第46話「【タイマー】は、ギルドで情報を得る」

「───で、この子ですか?」

「うん。レイナっていうんだ」


 ふーん。と、セリーナ嬢がカウンター越しにレイナをジロジロとみる。

 レイナは居心地が悪そうにしながらも、行き掛けにルビンが買ってやった朝食のパンを「あぐあぐ」と頬張っている。


「えっと、ロリコンさんですか?」

 ズルッ!


 思わずズッコケるルビン。


「───なんでやねんッ!」

「え? 言っていいんですか?」


 え。

 あ。


「…………なしの方向で」

「あ、はーい」


 セリーナ嬢はなおも胡乱な目をルビンに向けてくる。

 うう……そんな目で見ないでくれよ。


「まぁ、ルビンさんがそれでいいというなら特には言いませんけど……。本当にこの子で大丈夫ですか?」


 セリーナ嬢は疑わし気だ。


 ……たしかに、レイナの見た目はチッコイ。

 年齢はゴニョゴニョだけど、これでも凄腕の少女だ。しかも、ルビンと同じ───時使いの【タイマー】なのだ。


「もちろんさ! 俺はこの子しか相棒に考えられないッ」

「は、はぁ…………。そ、そうですか」


「あぐ、あぐ。ふみゅ?」


 レイナは、自分が話題になっていることにも気付かず、パンに夢中だ。

 まだまだ食べたそうだったので、朝イチの屋台で買ったチーズとパンと果実の水割りをそっと渡してやる。


「ありがとー! お兄さん!」


 レイナはパァっ! と輝く白金貨100枚のスマイルで笑う。


「う……」

「う……」


「「「「「う…………!」」」」」


 魂の汚れ切ったギルドの皆さんはその笑顔が眩しくて直視できない。


「な、なんて強力なスキル……。納得だわ」

「はい。凄いんです──────って、ちゃうわ!!」


 セリーナ嬢も冷や汗を流しつつ、「恐ろしい子」という目でレイナを見ている。


「いや、そういんじゃなくて……! この子は、俺と同じ能力を───いえ、それ以上の能力を持っているかもしれないんです!」

「え……。じ、時間魔法を?!」


 これにはさすがにセリーナも驚いた様子だ。

 しかし、軽々に話せる話題ではないと思ったのか急に声を落として、

「こ、ここではちょっと……」


 朝のギルドのカウンターは混みあっているため、冒険者に会話を聞かれてしまう。

 今さらな気もしたが、セリーナ嬢はカウンターに『離席中』の札を立てると、酒場の方にルビンたちを誘った。


「───申し訳ありません、ここなら少しはマシでしょう」


 朝の時間帯。

 酔客はほとんどおらず、離れた席でギャンブルに興じるパーティがいるのみだった。

 

 なるほど。

 小部屋で離すよりもここの方が目立たないし、周囲も見渡しやすい。


「さっきの話は本当ですか? まさか、いくらなんでも、こんな短期間に立て続けに……」


 セリーナ嬢は眉根を寄せている。

 どうやら、あまり喜ばしい話でもないらしい。


「どうしたんです? なんか随分先日と対応が違いますね……? 何かあったんですか?」

「え、えぇ。その」


 セリーナ嬢は目立たないように周囲を確認すると、

「…………この近辺で、エルフが確認されました」

「え?」


 エルフって言えば、禁魔術の取り締まりやら、人間嫌いで有名なあの───……。


「私の不手際ですね……。おそらく、当初からエルフは各地に密偵を放っていたようです」

「密偵って……!」


 セリーナ嬢は更に声を落とすと、

「……本部に問い合わせたところ、王都はもとより、各地からエルフの非正規戦部隊シークレットフォースがこの街に集結しつつあるそうです」


「まさか……なんで───!」


 いや、聞くまでもない。

 禁魔術を忌み嫌うというエルフのことだ。


 どこかでルビンの話を聞いたに違いない


「……恐らく、すでにルビンさんの噂を掴んで動き出しているものと思われます」


 マジかよ。

 ……エルフが俺に興味を?


