第5話【ミトラの実力】

 ククルたちが無事に討伐を成功させホッとしたのもつかの間。

 視線を変えると、かなり離れたところでミトラはまだオスのバジリスクと戦闘を続けていた。


「間に合った! 急いでミトラの救援に行かないと!」


 慌ててククルは駆け出そうとするが、ジルバとセトは何故か動こうとしない。

 それどころかまるで依頼達成後の食堂にいるかのような気楽な感じで、互いに雑談を繰り広げていた。


「それにしてもこうやってじっくり見れるのも久しぶりじゃないか? 決め手が何か当てようぜ」

「うん。いいよ。そうだなぁ。僕はやっぱり魔法だと思うな」


「それじゃあ在り来りだろ? あの杖相当気に入ってるみたいだし、あの杖で殴り殺すんじゃないか?」

「えー。そんなことするかなー。いくらミトラでも……やりかねないね」


「おい! 何をのんきに話してるんだ! ミトラを助けに行かないのか!?」


 ククルは危険を冒してまで、一体の注意を引きつけてくれた仲間の元へ駆けつけようとしない二人に、苛立ちを顕にした。


「あ、そうか。えーっとね。ミトラのことなら心配いらないよ。だってミトラは……」

「なんだ? あれは……?」


 セトの言葉を全て聞く前に、ククルは目の前で繰り広げられる現実に驚愕し声を漏らした。

 よく見れば既にバジリスクは虫の息、両目は潰れ身体の至る所が欠損していた。


 痛々しくも見えるバジリスクに全ての傷を与えたのは、他ならぬミトラだった。

 手に持つ鈍鉛色の杖が輝きを放つと、その度にバジリスクの身体の一部が削り取られていく。


「あれは……【烈風爆ストームボム】か!?」


 圧縮させた空気を破裂させ、対象を破壊する風属性上位の魔法だ。

 ククルも放つことは出来るが、発生させる狙いが定まらず危なくて使いもののならない。


 ミトラは付与術師で、攻撃魔法など使えないはずでは。

 そう思った瞬間、ミトラも他の二人も一度もそんなことは言っていないことに気付いた。


「馬鹿なっ! なぜ付与術師があんな攻撃を受けきれる!?」


 視界を失ったバジリスクは、当たるを幸いにその巨体を振り回していた。

 基本的には当たらぬよう、ミトラはそれを避けていたのだが、運悪く避けるのが困難な位置から一撃が訪れた。


 しかしミトラは焦ることなく片手で持っていた杖を両手で両端を掴むように持ち、迫り来るバジリスクの身体の方に掲げた。

 衝撃で身体が弾かれたものの、それ以外に目立った損傷はなく、再びミトラは攻撃へと転じた。


「私は……私は、何を見ているんだ? 一人でバジリスクを圧倒するだと? そんなことが……」


 やがてミトラの攻撃に体力を削がれ過ぎたのか、バジリスクは力なく頭を地面へと下ろし始めた。

 そこを見計らったかのように、ミトラは地面を蹴り中空へと躍り出た。


 先ほどのククルの見せた跳躍に比べれば劣るが、ミトラはバジリスクの頭上目掛けて淡い光を放つ杖を振り下ろした。

 激しい打撃音が響き渡り、とうとうバジリスクはその巨体を地面に投げた。


 打ち付けられた後の頭頂部は大きく陥没し、まるで巨大な岩でも上空から落ちてきたような有様だった。

 倒しきったことを確認したミトラは、一息つくと三人の視線に気付き、嬉しそうな笑みを満面に浮かべ大きく手を振った。



 一方その頃、ミトラたちがバジリスクと戦っていたポポイ村から北上しオーミット山を越えた所にある辺境都市ガーミラにルーシェとその仲間たちは居た。

 辺境と言ってもカッカラ砂漠以西は未開の地。


 この都市の領主が国への侵攻を防いでいるのは他国家ではなく、魔物だった。

 ポポイ村とは異なり、オーミット山と、更に北にそびえ立つ山脈ナーキストから注がれる川によってこの辺りは肥沃な大地が広がっている。


 渇いた砂漠のから実り多き領地目指して、魔物が襲ってくるのもおかしなことではなかった。

 もちろん辺境都市ガーミラには、正規軍が常駐し日々魔物から領地を守っている。


 ところが最近魔物の動きが活発で手が足りず、頻繁に管理局を通して冒険者に依頼を出さねばならない状況だった。

 今回も一体のバジリスクが出現が確認されたが、場所がまだ遠くにあるため、依頼を出しそれをルーシェが受けたのだ。


