フィナーレダンス


「竜堂さん!僕と……ダンスを踊ってください!!」



人気のない場所を求めて体育館裏に来てみれば高嶺が一華にダンスを申し込んでいた。

この学校の体育祭において男子が女子にダンスの申し込みをするということは……その逆もまた然りなのだが……それは半ば告白を意味する。

つまり高嶺は今、一華に告白したのだ。

もちろん一華が高嶺の告白をOKする事など万に一つもありえないのだが、ダンスの方はOKするだろう。

なにせ生徒会長としての務めがあるのだから。

一華は高嶺から間接的な告白を受けた。

しかしそれはあくまで間接的であり、本当の告白をされたわけじゃない。一華はただ「一緒に踊りませんか?」と誘われただけだ。

だから一華は「はい」と答えるしかない。


でもはたから見れば一華が高嶺の告白をOKしているように見える…。


そんな姿見たくなかったなぁ…。

だから人がいない場所に来たのになんでいるんだよ。恥ずかしかったのかよ。ピュアかよ。MVP取るような超体育会系のくせに心は繊細かよ。


まぁそもそも誰かが密会してるっぽいのに覗き見した俺が悪いんだけどね。

あのまま引き返していたらこんな茶番見なくてすんだというのに。

バチが当たったってことなのかな。そんなバチを与える神は滅んでしまえ。



………はぁ…。

こんなバチ当たりな事をいくら愚痴ってもなにも変わらない。

バレてもいいからここからさっさと立ち去ろう。そうしよう。



……………



………



……いや、やっぱりやめだ。逃げるのはダメだ。

例えどうにもならない事であろうとこのまま無視して逃げ出すのは……嫌だ。


一華は俺をヤむほど愛してくれている。それなのに俺が一華の危機を無視して逃げるなんて有り得ない。

例え無理だとしても、どうしようもなくても、何か言わなければ一華の許婿として……オトコとして気が済まない。


そう思い、一華と高嶺に声をかけようとした瞬間



「ごめんなさい」



という一華の声が聞こえた。



……………。




『えええぇぇぇええ!?』




俺と高嶺の絶叫が体育館裏に響き渡る。

俺も普通に叫んだけど、どうやら高嶺の声とかぶったおかげで気づかれていないようだ。


あっぶねー…。


………じゃなくて!!



「え、ど、ど……!?」

「江戸?」

「いや江戸じゃなくて!どうしてですか!?」

「どうしてもなにも……私と踊る人がもう決まってるからかな」


『ええええぇぇぇぇえええ!?』



またもや俺と高嶺の絶叫が響き渡る。

おそらく高嶺も一華が男子と踊らなきゃいけない以上、こちらが頼めば断らないと思っていたのだろう。

その結果がこれだよ。断られてやんの。やーいやーいざまぁ。



……にしても、そしたら一華はいったい誰と踊るんだ?

残念ながら俺ではないことは確かだが。

生徒会副会長……は女子だし……まさか…体育祭実行委員長!?


いやいやいや!あんな暑苦しいだけの筋肉よりはまだそこの高嶺の方が絵になる!

一華がイケメンと踊るのを見るのは確かに嫌だけど……全身筋肉の見た目的に一華とカケラも釣り合っていない奴が一華と踊るのを見るのはもっと嫌だ!!リアル美女と野獣には興味ない!

いやこの際筋肉はどうでもいい!筋肉に罪はない!そもそも人間は全身に筋肉がある!

俺が嫌なのは体育祭実行委員長全身筋肉が一華と踊っても一華にとってなんの得もならないことだ。

高嶺イケメンが一華と踊れば顔に自信がない男共は自分達が一華に釣り合わないことを理解して告白を諦めるんじゃないか?』

と、俺の中の冷静な部分がそう判断したからこそ、俺は泣く泣く我慢出来ているのだ。

………俺の中では我慢出来てるんだよ!


……まぁまぁ、落ち着け、俺。

そもそも一華と踊る相手が体育祭実行委員長と決まったわけじゃないだろ。

なにもしてないのに馬鹿にしてゴメン、実行委員長きんに君



「じ、じゃあ誰が竜堂さんと踊るのか……聞いてもいい…?」



おぉ!よくぞ聞いてくれた!

一華と踊るのはいったい誰だー!誰だー!誰なんだー!



「誰って言われても……あそこの柱の影に隠れてる人かな」



そう言って一華がある一点を指差す。


その先にあるのは今俺が隠れている柱だった。



……………。



「………俺ぇ!?」

「うわぁ!?鳥羽先輩!?いつからいたんですか!?」



高嶺が驚いている。

だがそれ以上に俺が驚いた。



「え、ちょっ、はぁ…!?」

「ハグしたい?きゃっ♪いきなり大胆ですね♡」

「いや言ってねーよ!一文字も合ってねーよ!!」

「『ハ』は合ってますよ?」

「ぐ…確かに……。…ってそんなことよりもだ!なぜ俺が一華と踊ることになってるんだ!?」

「一華と踊るの……嫌なんですか…?」

「違うから!そんなこと断じてないから!ただ俺はもう卒業してこの学校の生徒じゃないから一華とは踊れないだろ!?」



横では高嶺が全力で首を縦に振っている。

そのまま折れちまえ。


にしてもなんで一華はこんなことを言ったんだ?

