第2話【才能の開花】

 ククルと出会った次の日の朝、ミトラは一人で馴染みの武器屋へ向かった。

 魔術師を剣士としてパーティに迎えるという異常事態も、意外なほどすんなりいった。


『ククル。これを言ったら気分を悪くするかもしれないけれど。君、後衛の魔術師向いてないと思うよ』


 ミトラが言った言葉にククルは心当たりがあるようで、その後いくつかの言葉のやり取りで渋々ながら剣士として頑張ってみることを承諾した。

 ククルには夢があり、ミトラたちの夢を一緒に叶えることが、結果的にククルの夢に繋がると判断したためだ。


「さてと、彼女に合った剣を探さないとね」


 そう言いながらミトラは武器屋のドアを開け中に入った。


「らっしゃい! お、なんだ。坊主か。久々だな!」

「やぁ。ザイツ。今日はちょっと大きな買い物をしに来たんだ」


 店の店主ザイツはその言葉を聞き眉をはね上げる。

 そして嬉しそうな顔をして、両手を広げて歓迎の仕草を見せる。


「やっと坊主もきちんと武器を持つ気になったか!? どれがいい? どれも自慢の武器ばかりだ!」

「あはは。ごめんよ。残念だけど俺のじゃないんだ。新しく剣士を入れてね。女性でも扱いやすい剣が欲しいんだ」


「なんだ。お前じゃないのか。それで、他にも要求があるんだろう?」

「さすがザイツ。話が早い。一番重要なのは魔力親和性の高い素材で作られてること。それと耐久度が高いことだ」


 ミトラの要求にザイツは店の中の商品からめぼしいものを選び出す。

 やがて棚の上に置かれたのはミスリルで作られたショートソードだった。


 特徴的なのは、柄の部分まで総ミスリル製だということだ。

 それを見たミトラは満足そうに頷く。


「うん。これをもらおう」

「毎度あり! またいつでも来いよ!」



「という訳で、はい。これ」

「いやいや。という訳、だけではなんにも分からん! これは見るからに高そうだが……」


 武器屋から戻ると、ミトラは早速手に入れたミスリルのショートソードをククルに渡す。

 ミトラが出かけている間に、セトに頼んで防具も見繕ってもらっていたので、剣を持つと見た目だけは立派な剣士だ。


 出会った時とは違い、金属製の胸当て、肘と脛を覆う篭手とすね当てを身に付けている。

 全体的な防御よりも、要所は守りつつ動きを優先しろとミトラに言われた結果だ。


「ところでなんでククルと一緒に防具を買いに行くのが、俺じゃなくてセトだったんだよ。前衛だったら俺だろうがっ」

「うん。そういうこと言うから。その点セトは安心だもん」


 ミトラに指摘され、ジルバは身を引いて絶句する。

 言われるまでもなく下心があったのだから恥ずかしい。


 その様子を見てセトはくすくすと笑い、ククルもつられて笑みを浮かべた。


「それじゃあ、ククル。ちょっとその剣振ってみてくれる?」

「あ、ああ……分かった。なるほど。こうやって握るんだな。こうか?」


 ミトラは基本的な動作をククルに実演しながら説明し、ククルに剣を持たせる。

 見よう見まねでククルは受け取った剣を持つと真っ直ぐに振り下ろす。


 ククルに渡されたミスリル製の剣は、上手く重心が取られていて、非力なククルでも揺らぐことなく綺麗な軌道を描く。

 初めて振った剣の動きを見て、ククルはえも言われぬ高揚感を感じていた。


「自分の思い通りに動かせるというのはやはりいいな! 父と同じ、魔術師を目指していた自分が言うのも何だが、どうも身体から離れたものの扱いが苦手で……」

「うん。思った以上にさまになってるよ。それならすぐに実践でも問題ないんじゃないかな」


 ククルは魔術師団の師団長を務めるほどの実力を持った父親ガークの素質を引き継ぎ、多彩な魔力を扱う才があった。

 父親はククルが自分の以上の魔術師になるようにと、厳しすぎる英才教育を施した。


 ククルも父親に何とか認められようと必死で拷問にも近い日々の訓練をこなした。

 結果、類まれな魔力量と多彩な種々の魔法を会得したが、残念なことに射出などの命中や操作が苦手だった。


「父からも私は魔術師には向いていない、と言われてしまったしな……」


 一向に改善を見せないククルの命中率に、やがてガークは失望をありありと見せた。

 その頃には既に大きなコンプレックスを抱えていたククルは、家を飛び出してしまったのだ。


 何とか父に認められたい、それと同時に見返してやりたいといった複雑な感情を抱え、ククルが門を叩いたのは冒険者管理局だった。

 それからは自分の唯一の才能と信じた魔術師として成功を収めようとしたが、上手くいかない。


 後衛から魔物に向け攻撃魔法を放つのだが、狙いが悪く下手をすると味方の前衛に当たった。

 そのため入ったパーティから『味方殺し』などと揶揄やゆされ、やがてククルをパーティに誘う者は居なくなった。


(しかし本当に、私が剣士などで大丈夫なのか? 私を必要としてくれ、パーティに誘ってくれたのはありがたいが……)


