第47話「【タイマー】は、『時の神殿』に到着する」

「はぁ……まったく酷い目にあったよ」

 ルビンはゲンナリしながら馬車に揺られていた。

 馬車の中には数組の冒険者のパーティがいたが、皆ルビンから距離を置き、ヒソヒソと話している。


 先日の件も含めて、今日の今日で色々と有名になってしまった。

 だが、断じてロリ〇ンのそしりだけは避けねばならぬ。


「どうしたの、お兄さん?」

 ルビンの胡坐の上にチョコンと座ったレイナが不思議そうに見上げてくる。


 くりくりとした髪の毛と同じ色を白赤い瞳が真っ直ぐに見つめてくるので、ルビンは柄にもなく照れてしまい目を逸らした。


「なんでもないよ。それより、装備は慣れた?」

 今だヒソヒソとルビンに向かってなにやら呟いている連中をサックリと無視すると、ルビンはレイナの装備に注目する。


「ん? うんー。ほとんど使ったことが無いから自信ないけど……」

 馬車の揺れに合わせて、サイドテールにまとめた彼女の茶髪交じりの赤髪がぴょこぴょこ揺れている。、

 彼女が装備しているのは、ギルドが支給してくれた盗賊シーフ系が使う軽武装だ。


 さすがにルビンの服を着させたままでは危ないとばかりにセリーナ嬢が出なしに準備してくれたもので、品質は悪くない。


 なんでも、特殊依頼スペシャルクエストの受注分で経費扱いなんだとか。

 実際のところはどうか知らないけど、セリーナ嬢が随分と気を遣ってくれているのだけは理解できた。


 そんな彼女が、レイナの装備を手配しながらルビンに耳打ちしてくれたことがある。


 エルフの非正規戦部隊のこともそうなのだが、どうやら、その件こそ彼女が一番言いたかったことらしい。

 人目をはばかりながらルビンにコッソリと耳打ちする。


 ※ 馬車への乗車前…… ※


「ルビンさん……。大きな声では言えませんが、その───エリックさん達が退院しました」


 それを聞いた時のルビンの反応は、自分で言うのもなんだか、思ったほど動揺はしなかった。

「───……興味ないです」


 もちろん、嘘だ。

 彼の動向は気になるし、メイベルに問いただしたいこともある。


 だが、それよりもまずはクエストが先だ。


 もう、ルビンはソロパーティではない。自分一人だけの生活というわけにもいかない。

 既に小さな相棒を得て、ギルドの信頼をそれなりに勝ち得たうえで依頼を受けているのだ。

 それをないがしろにはできない。


 なにより、仕事をしなければ生活にも困るし、

 それに彼等『鉄の拳アイアンフィスト』とは袂を分かっている。



 ……今さら、ルビンが気にしても仕方のない事なのだ。



 とはいえ…………。

 エリック達が、あれで引き下がるだろうか──────?


※ ※


「……さん? お兄さん?」


 え?


「あ……。何?」


 レイナに頬をペチペチ叩かれてようやく気が付くルビン。

 どうやら随分長く考え込んでいたようだ。


 まるで、時魔法でも使用されたようだ。



 ……使ってないよねレイナちゃん??



「ん? どうしたの、さっきから───……」


 ピョンとルビンの膝の上に立つと、レイナがマジマジとルビンの瞳を見つめてくる。

 この子ソーシャルディスタンスってもんがね……。


 あ、服の隙間から───ゲフン、ゲフン。


 ルビンの不埒な視線に気づいたのか、レイナがジト目で睨む。

 女の子はそう言う視線に敏感なのだ。


「むぅ……。もしかしてずっと変なこと考えてた?」

「考えてない!!」


 少なくとも、変なことは一切合切、ちっともなんとも!!


「そ、そう?」

「そうだよ!! で、なに? 何か用?」


 ルビンはレイナに要件を訪ねると、

「え? いや……到着したって、オジさん言ってるよ?」


 ん? あ───。


 気付けば馬車の中はガランとしていた。

 既に乗り合いの冒険者達は別の狩り場かダンジョンに散って言ったらしく、最後に残っていたのはルビンたちだけ。


「悪い、案内ありがとう」

「いいってことよ。迎えは半日後。日没には引き返すから、乗り遅れたら悪いが、野営するか歩いて帰ってくれな?」


 そういって、馬車を手繰る案内人は後ろ手に手を振って去っていった。

 呆気ないものだ。


 そうして、周囲を見渡すルビン。

 そこは鬱蒼とした森が広がる山麓の裾だった。


 件の『時の神殿』の石造りが森の樹冠を割ってチラチラと見えている。

 どうやら、ここで間違いないらしい。


「僕たちだけ?」


 不安そうなレイナ。

 さっきまではいくつかの冒険者のパーティがあり、皆和気あいあいとしながら降りていったのだという。

 それに比べるとこの閑散とした雰囲気はレイナに不安をもたらすのだろう。


 森も、ダンジョン自体もどこか鬱々としており、あまり気味が良い場所とは言えない。

 さすがは不人気ダンジョン……。


「そうだよ。ここは一部を除いて探索が終わっているからね……。今さら冒険に来るパーティもほとんどいないらしい」


 そんなところで命を落としたり大怪我でもしたら、と。

 ルビンも少し身震いする。


 一応、さっきの案内人が安否確認も兼ねているので、一日たっても音沙汰がなければ、捜索隊を出してくれることになっている。

 もちろん、お世話になりたくないけどね……。


「う、うん……大丈夫かな。僕、ダンジョンの経験なんて、」

「───大丈夫。レイナのことは俺が守るっていっただろ? 信じてくれよ」


 ニコリとほほ笑むルビンに、レイナも少しだけ微笑み返してくれた。

 メイベルのそれとは違い、レイナの笑顔は裏表のない純粋なもの。


「わ、わかったよ。僕やってみるね!」


 決意を見せたレイナ。

 彼女は不安そうにしているが、ダンジョンについては、じつはルビンはさほど心配していない。


 なにせ、これでも元Sランクパーティの参謀格だ。

 昨日の間に下調べを終わらせて、危険個所などダンジョンの傾向は頭に叩き込んでいる。


 もし今のルビンに不安があるとすれば、不測事態と、最奥にあるという未踏破地区の捜索のことと……。


 それ以外の───。

 エルフの非正規戦部隊のことと…………そして、エリック達のことだった。


(くそ……。セリーナさんも、何もダンジョン探索前に言わなくたって───)


 平気そうに振る舞っていても、やはりルビンにとってエリックたち『鉄の拳アイアンフィスト』のことは、心に重くのしかかる案件なのだ───……。


「行くよ。離れないでね」

「うん!」


 そうして、ルビンたちは『時の神殿』へと向かう。

 一抹の不安を抱えながら───。

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