第39話「【タイマー】は、少女に出会う」

 き、昨日の……?───銅貨をくれたお兄さん?


 少女はそう言って不思議そうにルビンを見る。

 どうやら、顔は覚えていてくれたようだ。


「ふぅ…………大丈夫か?」


 タイムの連発のせいか、少し震える手。


 そして、同じくブルブルと震えている少女に手を差し伸べる。

 鍵が分からないので、取りあえず格子の隙間からソッと伸ばして、柔らかそうな髪をサワサワと。


「うひゃ……!」


 だが、少女の反応は明らかに怯え切ったものだ。


「さ、触らないで!!」

「う…………」


 そりゃそうか。

 少女からすればルビンは、昨日自分を捕まえて衛兵に突き出してきた張本人だ。

 しかも男。たった今しがた男どもにブン殴られそうになっていたのだ。怯えて当然である。


 そのうえで、

 昨日のこわーい男が牢屋の奥にまで現れたのなら、何か悪意を持って近付いてきたと思われても仕方がない。


「えっと……」


 どうしよう。

 なんて言えばいいんだよ?


 な、何も考えてねぇ……。


「お、お願い……。ひ、酷いことしないで」

「ひ、酷い事?? い、いや、何もしないよッ! ナニもしない!! え、えっとー、き、君をここから出してあげようと思って」


「嘘だ!!」


(ま、まーそう思うわな……)


 少女は怯え切って、雑居房の奥まで逃げて縮こまってしまった。

 ボロボロの臭う毛布を頭からかぶってガタガタと。

「え~っと……うーん」


(まるで子犬だな……)


 召喚したてのころのキウィを連想させる姿に、ふとルビンの口角が緩んだ。


「───大丈夫。本当に何もしないから」


 そうして、キウィのことを思い出したなら彼とコミュニケーションをとっていた時のように、目線を少女に合わせて敵意がない事を示すためソッと手のひらを差し出し、敵意がないことを示す。


「う……。ほ、ホントに? ホントにここから出してくれるの?」

「あぁ、嘘じゃない。……保釈金は俺が払っておいた」


「え?! そんなのウソ!」


 嘘じゃねーよ。


「ホントだよ。ホラ、鍵も衛兵から借りた」


 ジャリンと重々しい音を立てる鍵束を見せると、少女もようやく納得したのか雑居房の隅からコソコソと近づいてきた。


「ほ、ホントに? ホントに? でも、ど、どーして……」


 そ、そりゃ~……。

 えっと、どうしてだっけ?


「えっと、ほら。き、昨日、君が俺の財布を奪っただろ?」

「え……うん。ご、ごめんさい──────ッ! ま、まさか仕返しに?!」


 はぁ?


「い、いやいやいやいや、違う違うッ!!」

「嘘だ!! 絶対ここから出したあとに酷いことするつもりなんだ! 親分さんたちと一緒なんだ!」


 しねーよ!

 つーか……親分って───。


「あー。あの一緒に捕まった人たちはこの中にいるのか?」

「いないもん!! 「お前が自首しとけッ!」って言ってを置いていったんだもんッ」


 あ、あー……。

 なるほど。裏家業の処世術って奴だなこりゃ。


 実行犯を現場に残して、自分たちはまんまと逃げおおせる。

 そして、残された実行犯は大抵が使い捨てか、下っ端ってやつだ。


 当然、この少女も使い捨てなのだろう。


 っていうか、「僕」ッ子なのね。

 見た目もボロボロで汚いので、男か女かもわかりゃしない。


「大丈夫。親分も関係ないし、別にここから出した後も何もするつもりはない───ただ、」


 ビクリと震える少女。


「た、ただ?」

「うん。君の腕を見込んで仕事を依頼したい……。君、あの時のスリの腕前は見事だったよ。まさか俺から財布を奪えるなんて思わなかった───」


「う、ご、ごめんなさい」


 自分の能力に自惚れるつもりはないが、エリック達を簡単に制圧してしまうほどの腕と能力をドラゴンから得たルビン。


 にも拘わらずこの少女は、ルビンに知覚すらさせずにあっと言う間に奪い去ってしまった。


 それは、もはや「何らかの能力」と言っても差支えはないだろう。


「だからね。本当に君の腕を見込んでのことなんだ。ギルドの依頼がある───その手助けをしてほしいんだ。……だから、ここから出してあげる」


「う…………。嘘ッ! 絶対出したらひどい事するつもりだもん!──────ッ。か、身体は絶対売らないんだからぁ!!」


 へ?

 身体って…………。


 あ、あー。


「そう言う趣味はないよ。本当だ」

ロリ〇ンだ!!」


 嘘じゃねぇぇぇえええええええ!!

 誰がロ〇コンじゃぁぁぁあああ!!


「どこでそう言う言葉覚えるのよ?! いいから、出るよ……! それとも、ずっとここにいる?」

 少し強めの口調で半ば脅すように言う。


 少女の背後では男達が今にも動き出しそうな様子で硬直している。


 その様子を恐々と見ていた少女がルビンの言葉にビクリと震える。


「や、やだ……!」


「だったら、出よう?──────仕事のことは追々考えてくれてもいいから。君みたいな子がこんな所にいるべきじゃない」

 俺が衛兵に突き出しておいて言うのも、なんだけどね……。

「う、うん……分かった。───でも、ホントに酷いことしない?」


 上目遣いで問われるルビン。

 この仕草にグラリと来るッ!


 くそ、サティラといい、ちびっ子どもは自分の武器をわきまえてやがる……。


「しない、しない! さっきだって、すごく苦労してコイツ等を制圧したんだよ? わざわざそこまでして君に仕返しに来ると思うか?」


「う、ううん……そうだけど」


 実際、すごく苦労したぞ。

 匂いだってひどいし、タイムだって連発したのはいいけど、後々どんな負担が体にかかるか分かったものじゃない。


 あの衛兵がちゃんと鍵を分かりやすく渡してくれればこんなことには───……。


「じゃ、出よう?」

「う、うん……。で、でもこの人達動き出したりしない? 時間が止まってる時間・・・・・・・・・・がこんなに長いなんて───凄い」


 少女は、硬直した男達を見て今さらながら驚いている。


「どうだろ? もうそろそろ限界だと思うけど、すぐにというわけじゃないよ。この能力も、もう少し検証しないとね──────」


 って、

 

「…………い、今、時間が止まってるって言った?」


 言ったよね??


 こ、この少女───。

 「タイム」の力を見抜いている?


「え? う、うん……?」


 少女はよくわからないと言った様子だが、いや待てまて。


 待て待て待て待て待て!!


 そ、それ以上にこの子の言葉に違和感があるぞ。いや、あった・・・ぞ──────。


 そう。たしか、『き、昨日の……? 銅貨をくれた・・・・・・お兄さん??』と、彼女は言った。


 ───そう、言ったのだ……。


 時間の止まった状態・・・・・・・・・の彼女に俺があげた銅貨のことを、なぜ知っている?


 普通、あの状況で俺が銅貨をあげるような人物だとは思わないよな……?


 つまり。

 類推したわけじゃない。


 なら……。

 ならば……。


「……ど、どうして銅貨の事を知っているんだ? たしかに君は『タイム』で───……」

「『タイム』?? え???…………だって見えていた・・・・・よ?」





 なん、だと………………。





「で、でも! 俺は確かに君の『時』を止めたはず───!」

「う、うん……僕も、時間を止められた・・・・・・・・のは初めて───ビックリした」



 な!!!



 うそ、だろ───。

 まさか……。






「君も【タイマー】なのか?!」

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