「いいか、お前ら。ようやくましな魔物が相手の依頼だ。気合い入れてやれよ。まぁ、俺にかかればバジリスクなど一撃だがな」

「はい! ルーシュさんの活躍、期待しています!!」


 ルーシェが新しく選んだパーティのメンバーは、盾剣士と弓士と攻撃魔術師の三人だった。

 三人とも他のパーティメンバーのせいで成果が思うように上がらず、冒険者として実績を稼げずにいた所をルーシェの話を聞いて鞍替えした面々だ。


 パーティ結成後すぐに以前のような大物討伐依頼を受けようとしたが、三人の実績が足らずに今まで足踏みしていた。

 ルーシェはその事に舌打ちをしながらも、徐々に難易度を上げていき、ギリギリではあるものの今回も依頼受けることができたのだ。


 実を言うと、まだ実績は足りていない。

 領主から緊急である旨と、できるなら直前の討伐者であるルーシェに頼みたいという名指しがあったからこその実現だった。


 領主はルーシェがすでに以前のパーティを脱退していたことなど知らなかった。

 これが不幸の始まりとも言える。


「それでは、この前みたいに頼むよ! 通常なら数日かかることもあるバジリスクの討伐を、頼んだその日に達成した君の実力に期待しているよ!」

「はい! お任せ下さい! 俺が来たからには、もう大丈夫です!」


 辺境の領主である伯爵ガーミラ侯は、実際は一つ上の権限まで持つ、平民からすれば天上人だ。

 そんなガーミラ侯に期待を寄せられるルーシェの姿を見て、新しい仲間たちも胸が高鳴るのを感じた。



「それじゃあ、さっさと目的の場所に行くぞ。今日中に討伐。俺は以前、この街に到着したその日に報告まで済ました。今日は朝から出発だ。難しいことは無い」

「分かりました……が。バジリスクの吐く石化ガスの対策はどうすれば?」


「そんなもんは避けりゃあいいんだよ。多少受けてもすぐに石化することなどない!」

「え!? はぁ……ルーシェさんがそう言うなら。頑張ります」


 ルーシェが以前避けられたのはミトラの補助魔法で身体能力が向上していためで、ガスに触れても大丈夫だったのはセトの魔法のおかげだった。

 しかし、いつからか全て自分の実力と勘違いし、仲間の言うことを全く聞かなくなったルーシェには知るよしもなかった。


 そして不幸なことに以前のパーティ時代の実績で圧倒的に勝るルーシェに、反論する者は誰も居なかった。

 やがて一行は目的地にたどり着き、そして一体のバジリスクを見つけた。


 唯一パーティにとって幸いなことは、このバジリスクが産まれたばかりのメスの幼体だったことだろう。

 体長はまだ大人五人分程で、胴回りもミトラの倒したオスの成体に比べれば半分以下だった。


「でかい! こんなでかい魔物を倒したなんて! ルーシェさんはやっぱりすごいです!!」

「まぁ、お前らもやがて今の俺くらいにはなれるさ。その頃には俺は更に高みへと登ってるがな」


 そう言うとルーシェは味方に合図もせずに一人駆けだしていった。

 これは【銀の宿り木】の頃に再三注意された癖だが、一向に改善しないのでミトラたち三人は仕方なくそれに合わせていた。


「ったく。変な女のせいで馬鹿みたいな額の借金を肩代わりさせられたからな。さっさとまとまった金を作らねぇと。あの銀髪銀眼の女! 今度会ったらタダじゃ済まさん!」


 最近声をかけた長い銀髪の少女に、気が付けば1500万イェンもの借金を肩代わりさせられていた。

 しかもそれは公的な証書で、管理局経由で報酬から天引きされるため踏み倒すことも出来なかった。


 まるで目の前の魔物で鬱憤うっぷんを晴らすかのように、剣を乱暴に振るう。

 しかしその剣撃がバジリスクの鱗に到達する前に、尾のなぎ払いを横からまともにくらい吹っ飛んでいく。


「え!?」


 驚いたのは仲間の三人だった。

 ルーシェから散々過去の自慢話を聞かされ続けた三人は、まさか無謀に一人で突っ込んでいったリーダーが、一撃の元に吹き飛ばされるとは思いもよらなかった。


 【銀の宿り木】に居た時はどんな攻撃でもジルバが受け止めてくれたため、ルーシェの頭には攻撃しか無かった。

 ミトラが認めるほどにルーシェの攻撃力は高い。


