り出しに戻されたんだって。彼らの目にはルーシェあっての功績だってことらしいよ」

「なんだって!?」


 ジルバが机に両手を叩きつけ再び立ち上がる。

 先ほどよりも大きな音を立てて椅子が倒れた。


 後ろの冒険者たちが立ち上がり、ジルバに食ってかかろうと身を乗り出す。

 しかしそれを察したのか、この店の看板娘であるナターシャが料理を両手に間に入る。


「ちょっとごめんよ! はい、お待ちどう。ごゆっくり!」


 上半身の前方と下半身の後方に突き出たふくよかな膨らみに、先ほどの気勢も忘れて冒険者たちは鼻の下を伸ばす。

 伸ばしていたのは冒険者たちだけでなくジルバもだったが。


「ありがとう。ナターシャ。助かったよ」

「なんのことだい? お礼を言うくらいならもっと頼みな! あんたら若いんだから!」


 そう言いながらナターシャは呼ばれた別のテーブルへ注文を取りに向かった。


「えーと、料理が来ちゃったから手短に。大事な話ってのは、ククルについてなんだ」

「私? 私がどうかしたのか?」


 話の中心人物だと名前を挙げられ、ククルは驚きながら他の三人の顔を見比べた。

 しかしミトラ以外は分かっていな様子だ。


「パーティが変わると実績がチャラにされるってのは、俺も知らなかった。迂闊だったよ。そんなことならルーシェの脱退なんてあの時認めなかった」

「うん。ルーシェが借金を作ってなかったら、もうすぐ資金も貯まりそうだったもんね」


 セトが相槌を打つ。


「それでね。俺たちはもう少し実績を作っていかなければいけない。しかし、そんなに難しいとも時間がかかるとも思っていない」

「そうだな。ククルの成長はいくらミトラのお墨付きでも目を見張るものがある」


 今度はジルバが同意の声を上げた。


「懸念点は、ククルが途中でしないか、ってことなんだ。正直、これ以上余計な時間を使いたくない。今後も一緒のパーティを続けてくれる気があるのか聞きたいんだけど」

「私は……」


 ミトラの【魔眼】は人の才能や能力を余すことなく観察できる。

 しかしその人物の心までは読み取れない。


 すんなりミトラの要求に応じて加入してくれたククルのことを嬉しく思いながらも、いつかルーシェと同じように袂を分かたれるのではないかと不安にかられていた。

 ミトラはククルの次の言葉を瞬きもせずに待った。


「私は、三人には感謝している。あそこでミトラに声をかけてもらえなければ、今の私は居ないだろう。それ以前にあの場でグールに食い殺されていたかもしれない」


 ククルの言葉を聞き漏らさぬよう、三人はじっとククルを見つめている。

 その視線に耐えながら、ククルは本心を切り出す。


「しかし、一つだけ気になってる部分があるんだ。どうだろう。次の依頼達成まで返事を待ってくれないか? そこで結論を出したい」

「うん。分かったよ。無理に居てくれ、というつもりは無いんだ」


 明らかに迷いがあるククルの反応に、ミトラは少し寂しそうな顔をして答えた。


「さ。話はこれでお終い。冷めちゃう前に食べようか!」

「あ、ああ。そうだな! それがいい! いただきまーす。おお。この肉うめぇ!」


 辛気臭さを無くすためにミトラは務めて明るい声を出す。

 それに呼応するようにジルバが大袈裟に目の前の料理を頬張り始めた。


 ククルは自分の恩知らずな発言に俯きながら、もそもそと料理を口に運んだ。

 その様子をセトはじっと見つめていた。



「ちょっといいかな?」

「セトか? どうしたんだ? ああ。昼のことだな。いいぞ。入ってくれ」


 夜になり、寝室で寝る支度をそろそろしようと思っていたククルの元に、セトが尋ねてきた。

 他の三人がどうかは知らないが、ククルの元に誰かが訪れるのは初めてのことだった。


