第74話「『鉄の拳』は、悪巧みする(前編)」

 と、


 エルフ達のいる自治領でそんなことになっているとも露知らないルビンたち。

 彼らがギルドに指定された宿屋に引き上げていった頃。



 同じく宿屋の立ち並ぶホテル街にて。



「はぁ…………。なんでアタシがパシリなんて」


 ブツブツと不平を零しながらサティラが大きな袋を抱えて街を歩いていた。

 そして、とあるボロ宿にスルリと入ると、受付に一言言って階段を上っていく。


 ギシギシと喧しい階段は今にも抜けそうで、それがこの宿のグレードを如実に表していた。


 ちょっと前の『鉄の拳アイアンフィスト』の状況からすればあり得ないほどの落差だ。


 そして、同じくボロボロの宿の扉をノックする。

 それも通常のそれではなく、特徴的な音を持った叩き方だ。


 コンココココッコッッコンコン。


「…………入れ」


 ギィと音を立てて中に入るサティラ。

 扉を開けたのはフルプレートアーマーを着込んだ偉丈夫のアルガスだ。


「つけられていないだろうな?」

「……はぁ? 誰がアタシつけるっていうのよ!」


「ち……どけッ」

「きゃ!」


 サティラの反抗的な言葉に業を煮やしたアルガスは扉から顔だけを突き出すと廊下を覗き込み左右を確認した。

 当然ながらボロ宿の廊下には誰もいない。


「……クソガキ。尾行にくらい気を使え!」

 ドンッと肩を押すと買い物袋を引っ手繰り、後は顧みず部屋の奥へとノッシノッシと……。


「なによアレ、くそぉ……」


 涙ぐみながらサティラは腰の埃をパンパンと払い起き上がる。

 そして、最近の自分の扱いを呪いつつ、あてがわれた粗末なソファーにちょこんと膝を抱えて座り込んでしまった。


 その視線の先には、アルガス達。


 買い物袋を漁り、中からパンやら、林檎やらを取り出し適当に分け合っている。

 

 でっかいパンはアルガスが、

 艶やかな林檎はメイベルが、

 分厚いベーコンはエリックが、


 そして、高めのワインは美しいエルフの青年が───……。


「とりあえず、尾行はない。安心してくれ」

「く。人間風情の世話になるとはな……」


 苦々しく言う割に、さっそくワインを開けて口をつけている。


「で。その耳よりな情報というのは、なんだ? ただで助けたわけではないだろう? 見返りが欲しいのか? いくばくかの謝礼なら───」


「もちろん、見返りは貰う。そして、こっちの情報も渡す・・・・・・・・・


 そういってベーコンを齧りながらエリックが偉そうにほざいている。


「どういうことだ? 見返りに情報が欲しい───というならわかるが……」


「へッ。こっちも色々とわけありでね───メイベル」

「はーい」


 エリックは、ベーコンを半分千切ると、林檎を齧っていた聖女様に投げ寄越す。

 それを合図に、話せと言わんばかりだが。


 清らかなる聖女様はそれを大きな口で噛み千切りながら、

「ルビンたちは、ギルドが斡旋している宿、「狼亭」に宿泊しているわ。女の子一人、長身の美女一人───計3人」


「「ひゅ~♪」」


 エリックとアルガスが同時に口笛を吹く。


「へ~。あのクズがいつの間に女を?」

「けははは。一人はガキだってぇ? そーいう趣味でもあったのかね──────なぁ、サティラ!!」


 ルビンを茶化しつつ、半分に割ったパンを思いっきり投げつけるアルガス。

 それを受け止めそこなったサティラがガツン! とパンを顔面にもろに受けて涙目になる。


「ちょっと~……女の子の顔に酷いじゃない」

「へッ。最近、あいつ生意気でよ───まぁいいや、話し続きしろよ。エルフの旦那も気になっているみたいだ」


 サティラの恨みがましい視線など全く意にも介せずアルガスはメイベルを促す。


「あらそう?……じゃぁ、聞いてちょうだい。エルフの殿方が探しているのはコイツ等じゃないかしら?」

 そういって、簡単な似顔絵を描いて見せるメイベル。


 ……意外と絵心ある。


「な! そ、そうだコイツ等だ!! コイツ等が副長を拉致し、我らを無礼撃ちしたのだ!!」


 その言葉に、エリック達が内心嘲笑いとため息をつく。

 こう思っているのだ───「よく言うぜ」と。


 だが、それを顔に出さないだけの自制心は持っていた。そのアルガスでさえ。


「そうですかー。やはりやはり。聞いてくださいエルフの殿方、」

 そっと、エルフの手を取りニコリと慈愛に笑みを浮かべるメイベル。


 その美しい表情に、美形を見慣れているはずのエルフの青年でさえ柄にもなく赤面してしまうほど───。


「な! は、はなしたまえ!!」


 口調を乱暴にしたり丁寧にしたりと忙しいが、それだけ彼が慌てたということだろう。

 一瞬だけ暗い笑顔に顔を歪めたメイベルだが刹那にそれを取り繕い、ニコニコと慈愛の笑顔を浮かべる。


「もうしわけありません……あまりにも、アナタの表情が高貴なものでつい……」


 心にもないことを言うのに、メイベルは全くも躊躇はない。

 ようは、この間抜けな密偵を丸め込めばいいのだ。


「む……。コホン。人間にしては見どころがあるな。隠そうとしても隠しきれない我らエルフの高貴な血というものが漏れてしまったようだ」


(へ。バーカ)

(これで密偵かよ、あほらし)

(男なんてみんな単純なのよー)


「よかろう。貴様らの話を聞いてやろう」

「光栄ですわ。私達の望みはただ一つ───」


 メイベルはテーブルに置いた似顔絵にトンと爪を立てた。

 そして、




「……この男。ルビン・タックの社会的な死ぶち殺すことですわ」

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