第19話「【タイマー】は、ギルドに顔を出す」

「ふわぁぁ……ねむ」


 眠い眠いといいつつも、昨晩はぐっすりと眠れたのか寝ぐせの付いた頭でルビンは起き出した。

 頭はまだまだ寝ていたいというのだが、いつもの癖で遅寝早起き。

 「鉄の拳アイアンフィスト」にいた頃の『働き者のルビン』はそう簡単に治らないらしい。


「さーて。今日は、まずはギルドに顔を出さないとな」


 一日の予定を思い浮かべたルビン。なんだかんだと色々用事があるなーと思いつつ、さほど急いだ様子はみえない。

 なにせ、今のルビンは自由だ。

 束縛するパーティもいなければ、世話を焼かせるメンバーもいない。


 実に楽だ。


「ぷはぁ! つめた」

 水桶から冷水を浴びて洗面をすませると、荷物をまとめる。

 とは言っても、古い背嚢に簡単な荷物をまとめて突っ込むだけ。


 武器といえば、護身用のミスリルのナイフくらいなものだ。


 安宿を出ると、ルビンは一路ギルドに向かう。

 昨日、セリーナから呼び出しを受けていたのだ。

 確かランクの再認定についての事だと言っていた。


 とはいえ、朝食として出されたカチカチのパンを齧りつつ、特に急ぐでもなくのんびりと。


「筆記試験はともかく、実技は何をするんだろう?」


 ギルドのランク認定試験にはいくつかの方法がある。

 筆記試験と実技だ。


 筆記試験は決まった定型のものだが、実技試験はギルド独自の認定基準がある。

 