 そんなククルには拭い切れない疑念がある。

 ミトラはパーティで実績と金を貯め、やがてはクランを設立するとククルに言った。


 それだけでも十分大それた夢だが、ミトラの夢はその先、領地を得る、という所にあると聞き心底驚いた。

 確かに優秀な、吟遊詩人に歌われるような冒険者は地位も名誉も限りがない。


 昔話では西方にあるグリニア王国の現国王の祖先は英雄と歌われた冒険者だったらしい。

 しかし、それならばなおのことククルを、なぜ剣を振ったことすらない自分をパーティに誘うのか理解出来なかった。


「えーと。ここから先は悪いけど、実際の敵で訓練してもらおうと思うんだけど、いいかな? 実はちょっと訳ありで早急にまとまった金が必要なんだ」

「今からすぐにか? 申し訳ないが、このくらいの練習では全く使い物にならないと思うが……」


「大丈夫、大丈夫。心配しないで。じゃあ、早速。昨日のリベンジに行こうか! まだ依頼達成してないでしょ?」

「依頼……ということはグールか? あ、ああ。そうだな。あいつらならセトの昇華魔法で倒せるだろうし」


「いや? 今回は全部ククルに倒してもらうつもりだよ」

「な、なんだと!?」


 ジルバを相手に何度か切りつけたり避けたりの練習をした後、ミトラはとんでもないことを言い出した。

 ミトラが魔眼で確認した通り、ククルは剣を扱う才能に優れていた。


 飲み込みも上達も早く、既に相手を切りつけることに関してはそれなりの技量を見せていた。

 しかし逆に言うとまだそれだけで、以前居た前衛ルーシェに比べると一つどころかいくつも足りないものがあった。


「ねぇ、ミトラ。僕はミトラを疑うつもりはないんだけど、ほんとに大丈夫? ククルは力もまだないし、いくらミスリルが不死系に効果的だって言っても……」

「大丈夫だよ。セト。確かにククルは筋力は並だからね。でも彼女にはそんな些細なことなんか気にならないがあるからね。きっと見た事もない凄いものが見れると思うよ」


 セトはそれを聞き安心をした顔を見せる。

 今までミトラが何かある、と言ったことは全てその通りになったからだ。



「着いたよ。それじゃあ、ジルバ。【ウォークライ】を頼むよ。俺らはいいけど、ククルにはグールを近付けさせないでね」

「ああ! 任せとけ! 【ゥオォォォォォォ】!!」


 目的の廃村に到着すると、ジルバはミトラの指示に従い雄叫びを上げた。

 これは魔物を錯乱状態にし、雄叫びを上げた対象に攻撃の目を向けさせるスキルだ。


 廃村の外で叫んだたため、廃村の中からぞろぞろとグールたちが出てくる。

 二十体はいるかと思われるグールたちは、他の三人には目もくれずジルバを目指す。


「よし。じゃあククルは試しにあの一体を倒してきて」

「え? 私一人でか?」


「うん。大丈夫。今はジルバにしか意識が向いていないから」

「なぁ。やっぱり私一人じゃさすがにまだ無理なんじゃないか……?」


 もともとグールのようなアンデット相手では、物理的な攻撃は効果が薄い。

 剣だけで、ましてや実戦が初めてのククルが不安がるのも無理がないことだった。


 しかしミトラは目を銀色に輝かせ、期待のこもった視線をククルに向ける。


「うん。そのままじゃダメだよ。だからね。この前使った【火球ファイアボール】を……」

「そんなことがっ!?」


 一般的に認知されている主な魔法は、ミトラの使う補助魔法やセトの使う神聖魔法のように人や魔物に直接かけて効果を与えるもの。

 もしくはククルが使う攻撃魔法のように、魔力によって具現化させた事象で魔物を攻撃するものだけだった。


 そしてミトラがククルに言ったのは、攻撃魔法をという常識を覆すものだった。

 ミトラの指示を改めて聞き、ククルは目を丸くする。


 確かに理論上は可能だし、この武器そしてククルなら間違いなく出来るだろう。

 逆に言うとククルのように、幼少から魔法と慣れ親しんでいる者でなければ難しいとも言えた。


 しかし手に持つ武器に魔法を使うのだから、ククルの命中力の低さは全く問題にならない。

 そして魔力親和性の高い金属であるミスリルは、余すことなく魔法の効果を切りつけた相手に伝えるだろう。


「うん。それにこれなら誤爆の危険もないから、思う存分ありったけの魔力を込めれるでしょ? じゃあ、頑張ってね」

「ああ。やってみせるさ!」


 まるで知り合いが買い物に出かけるのを送り出すかのように、にこやかに手を振るミトラ。

 先ほどの不安が嘘のように、決心した顔つきのククルは一度だけ頷き、グールに向かって走っていく。


 目指すグールはジルバの【ウォークライ】の効果で、近付くククルに気付いていない。

 ククルは剣を振り上げ叫ぶ!


「うおおぉ! 【ファイア……ソード】ォォ!!」


 ククルの魔力によって形成された炎は手先から柄を伝わり刃先へと流れる。

 真っ赤に燃える炎を纏った剣で目の前のグールを一閃!


 魔法の炎により腐った肉体を焦がしながら、まるで抵抗なく両断される。

 更に切り口を通じて流れた炎は、グールを燃やし尽くした。


「すごいっ! これなら私でも!」


 自分が成し遂げたことに驚きを隠せず、嬉々とした顔をククルは見せる。

 それを見てミトラも満足そうな顔を、隣で驚いて口が塞がらないセトに見せた。


 後にミトラたちのパーティ【銀の宿り木】にこの人ありと歌われる、【魔法剣姫】ククル誕生の瞬間である。

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