第17話「『鉄の拳』は、入院する」

 あっはっはっはっは!!

「汚いシャワーだぜ───」


 ギルドの外から聞こえてきたはずのルビンの高笑い。

 だけど、それはギルド内の人間にはほとんど聞き届けられなかった。


 なぜなら……。


「ぎゃぁぁあああああああああああ!!」

「うぎゃぁぁぁあああああああああ!!」


 物凄い声をあげて、のた打ち回る女子二人。


 その声をあげているのは、

 王都にその人ありと謳われる大賢者サティラ。


 そして、

 聖女教会の最高峰にして、至高の存在と呼ばれる聖女メイベル。


 その最高の女たちが…………。


「あああああああ、あああああああああ!!」

「臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭ーい!!」


 おええええええええええええ……!!


 全身ゲロにまみれてベチャベチャと、二人して大声で転げまわり、吐しゃ物に塗れてさらに、自らも撒き散らす。


 もう、酷すぎる。


「「「ひぇっぇえええええ!」」」

「「逃げろッ、逃げろぉぉぉ!」」


「「「く、くっせーーー!!」」」


 屈強な冒険者たちもこれには堪らず、ゲロの雨を浴びながらもサティラとメイベル達から遠ざかる。

 そして、可憐な彼女らを密かに慕っていたギルドの面々が、その様子に幻滅していくのがありありとわかった。


 一見して小さな少女エターナルロリにしか見えないサティラ。

 その、保護欲を掻き立てるはずの小さく可憐な姿であっても、ゲロまみれでは男達も近寄れず。


 そして、

 男なら誰もが目を引き、すれ違えば必ず振り返るであろう、美しい少女の姿をしたメイベルであっても、……ゲロにまみれていては誰も近寄れない。


 というか、ゲロの匂いが凄い……。

 顔も見た目も凄い…………。

 声も態度も凄い……。


 一方で、吐瀉物と共に、口から内臓を───ピー……したエリックは、ビクンビクンと嫌な感じに痙攣しながらうわ言を言っていた。


「うふふふふふ……。ピクンピクンと、お腹の肉が動いてるよぉ~……。うふふふ」


 口から出ちゃいけないものが出ているが、誰も止められない……。


 最後に、

 瀕死のエリックの正面に立つアルガスはと言えば、エリックの吐瀉物を一身に被ったというのに、微動だにせず。敢然と立っていた───。


 その姿はまさに……。さすがはSランクパーティの盾役を務める重戦士なだけはある、と言わしめるだろう。


 やるな、アルガス!


 地獄の様相を呈している周囲にも全く動じず、ビクともしない。


 しないんだけど───。

 そう……。


「「す、すげぇ……」」

 もっとも至近距離でゲロを浴び、そして、今も頭から降り注ぐゲロの雨にも動じないその姿に冒険者たちが心を打たれた…………………はず。


 あれ?


「「───た、立ったまま気絶してるぜ……」」


 エリックを殴り抜いた姿勢のまま、アルガスは失神していた。

 ついでに、ジョバジョバと失禁おもらしも…………。


 彼の頭からポタポタと垂れるエリックの吐しゃ物が、まるでの涙のようだった───。


「うわー……『鉄の拳アイアンフィスト』引くわー」

「うわー美人なのに、引くわー」

「うわーあの小さい子、可愛いのに引くわー」


 居合わせた全冒険者に、ドン引きされてるSランクパーティ(笑)


