第48話「『鉄の拳』は、ニヤリと嗤う」

「あの野郎ぶっ殺してやるッッ!!」


 治療院を出て、開口一番エリックは空に向かって叫んでいた。

 通行人が何事かと振り返るも、彼とその隣に立つ大男の視線に慄いてそそくさと逃げるように散っていった。


「おうよ! ぶっ殺してやろうぜ!!」


 アルガスも心身ともに健康に完全回復。

 頑強さを見せつけるように、何時もの全身鎧にルビンから強引に奪った竜の小盾ドラゴンバックラーを身に着け、エリックに合わせて叫んだ。


「ちょっとー……。往来で大声を出さないでよ!」

 それを咎めるのは、パーティ一のお色気要員……もとい、聖女メイベルだった。

 いつもの神官服をまとい、神々しいオーラを振りまきながら通行人には慈愛に満ちた笑みを向ける。


「うるせぇ! くっそー……! まさか、ルビンごときにしてやられるとはッ」

「同感だ! あの野郎……卑怯な手を使いやがって───!」


 フンガフンガと二人とも鼻息荒く地団太を踏んでいる。


「「絶対ぶっ殺してやる!!」」


 つい最近まで生死の境をさまよっていた人物と、

 つい最近まで二度と目覚めないかもしれないとまで言われるほど精神に深い傷を負った男とは思えない元気っぷりだった。


「───アンタたちねぇ、誰のおかげで助かったと思ってるのかしら?!」


「ち……。わかったよ、場所をうつせばいいんだろ? 場所をよー!」


 そう言って、ギルドの方に向かうエリック達に、メイベルとサティラは顔を見合わせつつ、

「あー……当分、ギルドはやめといたほうがいいわよ」

「今のギルドは、私達にはちょっと……」


 気まずそうに眼を逸らす二人の女子。


「あ? 何の話だ?」

「さーっぱり?」


 エリックとアルガスは知らない。

 すでにギルドマスターは失脚し、その後ろ暗い行為の後始末と、関係者の事情聴取をギルド憲兵隊が行っているということを。


 その辺を掻い摘んでメイベル達が説明すると、


「なんだとぉぉぉおおお!! 俺たちのSランクが再認定の危機だと?!」

「馬鹿な?! ルビンがギルドマスターをぶっとばしただぁぁ?!」


 ふたりして、イイ感じに驚いてくれる。

 こりゃ詳しく説明する手間が省けるわとばかりにメイベルは肩を竦めた。


「どーする? 他の街ならまだSランクってことでごり押しできると思うけど、ここだとそのうち再認定しなきゃギルドに入れないわよ?」

「きっと、Aランクくらいに落ちちゃうです……」


 面倒くさそうなメイベルと、ションボリしたサティラ。

 二人とも、筆記試験を突破できないので、ルビンに頼りきりだったのだ。


 エリックとアルガス?…………筆記試験どころか、名前を書くのも怪しい。……というのは冗談だと、思う。


「んっだよ、クソッ! ギルドの奴ら、散々貢献して、金もばら撒いたってのによッ!」

「そうだ。全部ルビンが悪い───おい、アイツは今どこにいる?! 調べたんだろうな?!」


 仕返ししてやると息巻くエリック達。


「ねー。もうやめよーよー」

 二人の剣幕にゲンナリしたサティラが仕返しなんてやめようと、提案するも、エリック達に睨まれて押し黙る。


「おい、メイベルっ。ボケーと暇こいてたわけじゃないだろうな?」


 アルガスはえらそうに、メイベルの胸倉を掴むと顔を近づけて威圧する。

 この男、誰にでもそうらしい……。


 二人の剣幕にうんざりした様子のメイベルだが、ちゃんと準備はしているらしい。

 この女、これでも結構方々に顔が利くのだ。


「放しなさいよッ! ったく、」


 パンパンと、アルガスから振り払った服の裾をはたくと、

「───ルビンはダンジョンに向かったわ。なんでも、特殊依頼スペシャルクエストですって」

「「なっ?!」」


 驚いた様子の二人をクスリと笑いつつ、

 一転して「ケッ」と、聖女にあるまじき態度のメイベル。


 もっとも、誰かがすれ違ったら一瞬で表情を変えて慈愛の眼差しで魅了する。


 ……うーむ、できる。


「ば、バカな! あのクズで雑魚のルビンが特殊依頼だと?!」

「何かの間違いだろう?……あ、きっと俺達だろっ? なぁ!? 高額報酬でかつ、ギルドから特別に信頼されているパーティに付与される依頼なんだぜ?! ルビンなわけねぇ!!」


 そう言って絶対にありえないと意気込む二人。

 いっそ、これからギルドに行こうと───。


「無駄よー。間違いなくルビンあてなの。それどころか、パーティメンバーを募っていてね~。ふふふ、」


 ニコリとサティラを見て笑うメイベル。

 その眼差しにギクリとしたサティラだったが、

「この子ったら、あなた達に内緒でルビンと組もうとしたのよー」


 と、あっさり、エリック達が動けない間の事情を話してしまう。


「え?! め、メイベル?! ちょ……!」

 アンタも一緒にいたじゃん! とそう告げようとしたサティラだったが、

「ひぃ!」


 エリックとアルガスの冷たいまなざしに驚いて腰を抜かす。


「…………おい、チビ。どういうつもりだ? まさか───」

「んっだ、こいつ……。もしかして、俺たちを裏切るつもりかぁ?」


 じとーっとした目で睨まれたサティラは顔面蒼白になり、ブルブル震えだす。

 ルビンが受けていた仕打ちを思い出し、その標的が自分になるのではないかと想像してしまったのだ。


「ち。ちちちち、違うよ! 急にギルドから呼び出しがあって───」

「あーら? 『お知らせ』には、パーティメンバーへの加入要請って書いてあったはずだけどー?」


 ちょ!!