部外者が生徒達のイベントである体育祭に参加できないのは当たり前のことだろうに。

一華が学校の意思に逆らえないように、生徒会長といってもその権限には出来ることと出来ないことがある。

むしろ出来ない事の方が圧倒的に多いのだ。



「それが踊れるんですよ。今年からは」

「………は?」

「お兄様、体育祭のパンフレットは持っていますか?」

「え、あぁ、うん。持ってる」

「それの最後のページに書いてありますよ。『今年の体育祭フィナーレダンスは外部の方も生徒達と共に踊れます』って」


『なにぃ!?』



またもや俺と高嶺の声がかぶる。

……さすがにちょっと鬱陶しいぞ。

そして肝心のパンフレットには確かに『外部の方も一緒に踊れます』って書いてあった。



「マジだった…」

「こんなの誰も気づいてないよ…」

「そう?高嶺君達男子はともかく女の子達は結構気づいてたよ?『他校のイケメンと踊るんだー♪』って女の子達が話してるのを聞いたことない?」

「そういえば話してたような…。なんで僕達はそれをおかしいと思わなかったんだ…」

「さぁ?よっぽど何かに夢中だったんじゃないかな?」



『男子共が夢中になっていたのは一華だよ!』

と、言おうとしてやめる。

なんか今日の一華は少し言葉が攻撃的だな…。今も男子達が夢中になっていたのは自分だって気づいてるのに挑発するような口調になってるし。

これは余計な事は言わない方がいいな、うん。


それはそうとタメ語の一華も良いな…。

高嶺、一回だけでいいからちょっと学年を交換してみないか?あ、それと年下になってお姉さん口調の一華も見てみたい。


まぁそれでも結局は敬語で俺を兄と慕ってくれる一華こそが至高なんだけどね。



「外部の人とうちの生徒達が一緒に踊れるのは今年から。だから生徒会長である私はそれを率先しておこなって本当に外部の人と踊れることを証明しないといけないの。だから学校を卒業して『外部の人』となったお兄様と踊るの。わかった?」

「ぐ……ぅ………だけど!体育祭は僕達生徒の為のイベントだ!それに部外者が参加するのはおかしくないか!?」

「閉会式は終わったよ、だからこのイベントは体育祭のプログラムじゃない。フィナーレダンスが自由参加の理由がこれだよ」

「ぐ……ぬぅぅ………」

「と、言うわけでお兄様♡行きますよ♪」

「……え?あぁ、うん。そうだな…」

「あ、ちょっと…!竜堂さーん!?」



叫ぶ高嶺を完全に無視して、さらに見せつけるように俺の腕に抱きついて高嶺から歩き去る一華。

……やっぱりちょっと機嫌悪くないか?

………いやもうこれ確実に機嫌悪いよな。


疑問が確信に変わったので歩きながら一華に聞いてみる。



「なぁ一華、なんか機嫌悪いみたいだけどどうしたんだ?」

「……機嫌が悪い理由の1つはお兄様との触れ合い不足のせいですよ。3日間もの間味わった寂しさはあの程度では埋まりませんから」

「……すまん」

「……まぁいいです。今日も明日も明後日もそれ以降もずっと昨日並みのスキンシップをしますからそれで勘弁してあげるとします」

「許したって言えるのか?それって」

「何か問題でも?」

「……ナンデモゴザイマセン」

「よろしい。それで、一華が不機嫌な理由ですよね?それは一華が誰とでも踊るってあの男達に思われたからです。一華はたとえどんな理由があったとしてもお兄様以外と踊るつもりはカケラもないのに」

「へ、へぇ〜……」



ごめん一華!!俺もそう思ってた!!

いくら一華でもどうしようもないことはあるよなーって思ってた!!

それがまさかフィナーレダンスを生徒と外部の人を一緒に踊れるようにするなんて……全く考えもしなかった。

ってか思いつきもしなかった。

無理なものは無理だと勝手に決めつけて…上が決めたルールには逆らえないと心の底でそう思っていたのだろうか。

これでは社長どころか社畜の考え方ではないか!


やはり俺はこのままではいけない。

もっと勉強してRUDEの次期社長に……一華の婚約者に相応ふさわしくならねば…!



「それにしても一華、いったいどうやって校長を説得したんだ?こんな前代未聞なことを学校が簡単に認めるわけないと思ったんだが」

「あぁ、それは意外と簡単でしたよ?だってもともとフィナーレダンスの参加者は少なかったじゃないですか。それに非リア充の方達の怒りが爆発して『参加者が少ないのならこんなイベント無くせばいい!』って騒ぎだてまして。学校側はこのイベントをなくすつもりはないようでしたので参加者を増やすために学校外の人も参加させたらどうですか?って提案したんですよ。学校も生徒会長の……というより竜堂一華社長令嬢の発言は無下にはできませんからね」



そうだったのか…。よくやった、非リアの人達。

たぶん本人達は冗談半分で言ったと思うけど(何人かは本気100%だったと思うが)、それを言う人が増えたらそれは立派な大衆の意見になるんだよ。

悪ノリって怖いね。

まぁ今回はそのおかげで助かったんだけど。


最後の方の発言?………俺には何も聞こえなかった。いいね?いいな?ならばよし。




「それではお兄様、会場運動場へと行きましょうか!一華のこと、しっかりとエスコートしてくださいね♪」



そう言って一華が手を差し出してくる。

ならば俺は差し出された手を握る以外の選択肢はない。



「では……行きましょうか、お姫様?」


「はい!行きましょう♪一華の騎士ナイト様♡」



そして俺達はしっかりと手を繋いだままパーティー会場運動場へと向かって駆け出していった。


この竜堂一華の手は俺の、鳥羽真司だけのものだ。だから、もう誰かに譲る気はない。


その決意を、証明するために…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る