竜堂一華の大学入学(5)
「お兄様、本音を言ってください」
……本音?俺の?
それはだからあれがそれでその……
「俺は……俺は…!その……少しでも一華に『普通』を味わってほしくて…!」
「そんなの一華は望んでいません!!!」
一華が叫ぶ。
まだカフェに残っていた学生達が何事かとこっちを見る。
そして俺は、
一華が怒鳴った……?誰に?俺に?……俺に…!?
大絶賛混乱中だった。
一華に怒られた事はある。
少ないながらも一華と喧嘩したことだってあった。
でも一華に怒鳴られたのは初めてだった。
それに一華は俺やおじさん達家族以外の人間にはあまり感情を表に出さない性格だ。
一華曰く『興味がない相手に何か思うことなどはありませんから』とのこと。
そして『本当の感情も心からの笑顔もお兄様の前でしか見せたくありませんから』とのこと。
そんな一華が
これがどれだけありえない事かがわからない俺ではない。
……どうやら俺は一華を本気で怒らせてしまったようだ…。
「お兄様」
「はい、なんでしょ———ッ!?」
指と指を絡め合う感じで手を繋がされる。
そして地味に関節を
側から見れば仲良く恋人繋ぎをしてるようにしか見えないだろうが、実際には鈍い痛みに耐えている真っ最中だ。
だから男共よ、羨ましそうな目で俺を見るな。
なんならかわってやっても———いや、やっぱりダメだ。お前らごときが一華の手に触れるな。これは俺だけの特権だ。
「お兄様、今敬語を使いませんでしたか?」
「いや、使ってないでs……使ってない、ぞ」
関節技が解かれる。でも未だに指は絡めあってるし手は繋いだままだ。
一華と手を繋いでいるのに幸福感より恐怖感の方が上回るなんて初めてだよ。
むしろ早く手を離したいとすら思———
—————メキッ
「……お兄様、今何かありえない事を考えてませんでしたか?」
「いや何も?」
手をしっかりと繋いでいるからかな?
いつも以上に心を読まれやすくなってるようだ。
……おいおい、これではまるで一華に心を読まれるのが当たり前みたいになってるじゃないか。
………まぁ実際にそうとしか思えないぐらい一華は俺に対して察しがいいんだけどね。
これぞまさに読心術|(しかし俺限定)。
「……まぁいいです。今はそれ以上に優先すべき事がありますからね。では気を取り直してあらためて—————
———なぜ、一華に世間一般的な『普通』を求めたのですか?」
一華から再び怒りの紅色のオーラが放たれる。
……話をそらす事は無理だったか…。
一華が本気で怒っているのはわかる。
だけどここは大学内だ。そして俺達は、特に一華はさっき怒鳴った事もあり、かなり目立っている。
こんなところでこれ以上一華を悪目立ちさせて評判を悪くさせてはいけない。
……と思ったらからわざと空気を読まずおちゃらけてみたのだが……一華は俺の想像以上に怒っていたらしい。
俺は……また一華の気持ちをちゃんと理解してあげることができなかったということか…。
これでは去年と何も変わってないじゃないか…!
不甲斐ない、情けない、自分の事ながら実に嘆かわしい。
でも……ここで自己嫌悪に浸っている場合じゃない。
反省はするが後悔はしない。この信条は変えていない。
……ただ、それでも何も言えない。
俺は一華のこの質問に答える事が出来なかった。
「……………」
「言えませんよね。だって『普通』を本当に求めているのは一華じゃなくてお兄様なのですから」
「———ッ!?それは……ッ!」
やばい、このままでは一華に言い当てられてしまう。
そう、言い当てられてしまう。
何が?……俺の本音が。
それでも一華は止まらない。
「一華は最初から普通ではありませんでした。
お兄様とは出会った瞬間に恋に落ちたと思ってますし、産まれた瞬間から一華は社長令嬢という立場でした。
でもお兄様は違う。
5歳で一華の許婿になるまで……いえ、一華の許婿になるための修行をその意味を理解して本格的に始めた9歳頃まで普通の男の子でした。
一華にとっての『普通』とは社長令嬢としての立ち居振る舞いをする事、そしてお兄様を愛する事です。
でもお兄様にとっての『普通』は友達と遊ぶ事、そして自由な恋愛をする事です。そこに許嫁なんてものは存在しません。
ですから……非常に残念ながらお兄様と一華では普通の価値観が違うのです。
なのにお兄様はこちらの
……でも…価値観の違いすぎる生活にお兄様は困惑し、疲れてしまった。
そして平穏だった普通を心の底で求めてしまわれた。
勉強漬けの毎日、嫉妬心をぶつけられる日常。そう望んでしまわれても仕方のない生活です。
その結果、一華も平穏な普通を求めていると勘違いしてしまったんでしょうね、だから一華にサークルに入って普通を味わせようとした、違いますか?」
何も言い返せない。
だって合っているから。本当のことだから。
ただ一華は1つだけ間違っている。
恋は盲目っていうのかな、俺のことを俺以上に理解しているのに俺を過大評価しすぎてしまっている。
確かに俺が一華にサークルに入るように促したのはそれが理由だ。俺が普通を求めたからだ。一華に普通を味わって欲しかったからだ。
