第72話「【タイマー】は、じ後処理にとりかかる」

『ごぉぉおお!! 出せ! こら、出せぇぇえええ!!』


 ガンガンガンッ!!


『ふざけんなよ、下等生物どもがっぁあああ! おら、だせぇぇえ!!』


 先ほどから響き渡る罵声に、ルビンとセリーナ嬢は辟易としながら格子の前から少し距離をとる。

 それで視界から例のエルフは消えたことで少し楽になったのか、セリーナ嬢が服の胸元を緩めてため息をついた。


「ダメです。話になりませんね……」

「え、えぇ。まぁ、あれだけのことをしたあとですし……」


 主に、レイナとエリカが、ね。


「参りました……穏便に済ませたいところですが、無理かもしれませんね」

「そうですね……。ですが、どうするんです? 衛兵に突き出した方が……」


 少なくとも、ギルドの地下室に閉じ込めておくよりはいいはずだ。

 

 そう、ここはギルドの地下室。

 普段は物置に使われている一室だという。

 ギルドには牢屋などないのだから仕方ないとは言え、長期間拘禁できるような施設でもない。


 声だって漏れていることだろう。


「そうしたいのは山々ですが……。衛兵隊の身に余る仕事でしょう。下手をするとその日中に介抱されるか───悪くすれば口封じのために殺されるでしょうね」

「え? そんなに?!」


 ルビンは驚いた。

 曲がりなりにも公的機関の衛兵隊がそんなことをするのだろうか? と。


「充分にありえますよ。外交問題に首を突っ込めるほど衛兵隊には権限はありませんし、かと言って衛兵隊上層部とて責任はとりたくはないでしょう」


 つまり……。


「外交問題に発展する前に開放するか──────ひっそりと殺すか? ということですか」

「あぁ、十中八九はそうなるかと……」


 うーむ。これは参った。


 ルビンとセリーナ嬢は昨夜酒場で大暴れをしてくれたエルフの非正規戦部隊『高貴な血ノーブルブラッド』……ようするに大規模スパイ組織の一部隊を壊滅に追いやったのだ。

 そして、偶然にもその指揮官クラスである副長を捕らえることになったのだが……。


 正直、手に余っていた。


 まずは、こちらに敵対意思がないことを示し穏便に帰ってもらおうと説得することにしたのだが、諸々の事情レイナとエリカのせいで説得不可能になってしまったのだ。


「まいったな……。何日も拘束しておけないですよね? 今日中にも何らかの決定をしないと」

「ですが、相当数に目撃されています。開放したわけでもなく、エルフがここから出てこないとなると……」


 あぁ、そうか。


「───殺害し、死体を隠した……そう思われると?」

「えぇ、そして、ギルドと──────……」


 セリーナ嬢は少し迷っていたようだが、


「……ルビンさん達もエルフに追われることになるでしょうね」

「え? な、なんで?! なんで俺達まで?」


 その物言いはギルドに全責任をおっかぶせんばかりの物だったので、セリーナ嬢からジト目で睨まれるも、

 イマイチ危機感のないルビンであった。


「……はぁ、考えてもみてください。なぜエルフが「ギルド」を強襲したのか。私は言葉が分からないので彼らが何を言っていたのか知りませんが、」


 ジッとルビンの目を覗き込むセリーナ嬢。


「───連中の目当てはアナタですよね? それと、レイナさん…………ついでにエリカさんでしょうか?」


 げ。

 バレてーら。


「ナ、ナンノコトデショウカー」

「いや、そーいうのもういいですから。たとえそうであってもルビンさん一人の責任じゃないことくらい重々承知です」


 フゥと、額を押さえるセリーナ嬢は、

「正直、ルビンさんが【タイマー】に転職して以来、ここまで物事が拗れるとは思ってもみませんでした。もっと早期に何らかの対応をすべきでしたね……。そう例えば、」


 ギロリと、ルビンを睨むセリーナ嬢。


「是が非でもギルドに入れるか──────」


 スゥと、腰の護身用の短剣に手を伸ばすセリーナ嬢。


「さっさと理由をつけて拘束して、こっそり殺してしまえばよかったかもですね」

「う…………」


 セリーナ嬢から放たれる威圧感に仰け反るルビン。


「──────な~んて、冗談ですよ」


 嘘つけ。

 目が本気だったぞ?!