 これが『鉄の拳アイアンフィスト』の現在の姿……。

 あの最精鋭かつSランクパーティの雄姿? だった。


「な、ななんあなな……なんちゅうことを、あんガキゃぁぁ!!」


 そのあられもない姿を見て嘆いているのは、剥げ頭がキラリと輝くギルドマスター。

 それは、吐しゃ物を浴びて一層光り輝いている。


「よ、よくもぉぉ……! よくも俺のプランをぉぉお!」


 全身を怒りで真っ赤に染めてブルブルと震えている。

 それもそのはず。ギルドの惨状を目の当たりにして怒り心頭といったところだ。


 エリック達に恩を売り、Sランクパーティをギルド専属にして一山当てようと考えていただけにこの状況は受け入れがたいのだろう。

 うまく手柄を立てれば、王都のギルドの栄転もありうると……。


 だが、それも潰えた。


 暫くは『鉄の拳アイアンフィスト』は活動不能。

 オマケにこのザマでは評判は地に落ちてしまったことだろう。


「ルビンの野郎! 余計な真似をぉぉ……。ダンジョンで勝手に朽ち果てていればいいものを!」


 少なくとも、ギルドマスター視点では「カス」だと思っていたはずのルビンの仕業と考えればそう簡単に許せるものではなかった。


「ぷは……! ビックリしたー」


 そこに、のうのうと顔を出すセリーナ。

 ギルドマスターに通せんぼをされていたのをいいことに、決定的瞬間にはマスターを盾にするしたたかさを見せていた。

 このしたたかさと頭の回転の速さがあってこそ、海千山千の冒険者の溢れるギルドでの受付嬢が務まるだろう。


「うわ……。バッチイものがいっぱいだぁ……」


 鼻をつまんで仰け反るセリーナ嬢。


 しかし敏腕職員らしく、ギルドの惨状を見てすぐの行動。

 手近な職員を捕まえては、掃除をしなさいと言って彼等をテキパキと動かしていく。


 一方で、彼女が働いているというのに、図体だけデカいギルドマスターは未だに怒りに震えているだけ。

 その姿を邪魔臭そうに職員に見られていても気付かない。


「こ、こここここ……今度ギルドに来たら、あのガキをギッタギタにしてやるぞ!」

「……それ、自分の首を絞めるだけですよ」


 冷静に突っ込むセリーナ嬢の言葉に、ギョッとして目を剥くギルドマスター。


「な、なんだと? なんでそういうこと・・・・・・になる!」

「いやいや、これアンタのせいでしょ───……そもそも、喧嘩の原因をギルド上層部になんて言って説明するつもりですか?」


 そう。セリーナのいうとおりなのだ。


 本来、ギルドマスターはギルド内で起こったイザコザを納める役目もある。


 しかし、Sランクパーティに専属になってほしいギルドマスターは、ルビンを生贄にすることで、エリック達を依怙贔屓した。

 そうして恩を売ったつもりなのだ。


 だから、エリック達の言い分を聞いて、一方的にルビンを貶めたわけだが……。


 そのうえで、この惨状。

 現場にいながらにして、ゲロ撒き散らし事件を止められなかったとすれば、…………まぁ、責任問題は間違いない。


 少なくとも、ルビンだけを「悪」として捕まえるような真似は最高にまずい。


「ぐむ……!」


 ルビンを捕まえて取り調べたならば、そのなかで、必ずその経緯・・・・に至るまでのことを追及されるだろう。

 そうなった場合、ギルドマスターとエリック達が結託してルビンを追い詰めたことまで明るみに出てしまうのだ。


 つまり、エリック達の不正を暴かれたくなければ、このゲロ撒き散らし事件はギルドマスターの裁量で内々に納めなければならないのだ───。


 もっとも人望のなさそうなギルドマスターだ。

 そのうち職員の誰かに監査にチクられるのはそう遠い日ではなさそうだけど……。


 さて、それはさておき。

 ルビンがどこまで計算していたかは不明だが、ギルドマスターは表立って動けないことに「ぐぬぬぬ……」と唸るのみ。


 とはいえ、それがエリック達の暴走を止めなかったギルドマスターの落ち度というものだ。


「ぐぬぬぬぬ……!」

「ぐぬぬ、じゃないですよ。大局をみてエリックさんたちをギルド専属に引きこもうとしたのかもしれませんが……───それ、逆効果ですよ?」


