第18話「【タイマー】は、物思いにふける」

「さて、勢いで出てきちゃったけど、どうしようかな?」


 いつもなら、ギルドでの用事を済ませた後はパーティのために様々な雑用などをこなしていた。

 ダンジョンの下調べに、消耗品の購入。最近の冒険者の傾向や、諸外国の噂等々。

 でも、今のルビンにそんなことをする必要性はなかった。


 もはやたった一人の生活。

 自分だけの時間。


 どうしようかなんて考える暇があるほどだ。


「うーん……何も考えてなかったぞ、どうし」

「ルビンさーーーーん!!」


 道端でハタと考え込んでしまったルビン。

 そこにパタパタと駆けてくるのはセリーナ嬢だった。


「はぁはぁ……よかった追いついて」


 フゥ……と、荒い息を落ち着けたセリーナさんは、


「すぐに出てきて正解でした」

「はぃ? 俺なんかしました?…………まさか、エリック達のことで───」


「いえいえ、まさか、まさか! あれは正当防衛ですよ(ちょっと過剰でしたけど)ボソっ」

「ですよねー…………え? 最後に何か言った?」

「いえ、なにも?」


 セリーナはルビンに非がないと簡単に説明すると、追って来た趣旨を話す。


「あの、ルビンさんがダンジョンから持ち帰ったドロップ品です。エリックさんたちに譲渡したものはギルドの一存ではどうすることも出来ませんが……」


 そう言って、一枚の羊皮紙を差し出すセリーナ。

 そこにはいくつかの目録が記されていた。


「これは……? エリック達に渡したはずじゃ───」


 それはダンジョンから回収したドロップ品のいくつかで、いちゃもんついでにエリック達にくれてやったものだ。

 今さらギルド経由で渡されても困る───後から返せとも言われるのも面倒くさい。


 そう言ったことが七面倒なので、あのパーティにいた頃に手にしたものはなるべく手放したかったのだ。

 それは、ダンジョンで見捨てられてから入手したものも同じ。


 ドロップ品やドラゴンなどの素材は、厄介払いと手切れ金のつもりだったのだ。


「いえ。エリックさんたちはこれらの権利を主張しておりません。おそらく、さほど価値があるようには思われていないのでしょう」


 剣やローブは確かに預かり証の目録にはない。

 だけど、それはつまりエリック達が要らないと判断したもので、ここに記されているということは、市場では全てゴミということではないのか?


 だったら、なおさら「俺もいらないと」、ルビンは言おうとした。だが、セリーナ嬢がここまでワザワザ持ってきてくれたものを無碍に断ることもできずに、軽く礼を言って引き取ることにした。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、とんでもないです。…………ところで?」


 マジマジと顔を覗き込んでくるセリーナ嬢に、ルビンをしてドキリとする。

 彼女は結構な美人だったりするので、不意に顔を近づけられたりしたら、経験値の低いルビンはドギマギとしてしまう。

 フワリと香る良い匂いにもクラッと来そうだ。


「……アナタ、ルビンさんですよね?」

「は?」

「いえ、───なんだかさっきまでと全然様子が違うので……」


 ん?


「そ、そうかな? 俺は俺だけど……」

「え、ええ。確かにいつものルビンさんですね。おかしいわね……?」


 セリーナの言わんとすることもわかる。

 確かにさっきまでのルビンは激情に突き動かされていた。

 なぜだか知らないけど、普段なら我慢して抑圧していた感情が爆発するようにして弾けたのだ。

 それはもちろんエリック達への不満や、キウィとの別離のことも重なっていたとはいえ、だ。


「……多分、ドラゴンの血肉を喰らったせいかな?」

 何気ないルビンの一言にセリーナは目を剥いて驚いている。


「う、疑っていたわけではありませんが……。本当に一人でドラゴンを倒して、その血肉を喰らったのですね? 確かに、伝承ではそのようなことが起こり得るとは聞いたことがありますが……」


 そもそもドラゴンの絶対数が少ない。

 だが、さすがはセリーナ嬢。ギルド職員の鏡なだけあってその手の情報には詳しいらしい。


「(───これは何としてでもルビンさんにはウチのギルドで働いてもらわなくちゃ)!」

「へ?……何か言いました?」


 セリーナの人知れず口にした決意をルビンは何となく聞き流してしまったが、どうやらドラゴン云々はセリーナ嬢のルビン勧誘工作に火をつけたようだ。 


「ルビンさん」

 セリーナ嬢はウンウン頷くと、ニッコリ笑っていう。


「…………明日、是非ともギルドに顔を出してください。すぐにでも認定試験の準備を整えますので」

「え? 明日?! は、早くね……」


 たしか、昇任試験や等級認定試験はそんなに随時に開けるものではなかったはず。

 少なくとも、一ヶ月に一回。等級によっては一人に一回や二回程度しかないものもある。


「おまかせください。なんとかします」


 そう言って自信ありげに笑うセリーナ嬢。

 本当に何とかしてしまいようだ。


「わ、わかった。気が向いたら行くよ」

「必ず! 来てくださいね! もちろん、職員のポストもいつでもルビンさんをお待ちしておりますよ」

 ニッコリ!!


 若干食い気味のセリーナに気圧されたルビンは、どっちとも判断の付かない曖昧な言葉でお茶を濁した。

 だってセリーナさんの食いつき、半端ねーんです。


 なんとか会話を切り上げると、上機嫌に手を振るセリーナ嬢に背を向けてルビンは街に向かった。



 ※ ※


 さて、これからどうしよう?