 それは、試合形式のものだったり、指定されたクエストの達成だったり。それらの組み合わせだったりと、だ。

 「鉄の拳アイアンフィスト」がSランクに認定された時は、複数のクエストの達成だった。


 カラン、カラ~ン♪


「あまり無茶なものじゃなきゃいいんだけど───」

 入り口のカウベルを鳴らしながらルビンがギルドに顔をだす。


 一人でブツブツ言っているのを聞き止められたのか、

「───無茶な試験なんてしませんよ。ギルドの信頼に関わりますからね!」


 ギルドに入ってすぐ。

 入り口の掃除をしていたセリーナが脇から話しかけてきた。


 にっこり。


「あ、おはようございます」

「はい、おはようございます。いつも早いですね、ルビンさん」


 ん。確かに早い……。


 ギルドに入って見回せば冒険者の数は少なく、朝イチのクエストの張り出しも、まだやっていない。だから恒例のクエスト争奪戦も起きていたようだ。


 チラリと目を向ければ、酒場のほうでは夜通し飲んでいたらしい冒険者が何組かが酔いつぶれて高鼾たかいびきをかいているのみ。

 幸いにもエリック達はいないらしい。

 まぁ、あのケガだしね……。


 混在するでもない時間帯。ギルド内ものんびりとした時間が流れていた。


「どうもクセでさ。えっとー…………アイツらは?」

「アイツら?……あー、エリックさんたちですか? こんな時間にいるはずありませんよ」


 早朝に来るわけがないと、セリーナは言う。

 ……たしかに、朝イチのクエスト探しはルビンの仕事だった。【タイマー】になるまでは、だけどね。


「そりゃよかった。顔を合わせると面倒そうだ」

「それもそうですね……」


 セリーナも困った顔で言う。


「あ、もしかして今日はランクの再認定の件でいらっしゃいましたか?」

「はい。帰りがけに声をかけてくれましたよね?」


 昨日のことを思い出しながら言うと、


「えぇ、もちろんです!…………ええっと、あのー、そのギルドに就職の件は───」

「そっちは保留で」


「あ、即答なんですね」


 いや、そりゃそうでしょ。

 そんな大事なことすぐ決められないっての。


「はぁ……。わかりました。では、再認定についてご説明しますね。ちょうど空き時間もありますので」

「よろしくお願いします」


 セリーナ嬢は本当に残念そうにため息をつくと先頭に立って歩きだす。

 彼女の足音がギルドに静かに響いていた。


 そう、ギルドはまだまだ動き出したばかり。

 忙しい時間はもう少し先だろう。



「では、こちらにおかけください」

 ニッコリ。

 綺麗な顔をしたセリーナ。その美しい笑顔に柄にもなくドキリとしてしまった。


 いかんいかん……。数多の冒険者のむさくるしい男がこの笑顔に騙される。

 彼女のスマイルはただの営業なのだ。


 いかんいかん……。


 頭を振って煩悩を追いやると、昨日と同じ応接スペースに通され、いくつかの羊皮紙を渡される。


「ルビンさんはご存じでしょうから、ある程度の説明は割愛いたしますが、Sランクパーティから脱退しソロになりたいということでしたので、現在はギルド内のランクは白紙の状態です。そのため、冒険者活動を継続されるならば、一度ランクの認定試験を受けてもらいます」


 ふむふむ。


「───当ギルドでは、筆記試験。そして実技試験を行っておりますが、筆記試験はまずこちらになります」

 そういって複数の羊皮紙を広げるセリーナ。


 チラリとみると、古代文字解読と計算問題、そして一般教養の3種類だ。


「本来、試験期間中にしか認められない再認定試験ですが、元Sランクパーティのルビンさんは実績もありますので、特別処置として実施しております。これは早馬にて取り寄せた試験問題です」


 なるほど。

 紙の刻印には昨日の日付が。

「───非常に難関ですが、ルビンさんならきっと合格できると信じております」

 なぜか、やけにルビンについて熱く語るセリーナ嬢。

 彼女が随分無茶をして試験準備を整えてくれたことが分かる。

「では、問題の傾向のみお伝えします。それをもって試験対策を行ってください。試験勉強期間を設けておりますので、試験期日は3日後に、」


「今やっていいの?」


「え、あ、はい。監督は私ができますけど───……って、ええ? 今?!」


 ふーん。


「はい、古代文字解読」

「はい、スタート…………え、あ。え……? えええ?!」


 簡単な文字列の解読だったので、すぐに解けた。


 次は計算問題……って、こんなのがSランクの筆記試験??


「はい、計算問題」

「はやッ」


 セリーナ嬢は目を丸くして驚いている。

 ……そんなに驚く事か?


「───王都の高等学校だと入試にもならないレベルですよ?」

「えっと……。そうなんですか?」


 そうなんです。


「ま、まぁ……筆記試験は落とすのが目的ではなく、冒険者として活動する上での必須学力を知るためだけですので───ごにょごにょ」

 難しいぞーと、脅そうとしていたセリーナはバツが悪いのか語尾を濁す。


 だけど、

「はい、パンキョ一般教養おわり」

「もうですか?!」


 最後の問題用紙も全て記入し終えると、セリーナに渡す。

 彼女が一枚目の回答を照らし合わせている間に、だ。


 実に簡単だった。


 そう言えば「鉄の拳アイアンフィスト」のランク認定試験を別のギルドで受けた時もこんな感じだったっけ?

 あまりにも筆記試験が簡単だったので拍子抜けした思いがある。


「うわぁ…………全問正解です」


 模範回答用紙と見比べていたセリーナは驚いて口をポカンと開けている。

 ……んーむ。そんなに驚く事じゃないけどね。


「えっと、これでいいの?」

「あ、はい……これでいいです───えっと、学力だけでもCランクの認定も与えられますけど、どうしますか?」


 え? マジ??


「ん~……。とりあえず、実技もお願いします」

「は、はい。実技は試験官がいないと実施できないため、少し時間がかかりますがよろしいですか?」


「うん。いいよ。どのくらいかかるかな?」


 さすがに実技試験まではセリーナ嬢にもできないのだろう。

 ちょっと困った顔で、天井を仰いでいる。


「そうですね……。Cランク相当の実技ならいつでもできますが───ルビンさん、Cランクの資格は既にありますので……」


 うん……。

 試験問題解いただけだけどね。


「本当は筆記試験の傾向だけ示してテスト対策に数日かけてもらう予定だったんですよ。当てが外れました……。即日実施できますと豪語しただけに誠に申し訳ありません……。えぇ、まぁ、高等学問は収めていらっしゃるとは聞いていましたが、まさか、ここまでとは───」


 いや、だから、こんなの王立の学校なら入試レベル……。


「ルビンさんは、Sランクをご希望ですか?」


 ふと思いついてセリーナ嬢は訊ねる。


「え? いえ、とくに拘りはないです。仕事の幅が増えるなら、それに越したことはないですけど……」

「まぁ、それならやっぱりSランクが一番ですよね……」


 セリーナ嬢がうんうん唸っている。

 それほどにSランクの承認は難しいのだろうか?


