第16話「【タイマー】は、ぶっ飛ばす!」

「一発は一発だぜ………………」


 エリックの挑発を受けて立ったルビン。

 その瞬間、今まで感じたこともないような激情が体を駆け巡る。


 なぜだが、ドラゴンの血肉を食らった臓腑が熱い……!


 ニィ……。

 ザワザワと騒ぎ沸き立つ血と肉と鱗の気配に、口角が吊り上がる。


「すぅぅ───……」

「何を生意気なことを言っ」




 ──────ふんッッッ!!




 ドコンッッ!!!!




「えぶっ!!」



 エリックの腹が「く」の字になるほどの衝撃!

 ルビンの容赦ない腹パンがエリックを襲う。

「かはッ…………!」

 こみ上げる吐き気を堪えるエリック。


 その目は、「は、はや……?! こ、こんな雑魚が?!」と驚愕に目を見開いていた。


「……そういえばエリックよぉ。さっき謝罪が、どうのこうのって言ってたな?」

「ごふッ……! て、てめぇ……」


 だったらよぉ……。


「まずは……」


 ボキボキ。

 ルビンは拳を鳴らすとユラーリと立ち塞がる。


 そう、まずは……。


「───まずは、お前らから謝るのが筋ってもんじゃねーのかぁぁああ?!」


 一歩踏み込む!!


 ずんッッ!!

 ギルドが小揺るぎするほどの気合の入った一歩、そして腰を溜めこむルビン!


「ごほぉ……! お、ぉぉおおおい、待てッ……!」

「これは───」


 ミシミシミシ………………!!


 ルビンの筋肉に血管が浮き上がり、力が籠っていく。


「よ、よせ!」


 これはぁぁあ─────────!!


 すぅ、

「……今まで散々こき使ってくれた分!!」


 ドゴンッッッ!


「ごぶぉぉおおお!!」


 フワリと浮かび上がるエリック。


 そして、

「……報酬をピンハネしやがった分ッッ!」


 ゴスンッッ!!


「ふぐぁぁあああッッ!!」

 床に落ちる間もなく、ルビンの鉄拳がエリックの腹部に突き刺さる!


 そして、これは───!

「……パーティ内でハブりやがった分ッ!!」


 ガスンッッ!!


「ごっふあぁぁああ!」


 さらに浮かぶエリック。


 まだまだぁぁぁあ!!!

「───パシリさせやがった分ッ!! 残飯を食わせやがった分ッ! 実家への仕送りを横領した分ッ!! そして、」


 そして、そして、そしてぇぇええええええ!!


 うおりゃあああああああああああああああ!!


「よせッ、やめろぉぉ……──────エゲブゥォォオオぉぉぉぉおお!!」


 やめるか、ぼけぇぇぇぇぇぇっぇえええ!!


 うおおおおおおおおおおおおお!!

 ズドドドドドドドドドドドドド!!


「あばばばばばばばばばばばば、あばぁ……!」

 言葉にならない絶叫を吐き出すエリック。


 ───だが、許さん!!


 喰らえ、食らえ、くらえ!!


 ルビンの拳が目にも止まらぬ速さで、高速のままエリックの腹に突き刺さる。


 全てが容赦のない腹へのパンチ!!


 腹パン、腹パン、腹パン!

 腹パンの嵐じゃぁあああ!!


「あばぁぁぁあ………………」


 エリックは地面に臥すことも出来ずに、体を「く」の字に曲げて中空を舞う。


 そして、

「一発は、一発だ!!!」


 だから、


 今までの一発・・・・・・をまとめて返してやらぁぁあ!!


「───利子をつけてなぁぁぁああああッッ!!」


 これで、最後ッッ───!!


「こ・れ・は・キウィの分だぁぁぁああああ!」


 おーーーらぁっぁああああああああああ!!


「や、やめ───」

 エリックの呻き声。


 だが聞かん!!


「溜めてからのぉぉお───」

 ズンンッッ!!

 今日一番の踏み込みと、腰溜めの姿勢!!


 ───すぅぅぅう……!!


「どりゃぁぁぁああああああ!!!」


 思いっきり腰だめに構えた拳をエリックの腹に、ズドォォォォオオン!!!! とぶち込んでやった。


 「エゲベラボロエゲェェッェェェエエエ」とか、意味不明の叫びを残しつつ天井近くまで吹っ飛んだエリック。


 拳に残る感触は、奴の鎧を砕いたものだった。


「はっはー!! きーもちぃぃい!!」


 くぅぅう!!

 この感触!!!


 だが!!

