第20話「【タイマー】は、実技試験に臨む」

「マスターがぁ?」


 眉間にしわを寄せたセリーナ嬢が胡乱な目つきでギルドマスターを見ている。

 その目は「アンタごときに何ができるってのよ」と言った風に見える。


「なんだ不服か?……お前、先日から口が過ぎるぞ!」

「いえ、別に……」


 ヤレヤレと言った様子でセリーナ嬢が肩をすくめる。


「えっと、セリーナさん? 大丈夫なんですか? マスターで……」


「そうよ! 俺がやってやる。───おい、ルビン。感謝しろよ、俺が直々に試験官をやってやるんだ」

「……そりゃ、どーも」


 いかにもルビンを舐めたような目つきに少々イラつくものの、ルビンはなるべく顔に出さないようにした。


「た、たしかにマスターは元Bランクなので、Bランク昇任の試験官くらいはできるでしょうけど……」

「馬鹿を言え! 俺がBランクだぁ? そりゃ、ギルドの等級上の話さ」


 そう言って腰から、妙な棒きれのような物を取り出すと、


「見ろ! この俺の腕前を!!」


 ビュン──────ジャキジャキジャキン!!


(これは……)


 いくつかの節にわかれた棒ッきれが、腕を振るった反動で引き延ばされ、内部に仕込まれていた鎖とともに一本の長い棒へと変形する。


「三節棍か……」


 それは鎖でパーツごとに繋がれた特殊武器、『三節棍』だった。

 一目で武器を見抜いたルビンに、ギルドマスターはギョッとしたようだが、すぐにその表情を取り繕うと、

「よく知ってるな! コイツでお前を冥土に送ってやるぜッ」


「送ってどうすんですか?! 試験でしょうが!」


 ゲシッ! とセリーナの蹴りが尻に突き刺さるマスター。

 奴がルビンのことをどう思っているかよくわかる言葉だった。


(なるほど。エリック達を利用して名声を稼ごうとしたけど、俺のせいであてが外れたってとこか……)


 ……逆恨みもいいとこだぜ。

 まぁ、もっとも───。


「(俺にとっても都合がいいぜ)ボソッ」


 ニヤリと人知れず笑うルビン。

 また、体中に血肉が沸き立つような気配がする。


「くくく。昨日はエリック達を卑怯な手で倒したみたいだが、俺はそんなに甘くないぜ!」


 ギルドマスターは慣れた手つきで三節棍を操ると、ブンブンと頭の上や体の前、そして斜めや後と次々に位置を変えて振り回すと、最後にパシィ!! と脇の下に挟んで止めた。


 そして、よくわからないポーズを決めると、

「元Bランク冒険者───そして、現ダンジョン都市ギルドマスター、棒使いのグラウスとはぁぁ……!! あ、俺ぇのことよぉぉおお!」


 いよぉぉお……ぺぺん!


(ぼ、棒使い………………)


「ダサっ」

「セリーナさん!?」


 ちょっとぉぉ、口が過ぎるよ?

 ルビンも思っていたけど、さすがに口には出していない!!


「お前! さっきから口が過ぎるぞ!!」

「さーせん」


 うっわー……セリーナさんてこんな人だっけ?

 何か先日より、随分とギルドマスターに対する扱いが酷くなっている気がする。


「ったく……。ま、というわけで、俺の実力はわかっただろう?」


 ───いや、わからん。


「い、いいんですか、マスター?! その…………ルビンさん、すごく強いですよ?」

「バーカ。お前は人を見る目がないな。ルビンごときがドラゴンを倒したなんて話を本気で信じてるのか?」


 ギルドマスターはやたらと上から目線でルビンと……そしてセリーナを挑発する。


「し、信じるも何も、事実ではないですか? それに、正式な試合ではないとはいえ、昨日ルビンさんは『鉄の拳アイアンフィスト』の中心メンバーであるエリック氏とアルガス氏を圧倒していましたよ?」