「なんでそんなこというんですか! メイベルだって───」

「あーら。アタシはルビンなんかと一緒に組む気はないわよー? 先日だって、お灸をすえるために人を寄越してやったもの、ね」


 そう言ってニヨニヨと笑うメイベル。

 どうやら、サティラを追い詰めて自分への矛先をかわしているらしい。

 たしかに二人でギルドに行き、セリーナの口車にのって、ルビンと臨時のパーティを組むのも悪くはないかと考えていたのも事実なのだ。

 もっとも、ルビンにあっさり断られてしまったわけだが……。

 だが、転んでもタダでは転ばない女メイベル。


 その出来事をこうしてうまく活用するくらいには悪知恵が働くようだ。


「ち……。まぁいい。この落とし前は別に機会だな。覚えておけよ、サティラ」

「けっ。骨の一本くらいいわされても文句は言えねーぞ、クソガキ」


 エリック、アルガスの二人から凄まれて震えあがるサティラ。

 こんなにも人の悪意を向けられるのが怖いとは思いもよらなかったらしい。


 最年少の天才賢者は涙ぐみ、二人に許しを乞う。


「ごめんなさい、ごめんなさい。許してください、ゆるしてください……!」


 その様子をせせら笑うメイベルと、冷たいまなざしで見下ろすエリック達が実に対比となっていた。


「ふん。まぁ、今はそれよりルビンだ」

「あぁ、そうだ! アイツだ!! 絶対許さんっ!」


 そう言ってゲロをぶっかけられた恨みを返してやるとアルガスは復讐に燃える。

 ……ぶっかけたのはエリックであったとしても───だ。


「許さんとか、そういうのはわかるけどねー。どーすんのよ? ルビン、凄く強くなってるわよ?」


 メイベルは一部始終、見ていたことを話す。

 どうやってエリック達が圧倒されたのか、そしてそのあとに起こった出来事も掻い摘みつつできるだけ詳細にわたり───。


 そして、最後に言った。


「今のアンタたちじゃ、逆立ちしても敵わないわよ」


「んぐ!! バカな……あり得ん! どうせ何か卑怯な手を使ったんだ!」

「そうだ、そんなのあり得ない───……! あの時はたまたまだ! たまたま!!」


 たまたまねぇ……。


 メイベルはため息をつきつつ、

「じゃあ、言うけど。───たまたま、二人同時で倒され。強化薬まで使ったギルドマスターも、たまたま倒され。私が雇ったゴロツキも、たまたま全滅したのね? へー。これが、たまたまねぇ?」


 くふふふ。と声を殺して笑うメイベルに、エリック達が顔を歪めて歯ぎしりする。

 本当は分かっていた。


 何の掛け値なしに、ルビンは強いということに───。


「クソぉぉ……あの野郎クズのくせに、どうやって!!」

「絶対、何か秘密があるはずだ!」


 そうやって、敗北を認められない二人にメイベルは言う。

 

「秘密かどうかは知らないけど、一つ心当たりがあるわ」

「「何ッッ?!」」


 途端に食いつく二人。

 それを見てニヤリと笑うメイベルは───。


「エリック達は知ってるかしらぁ? 禁魔術タブーマジックって奴を」

「え?!」


 サティラが思わず声をあげてしまうも、二人に睨まれシュンと帽子で顔を隠してしまう。


「禁魔術っていったら、あれだろ? エルフがやたらと神経をとがらせてるってやつ」

「おう、何でも不法に使った連中はエルフに攫われて二度と戻ってこないっていうじゃないか──────あ、」


 まさか……。


「そのまさかよ。……ちょうどね、エルフの非正規戦部隊が動き出してるって噂が流れてるわ。これって偶然かしらぁ?」


「おいおいおい。ルビンの奴、そんな卑怯な手を使ってやがったのか!」

「なるほどねぇ。エルフがルビンを……ぐっふっふ!」


 ニタァと笑うエリック達。

 そして、


「禁魔術か……。ネタが割れればどうってことはないな。ルビンの野郎いい気になってるだろうな───無敵の禁魔術に弱点はないってか? くくく。ないなら作るまでだよ」


「作る? 弱点を、か……?」


 何かを思いついたらしいエリック。

 その厭らしい笑いを隠そうともせず、ニヤリと笑うと全員に告げた。


「ルビンにできて俺にできないってことはないだろ? それに、いい事とも思いついたぜ」


「いい事だぁ? おいおい、教えろよ。どういうことだ?」

「あら。エリックは何か妙案でも??」


 悪だくみをする『鉄の拳アイアンフィスト』の面々。

 そして、そんな三人の悪意を間近に感じて戦慄するサティラ。


(どうしよう……。どうしよう……。こんなはずじゃ───)


「くっくっく。それはついてのお楽しみよ───……行くぞ!」


「行く?」

「行くってどこへ?」


 決まってんだろ……?



 三人を振り返ると、実に晴れやかな笑顔でエリックは言った。






「──────もちろん、転職神殿だ」

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