「───かーらーのーーーー!!」


 まだだ。

 まだ終わらんよ。


「……取って置きのぉぉおおおお!!!」


 失神寸前かつ、地面に落下しゲロを撒き散らす寸前で、ルビンは手を翳す。



 ──────……「タイム!!」


「エブッ」

 ぴた───。


 エリックの喉の奥から、ゲロがせりあがってきた───まさにその瞬間!!


 そう! まさにその瞬間!!

 エリックの時が停止した。


 それを見ていた野次馬は驚愕に目を見開く。


「「「なッ?!」」」


 ピタリと中空で動きを止め、足が床についたところで間抜けな姿勢のエリックが動きを止めたのだ。



 かちーん…………………………。



「「「「「へ…………??」」」」」」

 それは見守る面々からすれば異常な光景だっただろう。


 もちろん、アルガスもまた───。

 

「んな! なんだぁ?! え、エリック……?」


 ルビンの高速連撃ラッシュを唖然として見ていることしかできず。ポカンと口を開けるのみ。


 そこには、さっきまで連携していたはずのエリックが間抜け面で硬直しているではないか。


 しかも、だ。

 それがルビン如き・・・・・の拳で沈められたのも驚きだった……。

 だがそれをおいても、まさかまさかの現状が起こる。

 いや、起こっている!!


 どう見ても、凍り付いたように動きを止めたエリック。


 まるで時が止まったかのように、口からゲロを撒き散らす寸前と言った表情で、ピタリと動きを止めているのだ。


「な、なにを……? どうなって? エリ───てめぇぇええ! 何をしやがったぁぁあ!!」


 事態が読めず、思考を放棄したアルガス!

 脳筋上等と言わんばかりに!!


「ぶっ飛ばしてやるぁぁ、ルビぃぃいン!!」


 懲りないアルガスは、強烈なパンチをお見舞いしてやる! とばかりにルビンを指向した。

 その拳が───ぐおんッ! と風を切って迫りくるのも、ルビンは失笑とともにみていた。


「は! いーパンチじゃねーか!」


 だけど、


「食らってやる義理はねぇ!」

「ほざけ、ル」


 ──────タイム!


 ピタ…………。


 拳を繰り出した状態でアルガスが静止した。


「せっかくのテレフォンパンチ! 楽しもうぜ、アルガぁぁあス!!」


 もはや、ルビンの叫びなど聞こえないアルガス。

 それは、「ふんぬ!」と言った表情で凍り付いている。


「エリック?!」

「アルガス?!」


 事態を見守っていたメイベルもサティラ。

 彼女らとて、予想外の事態に目を丸くするばかり。


 あはは──────。


 これで終わりだと思うなよ。

 でお前らの馬鹿にした【タイマー】がどういうものか見せてやる!!


 クスッと微笑むと、ルビンはエリックの顔面をグワシ! と掴むと、アルガスの体の前まで持っていく。


 そして、今日一番かつ人生最大の凶悪な笑みを浮かべてエリックの体を動かし、位置を調整していった。

 ……アルガスの拳が直撃する場所に。

 体を「く」の字に曲げてゲロを吐く寸前のエリックの背を持っていく───。


 そう、アルガスのパンチ───そのジャストポイントが当たるその場所に、エリックの背中の正中線を!!


