真司の自慢


着替えてちょっとした準備をして少しの荷物を持って車に乗る。

荷物の中にはちゃんと一華が作ってくれたお弁当も入っている。こんな大事なものを忘れるわけがない。

そして車は学校へと向かった。




「……………」


「……………」




……………。



……き、気まずい……。


だって昨日あんなことがあったのに昨日の今日で普通に話せるか?無理だろう。なにもやってない……はず…なのになぜか罪悪感がハンパない。


それに、俺とおじさんは仲良く談笑しあうような関係ではない。

俺が一華の許婿となり、おじさんの会社、『株式会社RUDE』を将来的に継ぐことになってからは上司と部下どころか師匠と弟子の関係になっている。

会社の経営に関することだから必然的にめっちゃ厳しく教育されてるし、一華との関係について怒られることが多々あるので、おじさんの前にいるとどうも緊張してしまう…。

おじさんって昨日の夜が例外だっただけで、本来はめっちゃ厳格な性格なんだよ…。

別に嫌いってわけじゃないんどどうしても…その…正直言ってビビってしまう…。



「……真司」

「は、はいっ!?」

「…大学はどんな感じだ?」

「えっと…授業は難しいけど、おじさんが教えてくれた経営論のおかげでなんとか経営関係の授業にはついていけれてる」

「……そうか」



だからどうしても『長年会話してない親子が久々に2人きりで話しをしてみた』みたいな感じになってしまう。


と、そこで会話が途切れ、お互いまた無言になってしまう。

そしてそのまま車は学校に向かって走り続ける。



走り続ける。



走り続ける…。




「……………」


「……………」




あ、あれ?


おじさんが昨夜のことについて聞いてこない…?


おかしい。一華の予言(確定)には車に乗るとすぐにおじさんが昨夜のことについて聞いてくると書かれていた。

だから俺も覚悟してたんだけど……このままいくと何事もなく学校に着きそうだ。

いや別に何か言われたかったというわけではないんだけど……なんか拍子抜けっつーか肩透かしを食らった気分だ。


しかし、これで安心してはいけない。

俺は昨日までの勉強合宿で商談のやり方についても学んできたんだ。

俺はそこでこう習った。


『こちらの不手際を相手が言及しなかった場合、ラッキーだと思ってはならない。

言及されないのをいいことに、もしもこちらがその不手際について何も言わず、なかったことにした場合、貴方の信頼は地に堕ちる』


———と。



これは…あれか?試されているのか…?


おじさんは昨日の今日で、しかもあんな大きな事件(?)を忘れるような記憶力はしていない。

つまり……覚えているうえで何も言わないのか…。


だったら…聞くしかないな!


『一瞬でも迷ったら実行してその迷いを晴らすべき』


俺が昔決めた謎理論に従って、思いきっておじさんに直接聞いてみた。



「おじさん…。昨夜のあの事について何も聞かないの…ですか?」

「……私が今朝あの時間に鳥羽家に車で行くように指示されたように、真司も『お父さんが何か質問してきたらこうやって返すように』って指示を受けているんだろう?」

「あ…その……はい。……なんでわかったんですか?」

「わかるさ、親だもの」



そう言った時のおじさんは、株式会社RUDEの社長としての顔ではなく、たった一人の娘を想うただの父親の顔をしていた。



「親だからこそ……わかってしまう。一華が病的なまでに真司に依存してしまっている理由も」

「依存……ですか?」

「あぁそうだ。一華は真司が勉強合宿に行っていたこの3日間、まるで廃人のような状態で日々を過ごしていた。……言いたくはないし認めたくないもないが、一華はもう真司なしでは生きられない状態にまでなってしまっている」



なんとぉ…。

一華が世に言う『ヤンデレ』だということはわかっていたけどまさかそこまで重度のものだったとは…。

そこまで重度でありながら今まで昨夜みたいに不満が爆発しなかったのは奇跡だったんだな、と今更ながらに思う。

逆に言えば……そこまで耐えていたものを爆発させてしまったのも、爆発するまで不満を溜めさせてしまったのも、とんでもなく罪が重いことなんだということもわかってしまった。


……こんな体たらくでよく堂々と『俺は一華の許婿だ』なんて言えたな、俺。馬鹿みたいだ。いや、実際にどうしようもないほどの馬鹿だった。

そんなのは昨夜、一華の涙を見て嫌という程思い知った。




「そして……そんな状態にさせてしまったのは———私のせいだ」


「え…?」



おじさんの…せい?