「ごめんね。こんな時間に。察しがついてるみたいだから真っ直ぐ聞くけど、何が不満なのかな?」

「それは……」


 聞かれたククルは答えに詰まる。

 ククルの考えは、恐らく多くの冒険者に認められないものだと分かっているからだった。


「ミトラは……その、金が好きなんだな」

「え? ああ。うん。そうだね。大が付くくらい好きだよ」


「ああ。それが当たり前。分かってるんだが……」

「ミトラのお金好きが何か問題なの?」


 これまで一緒に依頼を達成してきて、ククルが唯一不安に感じたのはミトラの金に対する執着心の強さだった。

 入ったばかりのククルに高額な装備をすぐに用意してくれたことから、単に貯めるのが好きだというわけでないのは理解していた。


 しかし依頼達成後、資金が厳しいと支払いの減額を求める依頼主の声を何度も聞いた。

 ミトラはそれに一度も応じることなく、それでも渋る依頼主には管理局に報告すると切り捨てた。


 冒険者としてはミトラが正しい、というのはククルも分かっている。

 命をかけて魔物と戦う以上、それに見合った報酬を要求するのが正当だ。


 一方でククルは小さい頃に父親が読み聞かせてくれた、物語に登場する英雄に憧れを抱いていた。

 彼らは損得ではなく弱き者の味方だった。


 そんな冒険者に自分もなりたい。

 他人に求める訳にはいかないが、それは秘められた実力に気付いてしまったククルの本心だった。


「いや。なんでもないんだ。すまない。今日はもう寝る」

「分かったよ。ごめんね。おやすみなさい」



 翌朝、依頼を取りに行ったミトラが三人に急を告げた。


「これからすぐに目的地へ向かう! 説明は後、移動中にするから出発しよう!」


 四人は目的地であるポポイ村へ急いだ。

 ポポイ村までは冒険者都市マーベラスから歩いて一週間かかるが、ミトラは迷わず移動の手段に最速の天馬を選んだ。


 空を高速で移動する羽の生えた巨大な馬である天馬は、一人100万イェンもかかる最高級の乗り物だった。

 金の管理や使い道についてはミトラが一任しているため、三人は驚きつつも初めて経験する天馬に飛び乗った。


「こんなに金をかけるということは余程の大物か?」

「うん。バジリスク討伐の依頼だよ。しかもおそらく複数の」


 それを聞いてククルの頭には疑問が生じた。

 確かにバジリスクは石化のガスを吐く強敵で、依頼額もそれなりだが、天馬四人分を引いたら出費の方が明らかに大きい。


「それで……ちなみに報酬がいくらなんだ?」

「そんなの気にするなんて珍しいね? この依頼の報酬はないよ。【無効依頼インバリード】なんだ」


「なんだって!?」


 ククルは驚きのあまり危うく天馬から落ちそうになる。

 慌てて体勢を戻し矢継ぎ早に質問を投げる。


「こんな天馬に金を使って向かう先の依頼が【無効依頼インバリード】だと!? 正気か? お前は金が好きなんじゃなかったのか!?」

「え? どうしたの急に。そりゃ、お金は好きだし大事だけどさ。それとこれとは別の話でしょ?」


 ククルの剣幕に驚き目を丸くするミトラを、ククルは驚きの表情で見つめる。

 【無効依頼インバリード】というのは、依頼の要求に対して報酬が見合っていない依頼を指す。


 管理局も慈善事業では無いため、このような依頼は差し戻し、もしくは廃棄する。

 依頼を探しに行ったミトラがたまたまそれを見つけ、管理局が渋る中、無理やり受注したのだった。


 正当な報酬は見込めない上に管理局からの印象も悪くなる。

 受けるメリットなど普通に考えれば何も無い。


「だって、これ俺らが受けなかったら村が全滅しちゃうよ? そんなのほっとけないよね?」


 驚いたままのククルに、ミトラは笑顔でそう答えた。

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