「完成……!」


 ふくくく……と、今まで見せたことのない笑いを浮かべるルビン。

 その様子にギルド中がドン引きしつつも、制止したエリックたちからも目が離せない。


「お、おい……どうなってんだ?」

「ルビン……だよな、あれ?」

「エリックとアルガスを手玉に取った……?!」

「っていうか、なんだあのスキル───」


 それは異様な光景だっただろう。


 Sランクパーティの最強火力の二人を、お荷物でゴミ扱いされていた───元【サモナー】が圧倒してしまったのだ。

 そして、最高峰に妙なスキルを使い、完全に二人を制圧してしまった……。


 茫然と見守る、ギルドの人々。

「ちょっと、どいてください! マスター!!…………って、何あれ?」

 そして、セリーナ嬢や、サティラとメイベルも呆気に取られていた。


「あ、あれって。る、ルビン───だよね?」

「う、え? ルビン、さん……?」


 サティラとメイベル。

 ルビンに手ひどく振られた二人は呆然としている。

 彼女らは、その逆恨みからいっそルビンがエリック達に痛めつけられればいいとすら考えていたくらいだ。


 しかし、この結果は予想外だったのだろう。


 ポカーンと口を開けて見ている。


 だが、ルビンはもはやそんな二人に一切関心を払うことなく、エリック達が回収しなかったドロップ品の残りだけを担いで、さっさとギルドを後にした。


「………………」


 最後に少しだけ、サティラとメイベルを振り返ると……もはや何も言わずに去っていく。


「あ……!」

「待っ……」


 ルビンが黙って去っていくその様子に声をかけようとするも、「どけよッ……!」ルビンに一睨みされ硬直。

「ひっ」

「あぅ」

 そのまま、ドサリと膝をついた二人。


 まるで息をするのを忘れたかのように、口をパクパクとさせていたが、結局何もいえなかった。


「はー、はー、はー……」

「くそッ、ルビン……!」


 サティラは過呼吸で汗だくになり、

 メイベルは憎々しげに床をかきむしる。


 恨みがましく、ルビンが去った背中を見送るが、ようやく動き出してエリック達の様子を窺った。

「お、覚えてないよ!」

「そ、それより、メイベル! 二人とも、息してないよ!!」


 恐怖か悔しさか、目に涙を浮かべたサティラがエリック達の様子に驚いている。


「ど、どうなってんの、これぇ? ねぇ、メイベルぅ!!」

「うそ……。し、死んでる……?」


 ちょんちょん、とメイベルがエリックの顔をつつくも反応がない。


「ねぇってば、どうしたらいいの? わ、かんないよ……」

「なんてこと……。こ、殺されたの?! ルビンの奴が殺したの?!」


 いや、だけど……こんな死に方聞いたことない。


 泣きそうな顔で、サティラがエリックを覗きこむ。

 メイベルも痛ましげに二人の顔を覗きこむ。


 ……アルガスの動きは止まり、今にも拳が放たれそう。

 そして、エリックも同じく動きが止まり、ゲロを吐く刹那で硬直している。




 まるで時間が止められ───今にも動き出しそう……。




 パチン。


 ギルドの外で、人知れずルビンが指を弾く。



「……そして、時は動き出す──────」



 カチ、カチ……。

 カチ───。


 かちん………………。




 ぴくり───。




 え、


「エゲベラボロエゲェェ───! あれ?」

「ほざけ、ルビぃぃぃいン!!……あれ?」


 そして、エリックの時は動き出す。

 連撃を腹に食らい失神寸前───今日、食べたランチが喉元までこみ上げて来ていたところ。


 そして、アルガスの時は動き出す。

 ルビンをブチのめそうと、渾身の力を籠めて殴り抜く……!

 そう、ルビンではなくエリックの反りかえった背中を───。




 ズドォォォオオオオン!!!!!




 ───と、アルガスの拳が直撃した。



 ぶほッ…………!!


「げ、げふぉぉお?────あ、アルガスぅ? オゲェェェェェエエエエエエっっ!!」

「な、なんで、エリックぅ?─────ひぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!!」


 べちゃべちゃべちゃ……!


 エリックの曲がった背中に直撃する拳。


 「く」の字が無理やり「>」の字に…………。

 そして、エリックの腹からせり上がった吐しゃ物が、喉を通ってアルガスのパンチを喰らって盛大にギルド中に──────……。




 ばら蒔かれたッ!!!




「「「「「ぎゃああああああああ!!」」」」」


「きゃあああああああ!!」

「ひゃあああああああ!!」


 おまけにエリック達の顔を覗きこんでいたサティラとメイベルは、もう……、なんというか。


 もう、なんというか!!


 ───べっしゃーーーーー!!

「「───∞※∀∩%#?〆∟$@!!!」」

 サティラ、メイベルはゲロが顔面直撃!!


 声にならない声を上げてのたうちまわっていた。

 そして、アルガスも二人から跳ね返ったゲロを頭から浴びて、もう悲惨。


 まさに阿鼻叫喚!!


 ギルド中で悲鳴がおこり、野次馬していた連中にも雨のように降り注ぐゲロ……以下略。


 あえていおう。

 地獄であったと……。


 おかげで、ギルドではしばらくゲロの匂いが取れなかったとか、なんとか……。

 そして、エリックについた「ゲロ噴水」の二つ名も、しばらく取れなかったのは間違いない。


 ───あっはっはっはっ!!!

「汚いシャワーだぜ」



 遠く離れていくルビンの高笑いが聞こえたような気がして、頭からゲロを被ったアルガスとサティラとメイベルが、大声で叫ぶ───!!



「「「ルビぃぃぃぃぃいいいン!!!!!」」」



 はっはっはっはっは……知らん知らん。

 自業自得だろうが。



 ちなみに、

 ギルドの職員と冒険者はタダの巻き添えです。はい。













──────────────────

これにて、ルビン独立編完結!!

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