第75話「【タイマー】は、ムクムクする」

「あー……疲れたぁ」


 ドスンッと勢いをつけてソファに深々と沈み込むルビン。

 今日も一日、依頼クエストをこなしていたので程よく疲れている。


 だが、顔面に浮かんだ疲労の色は濃い。

 とても「程よい疲れ」とは言えないだろう。


 とはいえ、いつもよりは楽な依頼クエストだったと思う。

 『鉄の拳アイアンフィスト』を抜けたルビンとしては、初のパーティでのクエストだったので中々楽しかった。……はず。


 クエスト内容はありきたりのものだが、それでも───だ。


 近隣のダンジョンでの採取任務と、そのダンジョン近傍の魔物の駆除。

 どれもCクラス程度の依頼だったので、ルビンからすれば片手間にできるほどの物だった。


 ……だったんだけど───。


「おまえさぁ、加減ってのを覚えろよ?」

「ん~? 何がぁ」


 グデ~と、一つしかないダブルベッドを占拠しているエリカにむかって愚痴をこぼすルビン。


 そうなのだ。

 疲れている原因は主にコイツ。


 隣の風呂場で行水をしていて、ここにはいないレイナのことは全く問題ない。

 時々、モラルの欠ける行動をすることを除けばレイナ自身の冒険者適正はすこぶる高く、ルビンは信頼すらしていた。


 だが、エリカときたら……。


「───何がじゃねぇよ、何がじゃ……! 魔物を駆除っつっても、全滅させることじゃねぞ?!」


 エリカ、このクソアマ。


 今日の依頼クエストの一つであった魔物の駆除なのだが、その対象であったグレーターゴブリン。

 エリカは本日、

 そいつらを、ガンネルで散々追い回して一匹残らず殲滅してしまいやがった。


 別に放っておいてもそのうち沸いて出てくる連中なので個対数だとかそーいうのは問題ではないのだが、懸念は一気に殲滅してしまった場合の死体の処理だ。


 本来なら、連中を少しでも残しておけば勝手に共食いを始めて死体も綺麗に片付けてくれるのだが、全滅させてしまえば、それもない。


 後は勝手に腐敗するに任せるしかない……。

 その匂いと不衛生さといったらもう───。


 恐らくあのダンジョンはしばらく使えないだろうな。


「てへ。めんごめんご」


 ベッターと寝ころんだまま、チロリと舌を出してやけに古臭い仕草で謝るエリカ。

 その年恰好でヤメロ。

 可愛くねぇ……………うぐ、可愛いじゃねーか、こん畜生!


 どこか憎めないエリカ。

 この野郎は、いつの間にかくつろいでいやがり、いつもの黒いロングコートを脱いで何処かに仕舞ったかと思うと、その下には貴族が切るようなパリッとした黒い服を着こんでいやがった。


 その服がまた、妙に似合うし、

 ピッチリとした生地のせいで豊満な体の凹凸が強調されて目のやり場に困るのだ。


 あーもう。


「まったく……。っていうか、なんで同じ部屋何だよ。ほんとにギルドもケチだよな~」


 ブツブツ。


 ルビンは少しばかりウンザリしてきて天井を見上げた。

 いっそこのまま、この宿を斡旋してきたセリーナ嬢に怨嗟の言葉を投げかけたくもなる。

 もっとも、それを聞いているのは天井ばかり。

 エリカは鼻歌混じりにベッドのうえでゴロゴロしながら足をパタパタ。


 はぁ…………。


 実を言うと、例の一件以来───ルビンたちは半監視対象ということで、緩い拘束を受けていた。

 とはいえ、

 別に犯罪者というわけでもないので、クエストをするのも自由だし、外出も問題ない。


 だが、居場所はキッチリと指定されてしまったのだ。

 それがこの宿。狼亭だ。


 いっそ断ろうかとも思ったが、セリーナ嬢のマジの目を見せられては否応もない。

 「わっかりましたー」なーんて、二つ返事でこの宿を強制的に取らされてしまった。


 ……だって、目つきすっげぇ怖かったんだもん。


「なによー。主は同じ部屋、イヤ?」

「いやだねー」


 女の子二人と同じ部屋とか、ふつう気を遣うだろ?


