竜堂一華の大学入学(4)


「あ、そういえば一華ってどこかサークルに入るのか?」

「お兄様はどこのサークルにも入ってないですよね?」

「そうだな」

「なら一華も入りません」



履修登録のための授業選択をしてから数時間後。

周りに人も少なくなり、そろそろ家に帰ろうという所だったけど、どうしても気になったので一華はどこかのサークルに入る意思があるのかどうか聞いてみた……ら、この回答が返ってきた。



会話終了。




……いやいやいや、ちょっと待って。

一華がどのサークルに入ろうが入らまいがそれが一華の意思ならば俺がどうこう言えるもんじゃないけどさ、さすがに俺のせいで大学でも一華を帰宅部にさせるわけにはいかんのだよ。


中学や高校の時は学年が違っても授業が終わって帰る時間は一緒だったから一緒に帰るために帰宅部を選ぶってのは理解できてた。

だけど大学は違う。

どの時間のどの講義を取るによって帰る時間や登校する時間はバラバラになる。

だから一華は帰りの時間を俺に合わせる必要はないのだ。

なんなら俺と帰りの時間を合わせるため、俺の講義が終わるまで部室で時間を潰すためにサークルに入るってのもいいだろう。ゆるい感じのサークルならそれも許してくれるはずだ。ただしチャラいサークルは禁止な?


俺は卒業単位とか関係なく、ただ限界まで講義を入れて勉強をしないといけないため、必然的に毎日帰りは遅くなる。

俺の都合でそんな時間まで一華を学校に拘束させてはいけない。

ただでさえ一華は大企業の社長令嬢として普通とは違う生活を送ってきたんだ。

だからこそ、俺は一華にサークルとかに入って少しでも普通の大学生活とやらを送ってほしいんだよ。


という事を伝える。許嫁だろうがヤンデレだろうが思っているだけじゃ伝わらないからね。

ただ一華は反発するだろうなぁ…。

俺だって本当は一華にサークルに入ってほしくない。俺が見ていない所で一華に何かあったらと思うととてつもなく胸が苦しくなる。


でもこれも一華のためだ。

そう、一華に『普通』を味わってもらうために仕方ない事なのだ。


覚悟を決める。

そして口にする。




「なぁいち「お兄様」……か?」




一華が俺の言葉を遮った…!?


いつもとは違う行動に思わず顔を上げ・・・・、一華の顔をちゃんと見る・・・・・・

………あれ?俺はいつの間に一華から目を背けていたんだ?

一華と話す時はちゃんと目を見て話すって幼い頃に『約束』したはずなのに。


自分のことながら自身の不可解な行動に疑問を抱くのもつかの間、俺は一華の顔を見て絶句してしまう。

文字通り言葉が出ない。いや、出せない。




そこには紅い憤怒のオーラを纏った一華がいた。




オーラとか何言ってんだと思うかもしれないが、なぜかそう見える……感じる?のだからしかたない。

まぁそんなことはどうでもいい。

今重要なのは一華が怒っているという事だ。


なぜ?ナゼ?何故?


しかも一華が今纏っているのは去年見たドス黒いオーラじゃなく、ただ純粋な怒りによって形成された紅色のオーラ。

どうしてわかるのか?だってそう感じるから。

およそ20年もの間一華と共に過ごしてきた、一華を見続けてきた俺にはわかる。

一華は今とても怒っているのだと。


何故?ナゼ?なぜ?


俺は何か一華の気に触るような事を言ったか?

いや言ってない。

まだ言ってない。

俺の記憶が正しければ「一華はどこかのサークルに入るのか?」が最新の会話だったはずだ。

そこに一華が怒るような要素はない……はずだ。


ではなぜ一華はこんなにも怒っているのか?


可能性があるとすれば……俺がこれから言おうとしたことを察したから……とか?

……一華ならありえる。

しかしこれは一華のためなんだ。一華に『普通』を体験してほしいだけなんだ。


許嫁だろうが幼馴染だろうがヤンデレだろうが思っているだけじゃ本当の気持ちは伝わらない。

だから言葉にして一華を説得させる。

紅色の怒りオーラを放つ一華に少しだけ気圧されながらも今度こそちゃんと一華の眼を見て話す。



「聞いてくれ一華、俺は一華にどこかのサークルに入ってほしい」

「……お兄様ならそう言うと思ってました。では……どうしてそう思ったのか理由を聞いてもいいですか?」

「あぁ、俺は毎年前期も後期も入れれる限界まで講義を入れている。だから帰る時間が遅くなってしまうんだ。一華はたとえどれだけ遅くなっても俺と一緒に帰ろうとするだろう?だからそれまでの時間つぶしの意味も込めてサークルに入ってみれば良いと思っている」

「それなら大学の図書館で時間を潰します。それに一華はお兄様のお嫁さん……つまり次期社長夫人になる女です。だから一華もギリギリまで講義入れて勉強しますから待つ必要なんてありません。なので—————本音を言ってください、お兄様」



そう言うと一華の放つ紅色のオーラが強くなった。

……やっぱり一華相手に建前を言ってもダメだな。

ここは一華の言うように本音を語り合おう。



………ちょっと待て。

なぜ俺は今のを『建前』と言った?

今のはちゃんとした『理由』の1つだったはずだ。それをなぜ建前と…?

……わからない。これではまるで言った俺自身がいまのを理由ではなく建前だと本当はわかっていたようではないか。

……わかっていた?思っていたの間違いではなくて?



俺は……俺の本音は……何だ?

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