 そう。それこそ衆人環視の目の前で、だ。


「ふん。あんなものは、コイツが疲れ切ったエリック達を不意打ちしただけだ。本来ならエリック達が負けるはずがない」

「いや、二対一で不意討ちも何も……」


 セリーナ嬢はなおも食い下がろうとするが、ルビンとしては少々余計なおせっかいだった。


「いいよ、セリーナさん。せっかくマスターが試験官を務めてくれるって言うんだ、ありがたく手合わせしてもらうよ」

「ですが……」


「いいから、セリーナ。お前は引っ込んでろ。これは男同士の戦いだ、…………そうだろルビン」

「そうかもね」


 ニヤけた表情を崩さないギルドマスター。随分と自信があるらしい。


「くひひ。その言葉に二言はねーな? とっとと、やろうぜ! ブッ殺……おっと、実技試験をな」


「もちろんさ、自称・・B級以上だって言うアンタの腕前───……みせてくれよ」

 ルビンの軽口に、ビキスと青筋を立てたギルドマスター。

「ほ、ほう~、凄い自信だな。い、いいだろう、来いよ」


 そう言って棒を担いだままギルドマスターは先頭に立って歩いていく。


 のっしのっし……。


(望むところさ)

 正直、このギルドマスターの野郎の依怙贔屓には少々───……いや、かな~り腹が立っている。

 だから、ギルドマスターとの模擬戦と聞いて───実は顔が笑いそうになるのを押さえるので必死だった。


 ───だってそうだろう?


 ギルド認定の模擬戦ってことはさ……。

 合法的に・・・・ぶん殴っていい・・・・・・・・ってことだろぉぉお!


「あはっ」


 人知れず笑いを零したルビン。

 ついていった先は、ギルドに併設されている冒険者用の訓練施設だった。


 ギルドマスターは訓練場のど真ん中に立つと、周囲を見渡して満足げにルビンに告げる。


「ここなら広さも十分。ランク測定の器材も揃っているぜ。どうだ?」

「ふーん」


 ルビンには、この場所の使用経験はほとんどなかったが、存在自体は知っている施設だった。

 たしかに、設備が揃っている。

 壁際には模擬刀や、鏃のない弓矢、綿を詰めた木槍等が並べられている。


 そのうえ、壁は、完全防音で攻撃遮断結界つき。

 王都にも負けず劣らない設備だ。


 さすがは辺境のダンジョン都市のギルドだけはある。


「ほら、好きな武器をとりな。俺はコイツでいい」

「いいよ。武器なんて必要ないよ」



 ルビンはいつも通りの格好で、ダランと立っているだけ。


「あぁ?! 【サモナー】でもないテメェが、武器もいらねぇだとぉ?! あの犬ッコロは守ってくれねぇぜ!」

「犬ッコロだと……」


 チリィン♪


「は! 舐めるなよ。お前はどう思ってるが知らんが───」


 ブン!!

 ギルドマスターが棒を地面に叩きつけると、ドカァッァァアン!! と、むき出しのそれが爆発したようにめくれ上がり小さなクレーターができる。


 ニィと、笑うギルドマスター。


「どうでぇい。俺の実力はSランクに匹敵するんだぜ」


「…………犬ッコロっていったか?」

 ピキ……!


「あ?!」


 ルビンの静かな殺気にも気付かす、ギルドマスターは斜に構えている。


 なるほど……たしかに膂力だけなら『鉄の拳アイアンフィスト』一の怪力の持ち主───アルガスのそれをも凌ぐかもしれない。


 だがそれだけだ。


「セリーナさん、なんでギルドマスターはBランク止まりだったんです?」

「え? あ、あー……………。そ、それはその、」


 何か事情を知っているらしいセリーナさんは、気まずそうに顔を伏せると、ルビンだけ聞こえるようにボソっと呟いた。


 あー……。

「…………筆記試験に受からなかったんですよ」

「ぷっ」


 思わず噴き出したルビン。

 散々偉そうに威張っておいて、Bランク止まりな理由はそれか……。


「仲間とかつのってパーティは作らなかったんですか?」


 そう。

 『鉄の拳アイアンフィスト』のように、パーティを組んで、苦手な分野を補い合ってSランク認定を受けるという手もある。

 そうすれば、一人だけでも筆記試験を通る実力があれば晴れてSランクを名乗れるのだが……。

 ルビンは『鉄の拳アイアンフィスト』の筆記試験を肩代わりしたように。


「───あの性格ですからね、パーティ組んでくれる人がいなかったそうです」


 …………うわー。

 それは悲しすぎる。


「やかましいわ!! グチャグチャくっちゃべってないで、セリーナ! お前はそこで、勝敗の判定をしろ!!」

「はいはい」


 心底面倒くさそうにセリーナ嬢は一歩引いて試合の立会人を務める。


「しっかり審判しとけよ」

「…………わかってますよ」


 セリーナさんはため息をつきながらも、仕事人の顔になると図版を取り出し、昇任試験の立会人を務め始めた。

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