 逆に受け流しや避けるなどは才能は低く、ミトラは守りに気を使うよりも攻撃のみに集中させるという選択を取った。

 だがそれは《銀の宿り木》だからこそ成り立つ戦法で、いくら高い攻撃力も当たらなければ意味が無い。


 それも再三説明をしたのだが、ルーシェの耳を右から左に流れるだけだった。

 ルーシェは無防備に晒された敵を一撃で葬り去る快感に浸り、自分さえいれば他の仲間など関係ないと思い込んでいたのだ。


「くそっ! 既に気付かれてる! 俺たちだけでやるぞ!!」

「お、おう!」


 耐久力も無いルーシェは命こそ無事だったが、最初の一撃で気絶してしまって使い物になりそうにない。

 そんなルーシェに悪態をつく暇もなく、三人は必死の思いでバジリスクの幼体と戦い、討伐することになんとか成功した。


 バジリスクが幼すぎて、まだ石化ブレスを使わなかったのが勝因だろう。

 もしもう少し育っていれば、三人は砂漠の上に立つ精巧な石像となっていたに違いなかった。



「どうして俺が出たらすぐに後に続かなかったんだよ! まったく! お前らのせいで余計な出費が生じちまったじゃねぇか! 今回の報酬からそれぞれ引いとくからな!」

「いや……そんなこと。それよりも報酬額を下げるなんて、管理局に知られたらまずいんじゃないですか?」


 バジリスク討伐の後、目を覚ましたルーシェは三人と街に戻り領主に報告をした。

 領主は上機嫌で報告を聞き、ルーシェをあからさまな態度で褒めちぎると報酬の減額を申し出た。


 なんでも最近の魔物の発生が多すぎて経費がかさみ財政が苦しい、というのが理由だった。

 実際は国から十分過ぎるほどの支援金と、更に討伐した魔物の素材でむしろ潤っていたのだが、欲の深い領主は浮いた金で私腹を肥やそうと企んでいたのだ。


 地位ある者から賞賛を受けたルーシェは気分を良くし、管理局から禁止されている事後の成功報酬減額を認めた。

 それを見た仲間はその場で止めたが、先ほどのことがあった直後ですら、ルーシェは横柄な態度で仲間の忠告を無視した。


 その後の食堂でのやり取りが今である。

 バジリスクとの死闘で、盾剣士の装備は全壊、弓士も矢は全て破損し、身を守るためにバジリスクの攻撃を受け止めた弓は、大きな亀裂が入っていた。


 自分はまっさきに気絶し何も役に立たなかった上に、明らかなよいしょに気を良くし禁止されている報酬減額を許諾した。

 それだけに留まらず、今度は結果的に自分の身すら守った仲間に叱責を飛ばし、あまつさえ戦闘で消耗した装備にかかる金を自己負担させるというのだ。


「なんだ、お前ら! なんか文句でもあるのか!?」

「あるに決まってんだろ!!」


 以前までルーシェに対して敬意を払い、敬語を使ってた盾剣士が突然タメ口で叫んだのでルーシェはギョッとする。

 それを皮切りに、他の二人も今まで募らせた不満を吐き出す。


「大体なんで合図もなく一人で突っ込むんだよ。馬鹿なのか? 連携も出来ない奴がリーダーやってんじゃねぇよ」

「戦略もない。魔物に合わせた事前準備も出来ない。そもそも目の前の倒しやすい魔物倒すだけで、後衛の俺たちの方に向かう魔物は素通り。それで良く前衛名乗れるな」


「なっ!? なんだと! お前ら、いい加減にその口を閉じないとタダじゃすまんぞ!」

「いい加減にするのはお前の方だよ。なぁ、お前本当に【銀の宿り木】のメンバーなのか? とてもじゃないが、お前の実力であんな実績が立てられるなんて思えないんだよ」


 怒り出すルーシェに盾剣士は吐き捨てるように言い、さらに続けた。


「よほど仲間に恵まれたんだろうな。悪いがお前はクビだ。俺ら三人でやらせてもらうぜ」

「ああ。そうだな。俺も同意見だ」


 弓士がそれに同意の声を発し、魔術師も頷く。

 三人は立ち上がると、そのまま店から出ていく。


「おい! ふざけるな!! おぃ、ちょっ! ちょっと待てよ!!」


 一人の残されたルーシェの叫び声が食堂に響き渡る。

 そんなルーシェには、周囲から向けられる奇異の目と失笑以外何も残らなかった。

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