第69話「【タイマー】は、とぼける」

「ど、どうにかって───?」


 ルビンはグビリと唾を飲み込みながら問うた。


「え? そりゃあ、バラすか埋めるか、煮るか焼くか、しなきゃ??」


 おっふ。


 殺す一択ですやん。

 しかも、死体の処理まで具体的に……。


「え?! まさか、ルビンさん殺す気ですか?! エルフを?!」


 セリーナ嬢は飛び上がらんばかりに驚く。

「え? いや、その……」

 周りに黒焦げになったエルフ達の死体があるというのに、今更だよ! と思わなくもないが、セリーナ嬢はそうではなかったらしい。


「や、やめてください!! さっきまでは、全員パニックになっていましたし、エルフ側からの攻撃があったのでなんとか言い訳がつくかもしれませんが……」


 ざわざわ、ざわざわ。


「(───さすがに人目が多すぎますよ……)」


 最後は言葉は語尾をしりすぼみに。

 周囲の喧噪にセリーナ嬢が青い顔をしている。


 冒険者ならギルドが緘口令を引けばある程度効果があるだろう。

 あるいは、エルフの襲撃自体を訓練だとか偽ることもできるかもしれない。


 だが、今はまずい。


 この騒ぎを聞きつけて近所中がやいのやいの野次馬に乗り込んできている始末。


 ほとんど人間なので、気にしなくてもいいのかもしれないが───仮にエルフの非正規戦部隊の残党が雑踏に潜んでいる可能性もある。

 そうなれば、エルフの副長が囚われ───あまつさえ処刑されたなんてことがエルフ達の本国に伝わりかねないのだ。


 いくらスパイ行為で侵入していたとはいえ、大衆の目前で殺されたエルフのことを無視するわけにはいかないだろう。

 エルフは元来プライドが高い人種と聞く。

 ならば、下等生物と馬鹿にしている人間に同胞が殺されたとなれば何としてでも抗議してくるに違いない。


 そうなれば、今度こそ本当に外交問題だ。下手をすれば戦争にだってなりかねない……。

 あの世界を焼いたと言われる、歴史の彼方の大戦争に……。


 それに、エルフの非正規線部隊だけが脅威ではない。

 野次馬に紛れ込んだ一般の人達だってエルフにとっては情報源になるのだ。だから野次馬のまでも迂闊なことはできない……。


「じゃー。どうすんのよ?」


 ガシャコ! と物騒な音を立てる武器を弄びながら、エリカがセリーナとルビンの逡巡を看破し鋭く切り込んでくる。


「ど、どうしよう?」

「ど、どうするの?」


 レイナも少し状況が理解できたのか、オロオロし出す。


「と、とととと、とりあえず話をしてみませんか? ルビンさんのこの魔法……? もじきに解けるんですよね?」

「えぇ、まぁ、もうすぐ……」


 ああ、そういえばそろそろ。効果が解けるころだ。

 よくよく見て見ればエルフの副長がピクピクと動き始めている。


 もう、いくらも硬直時間は残っていないだろう。一刻も早く決めなければ。


「な、ならまずは対話から始めましょ? ルビンさん、エルフ語話せる?」

「す、少しなら……発音はだいぶ怪しいですが」


 一応は語学も収めているルビン。

 ほとんど使ったことはないがエルフ語も習得済み。


「な、なら通訳を───……いえ、ルビンさんも話してみましょう。誤解も解けるかも?!」

「わ、わかりました。ではまずは、誠心誠意話してみましょう。【タイマー】のことも事情を話せば禁魔術を使おうとして使ったんじゃないとこも理解してもらえるはずです。レイナだって、普通に暮らしている分には悪さをするわけじゃないし!」


「そ、そうですよ!! まずはお話しましょ?! ね! ね! ね!!」


 ルビンとセリーナ嬢はウンウンと頷きあう。

 それを冷めた目で見ているのはエリカ。


「おめでたい子たち……」

「うう……お兄さん。エルフさんを説得するの??」


 レイナが上目遣いでルビンを見上げる。

 うぐ……。


「も、もちろんだ! いくらなんでも無抵抗な人を殺せないよ」

「いやそうじゃなくて……」


 え? 違うの??


「なにかあったの──────あ」

「…………うん。多分、説得とか無理ぃ」


 そりゃそうだ。

 だって、この子……。エルフの副長の身ぐるみ剥いじゃってるもん。


 エルフさん、パンイチだもん。


 い、言い訳できねぇ……。


 し、しかも───たしか、レイナちゃんたら、股間に………………。


「え? どうしたんですかルビンさん。凄い汗ですけど───」

「い、いやぁ……あはははは。あの、セリーナさん?」

「はい? どうしました? 早く説得の準備をしましょうよ」


 い、いやー……。

 それなんですけどね。


「た、多分…………。いえ、絶対無理かもしれません」

「は?」


 だらだら……。


 ルビンとレイナは物凄い勢いで汗を流す。

 そして、セリーナさんも気付いてよ。


 この副長の格好に──────……。


「四の五の言ってないで早く説得を───」






 そして、時は動き出す─────────。






 い゛……!


「い?」


 動き出した時の中。

 セリーナ嬢とエルフの副長の視線が一瞬絡んだかと思うと──────……。




『い゛っだぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛─────────ッッッッッ』

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