 しかも、今も顔は笑っているけど、目ぇ笑ってないから!!


「あ、あはは。もーセリーナさんったらーー」

「うふふ。もージョーダンですよぉ」


 きゃっきゃ、

 うふふふふ、


『うがぁぁぁああああああああああああああ!!!』


 ドガーーーーーン!!


 物置の扉を蹴る音が大きくなった気がするけど、気のせいだろう。

 セリーナ嬢から、黒いオーラのようなものが見えるけど、冗談だろう。


 うん、皆気のせい。

 みんあ冗談。


 あはははははははははははははははは─────────……あー、マジでどうしよう。


 ガックシと項垂れたルビン。

 それを見たセリーナ嬢は目を輝かせると、

「ね? 今からでもギルドに入りませんか? そうすれば、ギルドお墨付きということで色々融通が利くと思うんですよ。例えば、」

「───例えば、王都のお膝元のギルド本部で厳重な監視のもと、ギルドの給金だけで、色々実験まがいのことをされるって言うんでしょ? ギルドは『天職』の調査には乗り気ですもんねー」


 ジロリと睨み返すルビン。


「う……。な、ナンノコトカワカリマセンねー。おほほほ」

 

 目がキョロキョロ泳ぐセリーナ嬢。

 この人もギルド第一主義な所があるからな~……その延長戦上に冒険者がいるだけで、冒険者や戦ましてルビンの100%の味方というわけではない。


「とにかく、それは保留です!……いつか無職になった時に考えます」

「(それじゃ、遅いんですけどね)ボソ」


 何か言った?


 ……実際、ギルドがどこまで守ってくれるかは不明だけど、さすがに人身御供としてエルフに差し出しはすまい。

 犯罪者ならともかく、ルビンはれっきとした普通の冒険者だ。

 しかも、転職神殿での『転職』を契機に【タイマー】になったのだ。

 ただ「はい、どーぞ」といってエルフに引き渡すにしては余りにも様々な組織が絡み過ぎている。


 つまり、公にはルビンは何もされないという事………………多分。


 その場合面倒なのは暗殺や拉致の類だが、単体戦力としてほぼ最強に近いエリカが手元にいる以上そう簡単にはいかないだろう。

 どれほどの数のエルフが逃亡したか知らないが、昨日の顛末をエリカに聞いたところ何名かは取り逃がした可能性があると言っていた。

 つまり、ルビンたちに情報は既にエルフ側に漏れている可能性が高い。


 そうでなくとも、すでに非正規戦部隊がかなりの数でこの街に潜り込んでいる以上、今更知らぬ存ぜぬは通じない。

 だが、それゆえ、エルフ達もルビンたちの強さには一定の理解をしているということだ。


 生半可な戦力を送り込んでも無駄と気付いている。


「現状、様子身するしかなさそうですね……。エルフ側から何らかのアクションがあるまでは拘禁し───徐々に軟禁まで拘束度を落としていくのはどうですか?」

「う~ん……。でも、あの人、言葉どころか、話も通じなさそうなタイプですよね」


 それはまぁ……。

 下等生物とか言ってたし、エリカに部下を全部殺されてるからなー……。


「とにかく、ルビンさんはまだ街に滞在していてください。依頼を受けることは止めませんが、ダンジョン関連ならなるべく日帰りにものにしてくださいね」

「わかってますよ。通訳も必要でしょうし……。正直、多少は責任も感じています」


 主にエリカのことについて。

 ルビンがちっとも悪くないにしても───だ。


「多少……ですか。まぁ、元をただせば───いえ、やめましょう。わかりました。一応居場所確認はするので、必ず報告と連絡だけはしてください」

「はい。じゃー行っていいですか?」

「そうですね。私も戻ります。……彼にはもう少し冷静になってもらいましょう」


 そう言って、地下室を離れるルビンたち。

 その気配を感じたのか、エルフの副長は更に大暴れをしているが、拘束された状態ではせいぜい足で扉を蹴る程度しかできないだろう。


 あとは喧しい声……。


 ───はぁ、気が滅入るよ。




 しかし、ルビンもセリーナ嬢もこの時まではまだまだ認識が甘かった。

 エルフという種族がどれほど人間を見下し、そして執念深い種族だということに──────……。

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