「一華が幼い頃、私と妻は仕事で忙しかった。

私に子どもができた事で私が甘くなったと勘違いしたバカ共が一気に商談を持ちかけてきたからだ。


そのせいで仕事は多忙を極め、家に帰れない日が多々あった。

そんな時は、私は信頼できる隣人である鳥羽家に一華を預けた。


そんな一華の良き遊び相手となってくれたのが……真司、お前だ。


昔から相性は良かったんだろうな。遊ぶたびに一華はどんどんと真司に懐いていった。

何かあるたびに『にぃに、にぃに』とお前真司の後ろに付いていって…。私には目もくれず私の目の前を素通りして真司めがけて突進していった時にはさすがに泣きそうになったぞ。

この時点で真司に少々懐きすぎだなとは思ったが、幼稚園に入園すれば自然とたくさんの友達ができて一華は寂しくなくなると思っていた。


……そう思っていたのだが…。


なぜか一華には友達と呼べるような人間関係を築くことができなかった。

それは一華が人見知りだったってのもあるが……一番の理由は他にある。

園児達の親が『竜童』の名にビビって子どもを一華に近づけさせなかったからだ。

まぁその親達の気持ちもわからんでもない。


『うちの子どもが何かの拍子であの・・竜童家の娘にケガをさせてはたまらない』


と、そう考えてしまうのも無理はない。

触らぬ神に祟りなしって言葉もある。

鳥羽家のように竜童の家名にビビらず、なおかつ裏表なく接してくれるのは本当に珍しいんだ。

だから信頼できると思って安心して一華を預けることができた。金に飢えた自称親族どもよりもよっぽど信用できたからな。


……とまぁそんなわけでさらに一華は真司としか関わらないようになり、さらに真司への依存度が高まっていった。

真司も自分の友達と遊ぶのを断ってまで一華と遊んでくれたな。


思えば私達は仕事にばかり気を取られ、一華にあまり構ってやれなかった。

だから、一華は父の愛に母の愛……家族の愛に飢えていたんだと思う。

そんな一華の隣には、いつも真司が居た。

だから一華は真司に愛を求めた。親愛も、兄妹愛も、隣人愛も、友愛も、全部。


そして真司はそれに応えた。まぁ特に意識してなかったとは思うがな。

それでも真司は無意識の内に一華の望みに応え続けた。

だからだろうな、一華が真司にあれだけ懐いたのは。

私達も一華が真司に懐きすぎているとは思っていた。正直言ってもう仲が良いの度を超えていた。

でも小学校に入れば友達もできて、真司への依存度は低くなると思っていた。

幼稚園より児童の数は圧倒的に多いし、一つ違いとはいえ学年の壁も大きくなる。


だからなんとかなると思ったんだが……現実は一華に厳しかった。


気恥ずかしさから一華に話しかけられない男子や、一華の気を引こうとしてちょっかいをかけ、逆に一華から嫌われる男子。

そしてそんな一華に嫉妬して、一華を仲間はずれにする女子。長い物には巻かれろの精神で一華に関わらない女子。


一華にとって小学校の世界は、幼稚園の世界よりも辛いものとなってしまった。


一華にも友達と呼べるような関係の人がいなかったわけではないが、それでも結局真司への依存度が低くなることはなかった。


年が経って一華が中学生になっても高校生になっても依存度は低くなるどころか年々高くなっていって……もうどうしようもなくなって……今に至る。


だからな……たくさんの偶然が重なったとはいえ、一華が真司に異常なまでに依存しているのは元を辿れば私と妻が幼い頃に一華にかまってやれなかったからなんだ。

本来なら私達がやるべきだった一華の家族としての責務を真司が全て請け負ってくれた…というより、家族としての責務を真司に押し付けてしまったんだ。

真司がいるから一華のことは真司に任せておけばいいと……心の奥底でそう思ってしまっていた。


真司を一華の許婿にしたのも、もしこの先真司が一華以外の女性と恋に落ちて、そして一華から離れてしまったら、一華は精神的に壊れてしまうと思ったからだ。

一華をそう・・させたのは私達だというのにな。


私は……一華の家族としての責務を一華とたった一つしか違わない真司に押し付け、一華の性格を病ませ、一華と真司の将来を勝手に決めた。


その事について今更許してもらおうなんて甘い考えはもってないが……それでも、これからも一華の許婿として一華と末永く仲良くやってほしい。


真司の将来の上司としてはなく、ただの1人の親として………頼む、この通りだ」




おじさんの長い、長い告白が終わった。

それと同時に頭を深く下げてくる。


いつのまにか車は学校の駐車場へと着いていた。

開会式には間に合ったものの、あまり時間に余裕があるというわけではない。

だから、おじさんにひとつだけ言っておく。というか、ひとつ言わなければいけないことがある。




「おじさん、頭を上げてください。

それと、勘違いしてるようだから言っておきますけど—————




一華はたまたま近くに俺が居たから俺に依存したんじゃない。鳥羽真司だから病的なまでに惚れたんだ。



それが俺の人生で一番の自慢だってのに……それをおじさんの手柄にされちゃ困るよ」




おじさんが心底驚いた顔で頭を上げる。

そしてその表情は次第に柔らかくなり……最後には笑った。



「言うじゃねぇか、義息むすこよ」


「言うようになったよ、お義父とうさん」



そして、俺は車から降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る