第73話「エルフは、出撃する」

『ひゅー……! 空気が旨い!』

『はしゃぐなよ。お前が少しでも逃げる素振りを見せたら、そいつが「ボンッ」だぞ!』


 そう言ってバーンズの首に結わえ付けられた呪符付きのネックレスを示す。


『わぁってるよ。言われたこと以外はしねぇから安心しな。それに、どうせコイツ以外にも色々保険をかけてるんだろう?』


 そう言って、粗末な服をはだけて見せると、背中から肩にかけて刺青がびっしりと───……。


『そうだ。分かってるじゃないか───お前は言われた通りに任務をこなせ、そうすれば大幅減刑もあり得る』

『へ。いまさら、十年、百年短くなろうが関係ねーよ。俺の部下ももうこの世にはいない───未練なんて今世にはないのさ』


 そう言うと、牙城の屋上に立ち、胸いっぱいに空気を吸い込むバーンズ。


『それよりもどうだい、この快晴───! 世界樹がなければもっと高い空が拝めるんだろうなぁ……』


 そういって、世界樹の葉の間から覗く太陽を透かし見る。


『世界樹に向かって、不敬だぞ、バーンズ。それにな、くくく……。もっと存分に空を仰がせてやる』

『あん?──────っと、これはなんだよ?』


 バーンズに差し出された装備一式。


 細剣に短弓はエルフの標準装備だが……。

 一部妙な装備が混じっている。


『ふふふ。「空を舞う」には必要だろ? 良いから、身につけろ───使い方は道々教えてやる』

『使い方って……もう行くのか? 人間の街───今もダンジョン都市というのか知らんが、あそこまでは飛竜を使っても2日はかかるだろうに、』


 そう言いいつつも、与えられた装備を身に着けていくバーンズ。


『ふふふ。まぁ、聞けよ。色々事情が変わってな「時の神殿」はもはやついでだ。それよりもだ──────モルガンっ』




『はッ!!』




 牙城の前庭からあの若者の声が聞こえた。

 実は牢獄にいる少し前からモルガンの声は聞こえていたのだ。


 バーンズは時空魔法の使い手にして第一人者だ。

 あらゆる時空魔法に精通しているがために、その弱点も把握している。


 懲役が決っていらい、自分の時間を止めることで懲役刑を免れているのだが、しかし、時が正常化した時が一番の弱点であることをも知っている。

 だから、時間が元に戻る少し前にはジッとして周囲に様子を探るようにしていたのだが……。


『くくく。見ろ。思い上がった人間どもに鉄槌を喰らわせてやる』

『おいおいおい……。また戦争でも始める気か?』


 バーンズはゴルガンに連れられて牙城の屋上から眼下を見下ろした。

 そこに広がる前庭の光景──────。





 ぐぁぁぁああああああ!

 きゅああああああああ!

 ごるるるるるるるるる!




『ひ、飛竜第一空挺団……』

『ふふふ。古いぞバーンズ。今は規模を拡張して、旅団規模になった。……飛竜第一空挺旅団、通称『スカイレンジャース』だ!』




 ごぁおぁああああああああああああ!!!!




 一際大きく飛竜が吼える。


 眼下に広がった無数の飛竜の群れ、群れ群れ群れ!!


 総勢100騎にも上るのだろうか。

 よくぞこれだけの……。


『おいおい、本当に戦争を始める気か? 俺はこう見えても平和主義者だぞ?』

『よく言う。あの戦争を複雑化させ、そして、無理やりに終わらせるきかっけを作った「禁魔術師」の一人が……よく言うッ』


 ゴルガンの言葉に肩を竦めたバーンズ。


『───ま、俺は言われたことをやるまでさ。で、そろそろ教えてくれよ。俺は何をすればいい?』

『言っただろう? 厄介なのが現れたのさ───』


 バッ! と手を翳すと、一騎の飛竜が舞い上がり牙城の屋上付近でホバリングする。


 モルガンが操作しつつ、20名ほどの兵士を乗せた飛竜が牙城の縁に身を寄せた。。

 そして、

 そいつはさらに空いた余席を持っており、そこにゴルガンが悠然と腰かける。


『───そいつら・・・・を仕留めるのがお前の仕事だ』

『そいつらって……おいおい、まさか……』


 バーンズはおっかなびっくり飛竜の背に乗ると、ゴルガンの隣に腰かける。


『そのまさかよ。───よりにもよって同じ場所、同じ街、同じ時代に現れたのだよッ!』


 何が、とはもう聞くまい。


『───ふん、時空を操る不届き物……「時空魔法」使い。いや、【タイマー】がな!!』


『は!…………ははははははは。これは面白くなってきやがったな。───いいぜ、乗った』


 ニィと笑う二人の男。


 初老に差し掛かるゴルガン司令と、

 中年と呼ばれる年格好のバーンズ受刑囚の二人ダンディーズが不敵に笑い合う。


 そして、飛竜は舞い上がる。

 眼下の飛竜たちも次々に舞い上がる。


 バッサバッサと皮膜を震わせて……。


 背に背に兵士を乗せて、飛竜は舞い上がる──────。


『それにしても、面倒な───……。偶然とはいえ、なにも同じ場所に、時空魔法使いが現れずとも……』

 ブツブツと零すゴルガンに独り言を聞きつつ、バーンズは一人口角をあげる。


『(……くくく。偶然なものかよ)』


 ニヤリと笑うバーンズ。


『……時空魔法使いタイマーどうしは惹かれ合うのさ───運命に従ってな』

『ん、何か言ったか?』 


『いんや。それよりも、分かってることを全て教えろ───。俺がそいつらに本当の『時空魔法』がどういうものか教育してやる』


『よかろう……まずは、「時の神殿」の封印についてだ───』



 飛竜の風切り音のなか、ゴルガンとバーンズは現状を確認しあう。

 そして、それを聞き流しつつ笑う男……。



(あぁ、懐かしいね。楽しみだね……。また、世界の時が止まる日が来るなんてな───)



 ふふふふふふふふふふ。

 ふははははははははは。



 はーーーーはっはっはっはっはっはっはっは!!

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