「えっとですね……。Sランクと認定するには、パーティならクエストの達成か、試験官との模擬戦のどちらかが選べます。そして、ソロの場合も同様なのですが……」


 うん。


「そのぉ……。今すぐにSランクに認定するための模擬戦の試験官がいないのですよ」

「え? そうなの?」


 セリーナ嬢は困った顔で俯く。


「すみません。先日までなら、いくらでもSランクの実技試験を行うことができたのですけど……」


 ん?


「どゆこと?」

「あ、いえ……。試験官がいなくなったというか、その……資格がなくなったというか……ごにょごにょ」


 んん???


「試験官がいなくなったって……呼び戻したりとかはできないの? 何て名前の人??」

「あ、その……。人物というか、Sランクのパーティでして…………」


 へ?


「『鉄の拳アイアンフィスト』のメンバーがつい先日まで試験官でした……」


 あ、

 あー……………………。


「そ、そういうこと……」

「そういうことです……」


 すまなさそうなセリーナ嬢。

 そして、それ以上にすまない気分なのはルビンも同じだった。


 このギルド唯一のSランクにして、

 近隣の武装勢力やモンスターに対する抑止力たるSランクパーティ「鉄の拳アイアンフィスト」。


 どうやら、昨日ルビンと別れて早々に化けの皮が剥がれたらしい。

 というよりも、思いっきりぶん殴ったからなー……当分エリック達は再起不能だろう。


 ……物理的にも、精神的にも───。


「まぁ、しょうがないか……」

「はい。もうしわけありません。現在王都に照会をかけておりますので、すぐに回答は来るかと思いますが、今しばらくお待ちいただくか、別の実技試験として、指定されたクエストをいくつか熟していただければ、数日後にはBランクの認定が可能ですよ? ルビンさんならすぐだと思います」


「わかりました。ゴネてもしょうがないですし、俺にSランクの称号は分不相応でしょうから、地道にやりますよ」

「こちらの不手際で申し訳ありません。ご理解いただきありがとうございま───」


 セリーナ嬢が詫びと共に一礼したその瞬間。


「おい、セリーナ!」

 そこに不躾な声が降りかかる。


 なんとなく嫌な気分でセリーナ嬢と共に振り返ると、

「あ、マスター」「あ、ハゲ」


「誰がハゲじゃ!!」


 筋骨隆々、スキンヘッドのギルドマスター。


 見まごうこと無きハゲ。

 じつに立派なハゲだ。


「いや、アンタだよ。立派なハゲ」

「おう、ありがとう───って、ハゲてねぇ!!」


「いや、ハゲてますよ」


 天然に返すセリーナ嬢をギロリと睨むハゲ……もといギルドマスター。


「ハゲじゃねぇ!! スキンヘッドだぁぁあ!!」

「さーせん」


「口の聞き方ぁぁぁあ!」


 セリーナ嬢はそっぽを向いて謝っている。


 どうやら、このハゲ……「ハゲてねぇ!!」───ギルドマスターは、案外人望がないらしい。

 それに先日の件でセリーナ嬢からの信頼も大幅ダウンなご様子。


 まぁ、エリック達の口車に乗ってルビンの話を聞かなかったクソ野郎だ。

 セリーナ以上にルビンだって腹が立っている。


 そのハゲ頭をスパーン!! とはたきたいくらいには。


「…………それでなんですか? 今、大事な話をしているんですけどぉ?」


 セリーナ嬢の非難がましい声にも気付かないのか、ギルドマスターは不敵な笑みを浮かべると、


「ランク認定試験の話をしていただろう?」

「え? はぁ、まぁ……」


 セリーナ嬢は全身全霊で面倒くさいと言った雰囲気で答えている。

 だが、空気の読めないギルドマスターはニヤリと笑うと言った。




「俺が試験官をやろう」

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