 セリーナの苦言に、苦虫をかみつぶしたような表情で、ギルドマスターは現場の燦々たる有様に目を覆う。

 そこに追い打ちをかけるように、さらにセリーナは言った。


「あー。エリックさん達をざっと診断した結果ですが、」


 セリーナ嬢の冷静な目に映る現状。


 依怙贔屓していたSランクパーティは壊滅し、リーダーは内臓破裂寸前でのた打ち回っている。


 大賢者と聖女の女子二人はと言えば、今もギャーギャーと騒いで転げまわり、ギルド中に悪臭をばら撒いている。

 多分すぐには立ち直れまい……。


「───当分、『鉄の拳アイアンフィスト』は活動できないかと……」


 ボソっと呟くセリーナ嬢の言葉も、のた打ち回るメイベル達の声にかき消された。


「あーーーあーーーーあーーーー!!」

「目が、目がぁぁぁあ!! あー!!」


 これがあの最強と呼ばれた『鉄の拳アイアンフィスト』の姿だと誰が思うだろうか?


「ええい! 衛生係メディック!! 早くエリック達を治療しろ!」


 悪臭漂うエリック達を遠巻きに眺めていたギルド職員たちが凄く嫌そうな顔でお互いを見合わせる。


「ぐげげげ……!」


 妙な声を出して運ばれるエリック。

 体の形がなんかおかしい……。


「触んじゃねぇぇえ! 誰かルビンを追えよ!」

「め、メイベルぅ、落ち着いてよぉ!」


 憤怒の表情で喚き散らす聖女……。

 それを諌めるサティラはタジタジだ。


 ギルド職員だって、本音では触りたくない。

 だって臭いもん……。


 だが、ギルドマスターに睨まれては仕方ないと渋々ゲロの海を歩いて渡り、ばっちそうに指でつまむようにしてエリック達を収容していった。


「ぢぐじょー! ルビンの野郎覚えてろぉ! さっさと起きろ、くそエリックがぁぁああ!」

 エリックが収容されている担架をガンガン蹴りとばすメイベル。…………聖女ですよ、あれ。

「ちょ、やーめーてー! メイベルぅぅ!」


 最後まで喧しく騒いでいたエリック達が治療院に運ばれてようやく静かになったギルド。

 まだ酸っぱい匂いが漂っていたが、換気すればじきマシになるだろう。


「はぁ……。あんな連中がSランクだなんて。やっぱり再認定を急ぐべきですね」


 セリーナは額を押さえてひとりで嘆く。

 だが、その責任者たるギルドマスターはひたすらルビンを呪っていた。

「……くそ!! ルビンのやつ、一体何をしやがった? ありゃ、まるで氷魔法でも使ったようだったぞ?!」


 氷魔法?

 あれが……??


 いや、違う……。アレはもっとこう───。

 ……禍々しいそれ。


「……いえ。ま、まさか、ね」


 セリーナはルビンが使ったスキルのようなものを再び思い浮かべる。

 「タイム!」と、そう叫んでエリック達をあっと言う間に制圧してしまった、その御業を───……。


 あれは……?

 アレは、もしかして───。


「時間魔法……?」


 セリーナはあり得ない結論に至りそうで首を傾げる。


「だけど……時間魔法はエルフ達がかたくなに禁じているはずじゃ? 禁魔術タブーマジックを学ぶ術なんてどこにも……」


 ───それを、どうしてルビンさんが?


 喧噪の中に消えていくセリーナの独白。

 だが、その言葉を聞きつけていたものは誰もいない。

 ───いや、違う。



 一人だけいた……。



 グビリ。

「…………………………『時の魔法タブーマジック』の使い手だと?」


 静かにジョッキを置く音とともに、目立たない位置にいた人物がボソリと呟いた。

 ギルド中が悲惨な喧噪に包まれている中、併設されている酒場で一人黙々と酒を飲んでいる異様な人物。


 ……その人物は、ローブを目深にかぶり、「時間魔法」という言葉に反応したかと思うと、その奥に隠れた瞳をキラリと輝かせていた。


 そして、

 「まさかこんなところに禁魔法使いがいるだと……? いや、まさか、な」そう小さく呟いたかと思えば、その姿は掻き消えるようにして風景に溶けていった。





 まるで、最初から誰もいなかったかのように───……。



──────────────────

ルビン独立編のエピローグでした!

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