でもそれだけじゃない。
それだけの理由であんなにも建前を使ってまで言い淀んだりはしない。
今なら自覚できる。素直に認められる。
俺の本音は………『平穏が欲しい』だ。
一華の言っていたように俺自身が普通を、平穏を望んでいた。
別に一華が嫌いになったわけじゃない。そんなのは絶対にありえない。
ただ……あきらかに実力不足なのに圧倒的難関校である慶就大学にいるという場違い感、レベルの高い授業について行けない焦燥感、勉強によるストレス、そしてそれでも一華の許婿として
そんな大学生活に俺は疲れていたんだ。
そんな生活の中、さらに一華が入学してきた。
一華が同じ大学に来た以上、ただの落ちこぼれの学生として見られてきた俺はこれから一華の恋人として、許婿として見られる事になる。
つまりこれからは俺の大学生活の行動一つ一つによって一華のイメージが、一華の立場が大きく変わる事になるのだ。
俺のせいで一華に迷惑をかける事は許されない。
今までのように落ちこぼれのままではいられないのだ。
これから俺は行動も、発言も、なにもかも一華の許婿として責任を持たなければいけない。
さらに超絶巨乳美少女お嬢様の一華の許婿として見られるということは、たくさんの男に嫉妬されるということ。
男子に妬まれるなんて今までの人生で数えきれないほどされてきた。
だから人の妬みで快感を覚えるほど捻じ曲がった性格になった。
それでも……今の精神的に限界を迎えている俺にはキツイ。
一華が俺と同じ大学に入学してきてくれたのはとても嬉しいが………一華が俺と同じ大学に入学したからこそ、俺の大学生活はさらに厳しく、疲れるものになるのは確実だった。
だから……無意識のうちにそれっぽい理由をつけて一華を遠ざけようとした。
それが俺があんなにも言い淀んでいた理由。心の底では建前とわかっていながらもそれを認めなかった理由。
そして……俺が一華にサークルに入るように促したら本当の理由だ。
あーあ、自覚したくなかったなぁ。
そのせいで自分がいかにクズなのかを思い知らされるハメになってしまった。
こんな超絶巨乳美少女にヤむほど愛されておきながらな〜にが『平穏が欲しい』だ。
一華に、そして嫉妬に狂った男どもに刺されても文句は言えないぞ、これ。
一華が入学したらこうなる事はわかっていた。
わかっていた。だから覚悟は出来ていた。だが……耐えられなかった。
………違うな、耐えられない事はなかった。一華が隣に居てくれるなら俺は何でも出来るんだ。
ただ、少し時間が欲しかっただけなんだ。
俺は自分が思っていたよりずっと弱かった。
弱くて弱くて……とても大切な
さ、ここまで自問自答自問他答他問自答したおかげで俺の本音はわかった。
だからこれから俺がやることはただ一つ、
「……ごめん、一華」
そう、謝罪だ。
心から反省し、余計な言は使わないシンプルだけどその分気持ちを込めた謝罪。
まったく、俺は今まで何度一華に謝ってきたんだろうな。
そしていつになれば反省を活かすことができるんだろうか。
「……一華にとっての『普通』は今のこの生活のことです。お兄様と生涯離れる事なくずっと永遠に永久に一緒に居るこの日常が一華の『普通』であって、他の人の『普通』なんてものには少しも興味ありませんから。それだけは勘違いしないでくださいね」
そう言って目をそらす一華。
言い訳する事なく素直に真摯に謝ったせいか、一華の紅色のオーラは収まっていた。
「……………」
「……………」
その後、お互い無言になり今までずっと繋いでいた手をなんとなくにぎにぎにぎにぎ……。
……………き、気まずい。
俺は謝った。一華は許した。
だからそれで終わり!閉廷!あ〜丸く収まった!
……というわけにもいかないのが人間ってもんよ。
俺と一華は今まで喧嘩をしたことがなかったわけじゃない。
あ、ちなみに喧嘩といっても俺が一華に手を上げた事はもちろん一度もないぞ。
ただ喧嘩したのが極端に少なかっただけだ。
だからこそ喧嘩して仲直りした後のこのなんとも言えない空気をどうしていいのかわからないのだ。
ただまぁ
でもずっとこのままってわけにもいかない。
この空気を変えるためにも何か話さなければ…!
クソっ!闇モードでもない一華とこんなに会話に困るなんて始めてだ!
せめて何か……なんでもいいから何か話さないと…!
そう思い、思いついたことを深く考える事もなくそのまま口にする。
その後のことなんて一切考えずに。
「そうだ一華!何か困っている事とかってないか?今回のお詫びも兼ねて
「え!?今『何でも』って言いました!?」
「……え?………あっ」
あれ?これヤバくね?って思った時にはもう遅かった。
『ごめん、やっぱ今の無し』なんて言えなかった。ついさっき一華を怒らせてしまった負い目もあり、今の俺に言えるはずもなかった。
先程とは打って変わって超上機嫌になった一華とは対象に、俺は冷や汗が止まらなかったのだった…。
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