「興味どころか、……連中の非正規戦部隊が動き出しているという事は、」


 ゴクリと、セリーナ嬢が唾を飲みこむ。


「───連中本気ですよ……」

「本気って……。俺、どうなるんです?」


 危機感というほどでもないが、見も知らぬ連中に注目されているという居心地の悪さを感じたルビン。


「今はなんとも……。そもそも、ルビンさんの天職とそれが禁魔術と決まったわけでもありませんし───。とにかく、今はやはりその『天職ジョブ』について調べるべきかと」

「つまり、現状どおり『時の神殿』へ?」

「はい。既に手はずは整えております。あとはルビンさん待ちでしたので、ルビンさんさえよければいつでも出発できます」


 時の神殿が天職に関係あるかどうかも分からないのに、悠長な話だ。

 とはいえ、現状できる事もないのも事実。


 非正規戦部隊が動き出しているということはどこに行っても、隠れても同じだ。


「わかりました。すぐにでも行けますよ───」

「すみません。本当に私どもの不手際ですね……。もっと配慮すべきでした」

 セリーナ嬢はランク認定や、ギルド内で起こった騒ぎについてすぐに対処しなかったことを悔いているらしい。


「セリーナさんのせいじゃないですよ。どのみち、いつかバレたでしょうし。……それに、俺はこの子を守らなければならない」


 ポン。とレイナの頭に手を置く。


「───確かに、何れその子のことも嗅ぎつけられたことでしょう。しかし、本当に禁魔術をその子が?」

「禁魔術かはどうかまでは……ただ。俺よりも上位の能力をもっています」


「うそ……。まさか、」

「本当ですよ。セリーナさんのいうとおり、嗅ぎつけられたことでしょう」

「ん? 僕?」


 レイナが漸く顔をあげる

 口周りは食べかすでベッタリだ。


「いや、気にするな」

「そうですよ。子どもはよく食べて、よく寝て………………。ルビンさん?」


 セリーナ嬢はレイナの頭を撫でつつハタと気付く。


「はい?」

「この子……。綺麗ですよね?」


「え? あ、まぁ。可愛いですよね?」

「いえ、そうでなくて───浮浪児だと言ってましたよね? たしか……」

「あ、はい」


 ん? セリーナ嬢が何を言わんとしているのか……??


「石鹸の匂いがしますし、この服……男物で、サイズはルビンさんのものですか?」

「え? まぁそりゃ……。貸してあげましたから」

 だって、この子の服ボロッちくて、臭いんだもん。


 身体だってドロドロだったし───…………あ。


「………………昨日。どこに泊まりました?」

「や、宿、です……けど?」


 ガタンッ。


「まさかとは思いますけど、同じ宿ですか? しかも、同じ部屋だったり───」

「え?! いや、そりゃあ……」


 セリーナ嬢が影のついた黒い笑顔でニッコリ。

 ルビンの肩に手を置いて、ニッコリ。


 ギリギリしながら、ニッコリ───。


「年頃の女の子を宿に連れ込んでるわけですか?」


「あ、あの。痛いッス。言葉にだいぶ語弊があるッス。それに、その誓って変なことは───!!」

「ルビンさん。……………………お風呂は?」


 え。


「いや、はい。え?」


 え?

 何この空気?

 なんか、ギルド中がこっちに注目してない?


 エルフとかの話より空気重いんですけど───。


「───アウト」 


 え???


 セリーナ嬢は額を押さえて天を仰ぐ。


 あ、アウト?

「……………………いや、だって! 衛生面に気を遣うのって大事でしょ?! だってほら、こんなに可愛いのにぃ」


 グワシ。


「いだだだだだ! セリーナさん! 顔面ッ。顔面、アイアンクロー!! いだだだ」


 ニッコリ。


「ギルティ」

「な、何の話ですか?! っていうか、なんだお前ら!!」


 いつの間にか、ギルド中の人間が酒場に乗り込み、ルビンをじーっと見つめたかと思うと、


「「「「「ギルティ!」」」」」


 だから何の話じゃぁぁあああああああああああ!!


「ふみゅ?……おかわりー」






 ルビンの叫びとは裏腹に、レイナは酒場のおばちゃんに朝定食を注文していた。新規で。







 えぇ。

 もちろんそのあとで、しっかりきっちりミッチリ話して誤解を解いておきましたよ?!

 えぇ、誤解をね!!!





「ええから、はよ行ってください。『時の神殿』までの案内人が待ってますから───いってらっしゃい、(〇リコン)ぼそっ」


 セリーーーーーーナーーーーーーーー!!


 ルビンの悲しい叫びが響いたあと、二人を乗せた馬車は一路『時の神殿』へと向かって行った。

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