 とりあえず、セリーナ嬢と別れ際に、彼女から明日ギルドに顔を出すように言われている。


 勧誘のそれではなく、ルビンの等級についての相談らしい。

 もちろん勧誘もあるのだろうけど、それ以上にルビンの興味はランクについて向いていた。


 今までのSランクの称号はパーティとしてのもの。

 エリック達と袂を分かち、ソロとなった今───ただの元お荷物【タイマー】のルビンにあたる等級など存在しないということ。

 つまり、新人以下。駆けだし冒険者未満。



 要、再認定ってやつだ。



「B級……。いや、そこまで欲張らないから、せめてC級くらいだといいな。ダンジョンだって脱出できたし、エリックたちは簡単に倒せたんだから……」


 とは言っても、どちらも「タイム」があったればこそ。


 それなしでは、ダンジョンからの帰還やエリック達をぶっ飛ばすことも不可能だったかもしれない。

 ルビンの本当に実力はいかほどのものだろう。それを想像して少しわくわくしている自分がいた。


 今まで、ずっとパーティに尽くしてきた。

 そして、お荷物となってからは顔色ばかり窺ってきた。


 それが、だ。


 それが…………。


 それが急に一人になって───。



「はは。なんてこった」



 ……こんなに。



「こんなに───……!」



 ポロリと零れ落ちる涙。

 それを隠そうとして空を仰ぐルビン。


 そして、視界に映った夕方に傾きつつある陽へと手を伸ばして……。


(こんなに───!!)


「……こんなに自由が気持ちいいなんて!!」


 天を仰いでクルクルと回るルビン。

 ダンジョン都市の人々が怪訝な目をしていたが、気にしない。


 だって、ルビンはこんなにも自由なんだから───……。


 ぐー………………。


「あ」


 ぐきゅるるる……。


「そういえば、ゴタゴタしててご飯食べてなかったな」


 ダンジョン『地獄の尖塔』からの帰り道に、生のドラゴンの肉を齧っただけ。

 あれはあれでうまかったけど、そろそろ普通の人間らしいご飯が食べたい。


「お金は…………」


 あんまりない……。


 パーティで冷遇されていたルビンのこと。

 どうやら。報酬もかなりピンハネされていたらしい。


「はぁ……。贅沢はできそうにないけど───」


 すきっ腹を抱えつつ財布を確認すると、銀貨が数枚に銅貨が少し。


「明日以降の宿代を考えたら、あまり贅沢できないな……。ま、いっか」


 念のため、『地獄の尖塔』にトライする前に「鉄の拳アイアンフィスト」がとっていた宿に顔を出す。


 幸いにもルビンは冷遇されていたおかげで、与えられていた部屋は階段下の一番安い部屋。

 ベッドだけの粗末な個室だ。


 荷物だけとって帰ればいいかと、宿に向かったのだけど……。


「あー……。こういうことするのね」


 宿の脇にあるゴミ置き場。

 そこにあるのは見覚えのあるルビンの荷物。


「なぁにが、英雄だよ……ったく」


 ギルドではルビン不在時に散々持ち上げていたようだけど、宿ではこの始末。

 恐らく部屋もとっくに解約されているだろう。


 どっちにせよ、この荷物が回収できれば部屋には用もないので気にしないことにした。


 パンパンと荷物のゴミと埃を払うと、肩に担ぐ。

 ルビンの装備は、小さな背嚢がただ一つ。


 そこには、

 実家から届く手紙とか、【サモナー】時代の装備品。

 そして、着替えが少々。


 ………………これがルビンの全財産だった。


 Sランクパーティと言っても実態はこんなもの。

 収入が多い分支出も多く、冷遇されていればさらに経済状態はよくないものだ。


「まぁ、これでアイツらの本音もわかったし。どのみち、もう二度と関わる気もないし、いいさ」 


 前向きに考えるルビン。


 もし、荷物が大事にされていたらちょっとはエリック達との縁も続くかと思ったが、実態はこれだ。

 サティラやメイベルも同類ということだろう。

 少しは殊勝な態度を見せていたが、この捨てられた荷物を見て考えを改めた。


「ほんと、今だから言えるけど……清々したよ」


 もう、これで一切の繋がりも消えた。

 拘りも、何もない。


 あえていうなら、ぶん殴ってやった拳が僅かに熱をもっており、気持ちいい。

 それくらいだ。


  そうとも、もう一回殴ってやりたい……。それくらいの気持ちしかもう、ない。


 チリィン♪


「わかってるよ、キウィ。別にあいつらを許したわけじゃない。……本当だぞ?」


 キウィが軽く腹を立てているような気配を感じたルビンは、そっと腕に巻いた鈴を撫でる。

 もしかすると、エリック達にはまだまだ甘いと言っているのかもしれない。


 わかってる。

 わかってるさ……。


 もし、あいつ等が今度ちょっかいをかけてきたら、さっきよりももっと激しく、凄まじくぶっ飛ばしてやるから、さ。

(……だから、今日の所はこれで勘弁してくれよ?)


 ルビンは心の中で小さく謝罪すると、ルビンの鈴を愛おしげに撫でた。


 チリン……。

 チリィン……♪



 なにはともあれ、明日。

 せっかくセリーナ嬢がランク認定試験に誘ってくれたのだ。


 今後のためにも、早めに再認定してもらうのは悪くないだろう。

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