第71話「エルフは、時の番人を起こす」

 ところかわってエルフ自治領奥地にて───。



 深い森の奥にその樹はあった。

 世界を多い尽くさんばかりの大樹。


 青々とした葉と、

 力強く太い幹。


 エルフの信仰篤き、森の守り神───世界樹。


 そして、その世界樹の根本。

 厳重なる警備に敷かれた牙城に、一人の男が飛竜ワイバーンにて飛来する。


 ───ギュアアアア!!


 飛竜の鳴き声とともに着陸。

 そのまま、彼は慣れた様子で飛竜ポートに着陸すると係の者に手綱を預けると、わき目もふらず内部へと足早に進んでいった。


 案内の兵士を押し退けノッシノッシと、勝手知ったるかのように───。


『モルガン、奴は起きたか?」』

『ッ!? こ、これはゴルガン司令!? こ、このような所まで───」』


『世辞はいい。結果だけ申せ』

『は! まだ……であります。ですが、』

『ふむ?』


 モルガンは結果を出せなかったことに蒼白になりつつも、ゴルガンを案内するように『牢』の前まで彼を誘った。


『で、ですが──牙城の担当によりますと、奴の起床の周期からして、もう間もなくだそうです!』


『ほう、私はタイミングが良かったということか』


『はっ! さすがはゴルガン司令であります」』


 ズピシと敬礼をするモルガンを適当にあしらいつつ、ゴルガンは牢に入る。


 そこは牢と言っていいのかすらわからないほど荒廃していた。


『酷いな……』


 強烈に立ち込めるカビの匂いと埃臭さ。

 そして、うずたかく積もった綿埃の山がかなりの歳月を放置されていたことを物語っている。


 「かつて」誰かが収監されていたのか、マットレスの腐食した枠だけのベッドと、その脇のサイドテーブルには何年前の物か分からない食事が放置されている。


 新鮮だった肉はジャーキーに、

 柔らかい白パンは乾燥パンに、

 瑞々しかった葡萄は干葡萄に、

 そして、ワインはビネガーに…………。


『で? いつ起きる??』


 クイっと顎でしゃくって見せた先には、木枠だけのベッドの上に座禅を組んで座る一人の人物がいた。


 この荒廃した牢の中で一人──────……がっしりとした体格の、偉丈夫然としたエルフのおじ様が。


『は! ほ、本日中であるのは間違いないかと───。見落としがない様に、連絡文を彼奴の前に出しております。何時もはそうやって連絡を試みていると……』


 ふむ?

 連絡文とな───。


『───これか? なになに、「至急、連絡をとりたし、起床後、この文を確認したならば番兵に一報せよ、エルフ自治領第二補佐官モルガン」……おい、』


 偉丈夫の前に掲げられていた連絡文とやらを、ピッと固定枠から取り外すと、モルガンに叩きつけるようにして言った。


『お前はアホか?!』

『は?! いえ、は?!」』


 ポカーンと口を開けているモルガンのそこに、紙を捩じ込みたくなるのをゴルガンは必死でこらえると言った。


『アホぅ!! こんな内容では、なぜ起こされるのかコイツに理解でんだろうが!! この男が貴様の稚拙な連絡内容を見て、また寝たらなんとする?! 次はいつ起きる? ええ?! 言ってみろッッ』


『も、申し訳ありません───す、すぐに書き直します』


 そう言ってバタバタと駆けていくモルガンを見送りながらため息をつくゴルガン。

 

『まったく……。最近の若いのはあんなのばっかりだ!! うんざりする……』

『…………へ。そう言う事を言ってるとますます老けるぞ、ゴルガン』


 ッッ?!


