第36話「【タイマー】は、留置所に向かう」

「何よ。アイツ!! 失礼しちゃうわねッ」


 プリプリと怒るメイベル。

 ルビンが無視しているのに気付くや、背後でギャーギャーと煩い。


 やれ、「こっちも向け」だの「恩知らず」だの。まー、言いたい放題だ。

 それをいさめているのが、意外や意外。あの天然マイペース少女のサティラ。


 ションボリした様子で、メイベルの袖を引いて、

「もう、行こ? ね」

 と、あっさり引き下がろうとしている。


(ふん……。今さら殊勝な態度をとっても遅いんだよ)


 チラリとだけ、サティラ達を確認すると、チビの大賢者さまサティラに引き摺られるようにしてメイベルがギルドから出ていくところだった。


 ちょっと前までは仲間だった連中。

 それが今や顔も見たくない。


「───いいんですか? 仲直りできる最後の機会だったかもしれないのに?」

「余計なお世話ですよ───。彼女らもエリック達と同類です」


 たしかに、サティラ達はエリックやアルガスと違い、ルビンやキウィに直接手をかけたわけではない。

 ……わけではないけど───彼女たちもそれを暗に認めていた。


 ───ならば、同類だ。


 今さら元の鞘に収まるつもりなんてサラサラない。

 すでに彼らとは袂を分かったんだ。


「じゃあ、あと一人に当たってみます。どうなるかわかりませんけど……」

「は、はぁ? 本当に条件に合致しているんですか? なかなかシビアな条件───」


「ね、ねぇ!!」


 セリーナと話し込むルビンの背中に、聞き覚えのある声。


 これは……。


「まだいたの? サティラ───」

「ごめん……。ルビン、ごめんなさい! ごめんなさい、私が……。私達が悪かったの!」


 ひくっ。と少ししゃくりあげてサティラが謝罪した。

 その言葉にルビンは少し驚いたものの。


「そう」


 あっさり。


 だから何だ? もう、遅いよ……。


「ご、ごめん。ただ、謝りたくて───」

「うん。聞いたよ・・・・。じゃあね」


 もう話すことはないとばかりに、ルビンは背を向ける。

 その背中に、しばらくの間サティラの視線がささっているのを感じるが、ルビンは決して振り返ることはなかった。


 そして、

 トボトボと、サティラが去っていく気配を感じると、ようやく「ふぅ」と一息つくルビン。


「……ほんとに、よかったんですか?」

「何が?」


「い、いえ……」


 セリーナ嬢もそれ以上は深く突っ込むことはなかった。


「じゃ、心当たりに行ってきます。ダメだったときはよろしくお願いしますね」

 

 そうして、ルビンはギルドを出発する。

 メイベル達のせいで時間を無駄にした。


 それよりもあの子だ。

 ルビンから見事にサイフを奪った少女。


 だけど、別に知り合いでもないし、能力のほどは知れない。

 

 ……言っておいてなんだが、そこまで期待していない。

 メイベル達以外なら誰でも良かったのと。

 ただ、少し引っ掛かりがあっただけだ。


 そう。あの時、少女は確かにルビンからサイフを奪ったのだ。まるで知覚できないほどの御技をもって……。


 『タイム』を操り───、

 そして、ドラゴンの力を得たルビンをも出し抜いたのだ。

 そんな少女のことが……未だに腑に落ちない。


(あれはまるで……)


 あの速度と、早業。

 アレは紛れもなく、一流だ。


 だがそれ以上に───。


「わかりました。メンバーが揃ったならばまた顔をだしてください。『時の神殿』の近隣までの案内役を紹介しましょう」

「ありがとうございます。じゃあ、」


 そうして、ルビンは新しいメンバーを探しに出かけるのだった。


 そして、ギルドから出たルビンは真っ直ぐに衛兵隊本部に向かう。

 多分、あのゴロツキどもも含めて衛兵の詰所で逮捕されたなら、本部に送られているはず。


 なにせ、取り調べも一時的な留置も、詰所でやるよりも本部でやる方が合理的だからだ。


「───さて、アイツいるかな?」


 本部の威圧的で重厚な正面を潜ると、内部はさらに薄暗く、そして陰鬱で妙によそよそしかった。


「えっと……」


 受付のようなカウンターには暇そうな顔をした中年の衛兵が一人───。


「あ」

「あ」


 やべ。

 あの時の衛兵だ。


「───お前! その顔覚えているぞ!」

「あ、あーどうも……」


 ちょっとまずい相手だな。


 だけど、別にルビンが悪いことをしたわけではない。そもそも、犯罪者を引き渡しただけなのに、まともに取り扱わなかったこの衛兵にも落ち度がある。

 そして、くだんの衛兵もそれを理解しているのか、本部内で言及するのを避けた。


「ちっ。で、なんのようだ? 自首なら歓迎するぞ」


 舌打ち一つ。

 冗談とも本気ともつかぬ軽口を叩かれるルビン。


「まさか、俺は品行方正、善良なイチ冒険者ですよ」


 皮肉には皮肉。

 軽口には軽口。


 世は事もなし。


「け。よく言うぜ───まぁいい、要件をサッサと言え、俺は忙しいんだ」

 どこがだよ。

「あ、あー。昼、引き渡した子供なんだけど……」

「子ども? あー。あのガキか。檻にぶち込んであるけど、それがどうかしたか?」


 げ。

 やっぱり豚箱送りか。


 説教くらいで済むかと思ったけど、衛兵隊は融通が利かないらしい。

 まぁ、お陰で探す手間が省けたけど……。


「え~っと、ちょっと彼女に頼みたい仕事があって───あ、犯罪じゃないよ? れっきとしたギルドの依頼クエストなんだ」


「ギルドのクエストだぁ? あのガキでか?…………なんだ、なんだぁ。もしやゴブリンの餌か苗床にでもしようってのか。がはははは」


 何が面白いのか、ゲラゲラと笑う衛兵。


 だが、付き合う気もないルビンは、

「ちゃんとした仕事だよ!」

「ふん。…………保釈金、金貨20枚だ」


 な?!

 ほ、保釈金!?


「高くないか?! き、金貨20枚って……」

「いやなら他を当たれよ。れっきとした保釈金だ。別に違法でもなんでもねぇぞ?」


 それだけいうと衛兵はプイっとそっぽを向いてしまった。

 だが、ニヤリと薄く笑ったかと思えば……。




「釈放するなら、早い方がいいぜ?…………あのガキ、男だらけの雑居房ブタバコに放り込まれたからな。中でナニをされているやら───」



 な、なんだと……?!

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