 羨ましいとか、そういうふうにいう人もいるのかもしれないけど、

 そんな、ね。

 キャッキャウフフな展開とか、仲間に求めてないから……。


「もー。そんなこと言わないでさー。ほらほらぁ、一緒に寝ましょーよー」


 ニッコニコしたエリカが、ポフポフとダブルベッドの片側を開けて「入れ、入れ」と指し示す。


「寝るかバーカ。そっちはお前とレイナでつかえよ。着替えとかする時は言ってくれ。───適当に外で時間潰すから」

 そーいうトラブルはマジで勘弁……。


「ちぇー。つまんないのー。あ、着替えってレイナはいいの? あの子、今隣でお風呂だよ?」


 あ、そういえば。


 耳をすませば、部屋に併設された湯桶置き場にレイナが籠っているため、バチャバチャと水音がする。


 考えてみれば、レイナだって子供とは言え女性だ。

 ルビンが部屋にいると風呂から出辛いだろう。


「あー……どうすっかな」

「ん~? 何? 覗くの? いいわよー。んふふふ~……レイナってば結構大き」

 はい。ストップ。

「覗くかボケッ! ちょっと、外でてるから、適当にご飯食べといて。お金は───」


 ゴソゴソとポケットを探ると、銀貨が数枚。

 う……。そう言えばお金がそろそろヤバイ。


 以前、商人に換金を頼んだきりだった……。


 いくらかあったはずの金貨も、レイナの保釈金やらエリカの歓迎会? のせいでスッカラカンだ。


「……く。無駄使いすんなよ?」


 ポイッと銀貨を投げ渡すと、エリカはだらしなく寝ころんだまま、器用に指で挟んでキャッチ。

「ありがとー。主、愛して──……」

「はいはい」


「───るッッ」

 メキッ。


 突如、その銀貨を握りつぶしたエリカ。


 思わずビクリと震えるルビンは、

「な、なんだよ!? 銀貨じゃ足りねーとかいうなよ?! 今金欠なんだから───」


 だが、エリカはルビンの軽口には付き合わずキッと睨み返すと、


「主。今すぐ武装準備をッ」

「はぁ?」


「いいから、急いでッッ」


 ブン! と、ルビンの装備を引っ掴むと、投げつけるように渡したエリカ。


 その返す刀で体を跳ね起こすと、手をかざして魔法のようにバチバチッとロングコートを出現させる。


 そして、そいつを身に纏いながら何を血迷ったのか、


 ズカズカズカ!


「お、おい! そこ───まだレイナが風呂に……!」

 ガチャ!!


「ふんふんふ~♪ ふんふ~……───え?」




 おっふ、チッパ──────。




 いやいやいや、見てません。

 見てません! 見てませんよー!!


 一瞬、ルビンとレイナの視線が交差し、


「き、」


 レイナが目を丸くして、口を───……。



「着替えなさいッ! いますぐ!!」



 エリカが乱暴に風呂場の扉をこじ開けてレイナの首根っこを掴んでポーイ! と。

 レイナちゃん、辛うじてタオルを身に纏っているも───おっふ!!


 これはヤバイ!!


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!


 やばいですよーーーーーーー!!


「きゃ、きゃ、きゃ、きゃあああああああああああああああああ!!」


「うぎゃあああああああああああ!! 見てない、見てない、俺は見てないよー!!」 


 違うんです。

 悪いんです。


 全部エリカが悪いんです!!


「お、おおおおお、お兄さん! あっち向いて!!」


 向く、向く、向く、ムク、ムク、ムクムクムク、向くわい!!


「向いてる、剥いてる! 向こうを向くよ! ムクムクムクムクッ、向く、向かいでか! こんなとこ誰かに見られたらとんでもないことに───……」


 バァン!!


「ルビンさん、います、か……?!」


 って、


「………………せ、セリーナさん。ノックぅ」


 ノックしてよー。

 っていうか、鍵かけてたはずだけど??



「ち、ちっさい子を半裸にして、パツキン美女に武装させて…………なぁにをやってんですかアンタはーーーーーーーーーーーー!!」


 ドカーンと背景に爆発のエフェクトを背負って見えるセリーナ嬢が乱入してきた。


 っていうか、


 え、

 えーーーーーーーーーーーー?!


 お、俺?


「俺が悪いの?!」

「お前以外におるかーーーーー!!」


 ものスッゴイ形相でセリーナ嬢が部屋に飛び込んでくると、ルビンの胸倉を掴んでガックンガックン。


 周りを見れば、レイナはタオル一枚で半べそをかき、

 エリカはレイナの武装であるナイフを手にもち険しい顔つき。


 うん……………………………うんうん!!

 なんのプレイ中やねん?!


 確かに何をやっとんねん!!

 俺なになやっとんねん!!


 って、俺が聞きたいわ、このクソエリカ!!

 エリカの疫病神がぁぁあああああ!!


 あーーーーー!

「もーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


「って、もーーーーーー! とか言ってる場合じゃないですよ。……あああ、私もパニクってあああもう、こんなことしてる場合じゃなかった!」


 セリーナ嬢は頭をバリバリと掻きむしると、

「この際、ルビンさんがロリコンで大変な変態であることは置いといて」


 置いとくな!!


「今はそれ・・よりも!!」


 それ・・が大事じゃ!!


「あら? ギルドでも奴らを確認したのね? なら、もう時間がないわ───」

「え、エリカぁぁあ!! だから、何なんだよ!! もう、いい加減に……」


 ルビンは怒り狂って右往左往。

 誰に当たればいいのか分からず右往左往!!


 だが、そのルビンに物怖じせずセリーナ嬢は、ズカズガと近づくと、ガッとルビンの胸倉を掴み、


「───聞いてくださいッ、ルビンさん! エルフです!! エルフの大部隊がこの街を……」



「……きたわね」


「あ゛?!」

「はぃ?」


 ルビンとセリーナ嬢が顔にハテナマークを浮かべたまさにその瞬間。



 ひゅるるるるるるるるるる……!

 ──ひゅるるるるるるるるるる……!

 ────ひゅるるるるるるるるるる……!


 空気をつんざく、嫌な音が町中に響きわたった。

 それを受けてエリカがオーケストラの指揮者のように腕を広げると凄惨な笑みを浮かべて言った───。



 さぁ、


「───戦争の時間よ」




 ドォォォォオオオオオオオン!!

  ズドォォォォオオオオオオオン!!

   ボォォォォォオオオオオオオオン!!




 真っ赤の燃え上がった街を背景に、黒衣のエリカが顔を朱に染めながら、そう言った……。

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