『き、貴様───バーンズ!! いつ目覚めた!!』

『くぁ……ん~……。今だ。は、老けたなぁゴルガン』


 さっきまでピクリとも動かなかった偉丈夫が今や、ツヤツヤとした肌の輝きを持って牢内で伸びをしていた。

 まるで、ひと眠りをしたと言わんばかりに……。


『ほざけッ! 貴様の刑期はまだまだ先だ!! そう簡単にここから出れると思うなよ』

『カカッ。怒るなよ、俺にとっちゃ昨日みたいなもんなんだ。しかし、そうだな……アンタがここまで出張でばるってのはよほどのことだ。「例の施設」の点検じゃないのか? いや、そんなしょぼい仕事にアンタが出向くわけないか?』


 そう言うと、どっかりとベッドに腰かけ、脇のサイドテーブルに置かれた「食事」に手を伸ばす。


 カチカチになったパンにも意を解せず、ボリボリと。

 僅かに水分の残ったドライフルーツで口の中の唾液を促しつつ、ジャーキーと同時に齧る。

 最後に口の中の水分を奪われたのを良しとせずに、ビネガーになったワインでグビグビと……。


『お、おい。腹をこわすぞ……」』

 もはや食べ物とも呼べないそれらを平気な顔をして食べるホルガ―にゴルガンは若干引き気味に言う。


『ぷはー……。で、なんだよ? 刑務労働以外になんかあったか?』

『う…………。そうだ。仕事だ。言っておくが貴様に断る権利などないからな!! この禁魔術師が!』


 ゴルガンは威圧的にホルガ―を睨む。


『カカッ! まぁだ禁魔術指定されてるのか? ま、言うて俺の手が必要なんだろ? カカッ。いいぜ、言えよ。どうせ暇してんだ。やることないならまた寝るぜ? 次は……2年か、10年か、100年か───。俺の刑期の残り、920年か? それまで寝てもいいんだぜ。…………時を止めてな』


 ニヤリと不敵に笑う男。


「く……!」


 バーンズ・ドルガー。

 かつて、禁魔術の研究者であり、時空魔法を極めた人物だ。


 彼が率いた部隊は、大昔の人間との戦争では大いに活躍したが、そのあまりにも強大な魔法にエルフ達はそれを禁魔術に指定し、封印することを決定した。


 しかし、

 それに真っ向から反対したのが、当然ながら時空魔法の第一人者のバーンズだった。


 結局は議論は決裂。

 バーンズを捕縛を決定したエルフの上層部は、大損害の末、彼の部隊を殲滅しなんとか捕縛することに成功した。


 そして、バーンズは第一級の罪から処刑されることとなった。

 

 とはいえ、……ある事情で彼は処刑されずに懲役刑にまで減刑され、独房にて今に至るまで収監されているというわけだ。


 ある事情というのが『時の神殿』に関連することで、それさえなければバーンズはいつでも処刑されるはずだった。

 しかし、現在に至るまで解決法は見つかっておらず、おまけにバーンズは時空魔法使い。

 独房なや収監されていようがお構いなしだ。


 なにせ収監直後から自分の時間を止めて外部との接触をシャットダウンしやがった。

 おかげでこちらからの干渉は受け付けず、数年に一度ほんの数分だけ目を覚ますというサイクルを繰り返している。


 そのせいか、奴にとっては数千年の刑期などあって無きが如し。

 こっちが数百年たっていてもバーンズの奴にとっては、せいぜい数日前のこと。


 だが、さすがにそれを良しとしてしまうと沽券にかかわるということで、バーンズが目覚めるタイミングを見計らって刑務作業にかりだしているというわけ。



 それが──────……。



「どうせあれだ? 『時の神殿』絡みなんだろ? それともなんだ? 新しい禁魔術師でも出たかー。カッカッカ!」


「ふ……。両方正解だ。働いてもらうぞ、バーンズ元大隊長どの」


「な…………まさか?!」




 初めて驚愕に目を見開くバーンズ。

 それを見て少し留飲を下げるゴルガンだったが、事態は深刻なのでバーンズの驚愕の顔ひとつで帳消しになるはずもなかった……。

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